14 / 42
凡人ソロ探索者は怪物種15号の駆除を開始するようです その2
しおりを挟むいや、なんだそれ。逆バンジー?
俺は、俺の目の前で起きたことに認識が追いつかなかった。
宙に浮くヤツの金色の瞳は大きく見開かれている。
その手にはヤツがすんでの所で、慌てて拾いあげた鉈があった。
一体、何が起きた?
斧は本来抉るべきヤツの首ではなく、唐突に現れた木の根の盾に突き刺さってしまっている。
突如現れた木の根に防がれた事自体も驚きだが、流石にこれほどではない。
まるでタコの触腕のように器用に胴に巻きついた木の根は、そのままヤツを空中に引っ張り逃してしまっていた。
反則だろ、それは。
俺は抜け殻のようにそこに残る木の根から斧を力任せに引き抜く。少し力を入れると簡単に抜けてくれた。
幸いそんな深く突き刺さってはいないようだった。
俺が斧を引き抜いている間にヤツは8メートルほどの、後ろに引っ張られている。
3つあるヤツらのティピー式住居、その一番奥の住居の辺りから木の根は生えているようだ。
そこの近くまでヤツを運ぶとすぐに木の根はヤツを地面に下ろす。
漏れ出る煙はだいぶ薄くなっている。その煙を背に2匹の灰ゴブリンが互いの無事を祝うように、耳障りな鳴き声で騒いでいる。
感動の再会か?余計なことしやがって、クソが。
「グエ、ギィ…ゲァゲァ」
「ギィギギギギギ、グゥ」
抑揚をつけながら、あれは…会話をしているのか?
俺は、気づかぬうちに乾いていた唇を舐めとる。
異様な光景だ。人間以外の生物が明確に意思を持ってコミュニケーションを図っている。
人間とはかけ離れた外見の生物が、まるで人間のように家族の死に激昂し、家族の無事に安堵する。
危険すぎる。コイツらは。
俺は灰ゴブリンへの認識を再度改めながら、斧を構える。
やがて、そいつら2匹がやけにゆっくりと、此方を振り返る。
照準を定めたかのように1つの金色の瞳と、2つの銀色の瞳が俺を射抜くように見つめていた。
片方はまた体勢を低くして、鉈を体の前に突き立てるように構え始めていた。
俺の方へ飛びかかるチャンスを伺っているのか?
ヤツはレースの始まりを待つ車のように細かく振動しながら、低い声で唸っている。
俺はもう片方の新手の灰ゴブリンへも視線を動かす。
少し距離があるため、細かい部分まではわからない。ヤツよりほんの少し大きい事や、体色が濃い灰な事、それにあれはサークレットか?
頭に孫悟空の様な輪っかが付いているのが特徴的だった。
「個性は大事だよな…?」
俺の問いかけは届いていないだろう。
その個性的な個体の周りからはソイツを囲むように、また新たな木の根が地面から生まれていた。
三本の根が地面から空へ伸びている。
ゆらゆらとくゆらせながら、2メートルほど伸びたと思うと、歪に曲がり始めその尖った先端を狙うように俺に向けていた。
あのタコ足を攻撃にも利用出来るのか?
以前行った灰ゴブリン狩りのときはあんな芸当が出来るヤツはいなかったはずだ。
もし、あの伸縮自在の木の根が襲いかかってきた場合、俺は避けることが出来るか?
いやよしんば、避ける事が出来たとしても、もう1匹いる。あの強い幼体まで捌くことが…
あと2人ほど頭数があればな…。
俺はふと、別れた仲間の事を思った。でももうあいつらはいない。
考えても仕方ない。現状頼りになるのは自分だけだ。
俺は斧を眼前に構え、体重をつま先に集中させる。
ヤツの木の根がしなり、悶える。獲物に飛びかかるその瞬間を待っているかのように。獲物の血を吸うのを心待ちにするかのように。
ヤツはまるで地面にキスをするかの如く、低く、低く構えている。その下半身にはどれほどの力が溜められているのだろう。一体どれほどの速さで俺に飛びかかってくる?
あー、これはヤバイな。
死ぬかもしれない。
素直な感想だった。
俺がもし他の探索者より優れている点は何かと聞かれたなら自信を持って言える事が1つだけある。
俺は、俺の限界を知っている。
斧で生き物を殺す事に躊躇いはない。
10キロを大体45分で走れる程度には体力もある。この前、ベンチプレスも105キロを挙げることが出来た。
まあ、大体以上が俺の限界だ。
襲いくる木の根を躱す眼や、それを捌きながらもう一匹を相手にするセンスは残念ながらないだろう。
ああ、ヤツらがそろそろ襲いかかってくるな。
毛穴に細い針が突き刺さるような独特な雰囲気を感じる。
闘い、いや殺し合いの空気。
生きる為に殺す。殺さなければ死ぬ。
でも、俺はまだ死にたくない。殺す。死ぬのはお前たちだ。
俺は、俺が生き残る為なら、なんだってするぞ。
限界まで引き絞られた弓矢のような緊張を持つ時間。
体勢の低い個体が更に前のめりになった瞬間だった。
ふっと、また唇がにやける。
俺は足元にある黒いビニール袋を無造作に掴み、右肩を振りかぶり、ヤツらへ投げる。
ぶつけるように投げるのではなく、ヤツらにきちんと届くように優しく。ふわりと山なりに投げる。
袋を掴んだ瞬間、手袋越しにだが中にあるものにも触れてしまう。
ちょっと鳥肌が立った。それだけだ。
ヤツらは思わずと言ったように、その中空にある黒いビニール袋をポカンと見上げている。
それはすぐにヤツらの足元に堕ちる。ナイスコントロール。
あれだろう。家族はいつも一緒にいるべきだ。
たとえどんな姿に変わり果てようとともな。
ビニール袋の口は縛っていない。きちんとその中身が地面へ落ちるたと同時に転がり落ちてくれていた。
さあ、感動のご対面だろう? 首だけのな。
聴こえてきたヤツらの声。今度は威嚇や、コミニケーションの声ではないんじゃあないか。
そう。それは悲鳴のようなー
うん、いい声だ。
ダンジョン酔いの心地の良い感覚が蘇る。その生き物の悲鳴が脳髄に甘い痺れをもたらす。
さあ、出来る事をしよう。
そして、俺はポケットから爆竹とマッチを取り出し、導火線に火をつける。
狩りの終わりは近い。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
とある婚約破棄に首を突っ込んだ姉弟の顛末
ひづき
ファンタジー
親族枠で卒業パーティに出席していたリアーナの前で、殿下が公爵令嬢に婚約破棄を突きつけた。
え、なにこの茶番…
呆れつつ、最前列に進んだリアーナの前で、公爵令嬢が腕を捻り上げられる。
リアーナはこれ以上黙っていられなかった。
※暴力的な表現を含みますのでご注意願います。
【R-18】敗北した勇者、メス堕ち調教後の一日
巫羅
ファンタジー
魔王軍に敗北した勇者がメス堕ち調教され、奉仕奴隷となった後の一日の話
本編全4話
終了後不定期にパーティーメンバーの話とかも書きたいところです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる