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RUN! RUN! RUN!
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各階層のあらゆる場所にはベーススポットと呼ばれる探索者の休憩所が存在している。
侵入許可が降りた探索者のパーティ単位、または一人単位に割り当てられる。
睡眠と最低限の安全性を保障するだけのものであるものの、危険の多い大穴内では野営などは推奨されていない。
コンクリート製のこの建物は五日間または三日間という長い探索期間において非常に重宝されている。
足が跳ねる。
膝の関節はその軟骨を物凄い勢いで摩耗させていく。俺は今にも地面から飛び上がりそうな脚を必死で押さえつけて、走り続ける。
肺が酷使に抗議するように痛み出す。ひびが入っているだろう肋骨はもはや痛みを出すことすら出来ないようだ。重たい痺れのみを感じる。
関係ねえ。
走り過ぎて体中がおかしくなろうとも、膝の軟骨が磨り減って身長が縮もうとも。
アレに追いつかれるよりはマシだ。
走る、走る、走る。とにかくその場を離れる為に。恐怖の記憶がエネルギーとなり俺のももを更に高く上げさせる。
灰色の光景がものすごい勢いで流れていく。周りを見る余裕などない。岩が砂が俺の周囲を流れる。
目が乾く。滲むような痛みが目の表面を走り、少しでも潤わせようと涙が少し浮き出た。
バランスを繰り返さないように後ろを見る。何もいない。
俺は更にスピードを上げる、もう調子に乗らない、アレとは二度と会いたくない。その一心が俺の推進力になる。
腕を押し込み、引き下げる。その勢いがさらに強くなっていく。
加速、加速、加速。前へ、前へ。足が邪魔だ。このまま飛んでいけたならいいのに。
一体いつまで走り続けたのだろう。すでに時間の感覚は消え去り久しい。心なしか景色の流れる速度は遅くなり、目の乾きも消えていた。
「はっ、はっ、はっ、はあ」
血の味がする。吐息なのか、吐血なのか。肺が出血して血が溜まっているのかと思うぐらいにそれは重く、痛く、血生臭かった。
足が重たい。飛んでなくなりそうだったそれらは今や地面にくっついてもげそうだ。ももは充分に上がらず、足の底が痛い。溜まるような痛みと、貫くような表面の痛みが仲良く同居していた。
疲れた。
恐怖という感覚により続けられた逃走は、疲れという実感により徐々にその勢いを失っていく。
だがそれでも足だけは決して止めることはない。
体中から汗が噴き出す。肺が少しでも多くの酸素を取り入れようと血滲みながらも収縮を繰り返す。軟骨が悲鳴をあげ身長が1センチ縮んだ。
だが、それでも。
生きてる、生きてる、生きてる。
おれは生きている。犬のように激しい呼吸音と遠くなる灰色の光景の中おれは自分が生きているという事実を噛み締める。
良かった、死ななくて本当に良かった。鼻をすすり、胸の奥から込み上げてくるものを抑えながらも、ただ、ただおれは走り続けた。
生きるものの特権を謳歌しながら。
走るー
やがて足が止まった。
辺りの地面を見るとほんの少しづつ、その灰色に茶色の地面が混じりつつあった。
「……はははっ、意外とやるじゃん。俺」
心臓が脈打ち体中に血液を必死に送り届ける。ゆっくりと歩き出す。酷使された体を労わるようにゆっくりと。
そして、荒れる呼吸努めて深いものに変えようとしつつ背後を振り向く。
湾曲した軌跡を持つ足跡が遠くからここまで続いていた。
デタラメにめちゃくちゃにただ、それから逃げていると思っていた。
だが、そうではなかった。俺は無意識に、俺の体は無意識にアレから離れつつも灰色の荒地と大森林の丁度中間地点にあるベーススポットへ向かって逃走していたのだった。
生きる、絶対に最後まで逃げ続けてやる。俺はニヤリと口を歪め豆腐のような無機質な四角い建物へと、歩みを進める。
その建物の向こう側には、大きな木がそびえ立つ森が広がっていた。
とてもとても、大きな木ー
………………
ソレは立ち上がった。
眼による視覚ではなく、耳による聴覚で獲物が遠くへ逃げている事を悟る。
かなりの距離を把握する
自分を吹き飛ばしたその木の幹。あの煩わしい[腕]の力の象徴。なんのダメージも感じさせないようにひょっこりと立ち上がったソレは、自分の身の丈の数十倍はあるだろう地面から突き抜けているその木の幹に近づき、見上げる。
じぃと目のないソレは木の根を見つめる。
ビジュギ。
唐突にその幹に両手を突き刺す。皮が破られ、繊維が引きちぎられる。短い腕の全てを幹の体の中に埋め込ませる。
悲鳴。
木の幹だって生きている。唐突に生まれた木の幹は己の体を唐突に抉られ、ソレにしか聞こえぬ声で悲鳴を上げる。
ソレが悶える。
悲鳴を。
そしてソレが力を入れて木の幹に差し込んでいる手を動かす。搔きわけるように木の幹の中で両手を外に向けて払い、一閃。
ベリっ。という音ともに、裂けるチーズのように木の幹が引き裂かれた。
耳はその聞こえぬはずの断末魔を捉える。己の肩を抱き悶える。
そして、ある一定の方角を見つめ始め、またその短い腕をまるで、耳をすますかのようにゆっくりと耳に添えようとする。腕は耳に届かない。
やがてソレは大森林の方へ向けて歩き始めていた。
聞きそびれた悲鳴を奏でる為に。
ソレが走り出すことはなかった。
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