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祭りと火照り 1/3
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夏も折り返し地点になり8月。暑さは相変わらずで、日中動くのもしんどいと感じる日々が続いている。
レポートを早々に終わらせた僕は日が傾き始めてから、夕日坂さんのお店に向かう事が増えていた。
近頃彼女の店はサマータイムとか言って営業時間が伸びているのも理由の1つだ。
少し賑わい出した商店街を抜け、その出口付近。いつもの店へと入っていく。
8月に入ってから少しばかり内装の雰囲気が変わっている。
重すぎるような雰囲気だった店内に、風鈴が下げられ、商品が日焼けしないよう入り口側のガラス窓には簾、そして飲み物はアイスコーヒーになった。
空調の風が常に当たり続けているからか、風鈴はその音色を惜しみなく響かせる。というか少しうるさい。
そんな店内にも慣れ始めて、今まで通り夕日坂さんに会いに行くのだ。
「こんにちは、夕日坂さん。ああ、もうすぐこんばんはの時間ですかね」
店の奥に行くと、例のごとく本を読む夕日坂さんの姿がある。今日はその長い髪を後ろで纏めていて、これまた妖艶な雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃい、朝川くん。最近暑い日が続いてるね」
本を閉じ、夕日坂さんは答える。
「ええ、本当に億劫になります。夏はお祭りとかもあっても好きなんですけど……こうも暑いと、嫌になっちゃいますね」
僕はいつもの席につき、店内を見渡す。様変わりしないけれど、彼女なりに夏っぽさを演出しようとしている痕跡が見られ、少し嬉しさというか微笑ましく思える。
「朝川くんはこの町に住んで長いのかしら?」
話題を振ってきたのは夕日坂さんだった。
「ええ、生まれも育ちもこの町ですよ。どうかしたんですか?」
「来週、この商店街で夏祭りがあるでしょう。朝川くんは行くのかなと思って」
夕日坂さんの口から唐突にお祭りの話が出た事が、僕の中では大事件なのだけど、それは伏せておこう。
浮世離れしてそうな彼女の人らしさが垣間見えるし、そもそも夏祭りの事はすっかり忘れていたので助かった。
「そうですね、ここ数年行けてないのでたまには行ってもいいかなと思います。まあ、夕日坂さんに言われるまで忘れていたんですけどね」
軽く笑いながらそう返すと、彼女はそうなの? と言い1枚の紙をカウンターに置いた。
それは、よくある構図の夏祭り開催のポスターだった。
「私もこれを頂いてから知ったのだけれど、商店街にお店を構えている人はみんなこれを掲示するらしいの。でも、何処に貼ろうか悩んでしまって……」
夕日坂さんが悩むのもまた珍しいのだけど、そもそも店を出すのも初めてだろうし、この町に夕日坂さんがどれくらい住んでいるのかも分からない。
彼女の境遇だからこその悩みなのだろう。
「そうですね……普通に店頭のガラス窓に貼るのは駄目なんですか?」
「それも考えたけれど、テープの跡とか着くのも嫌で……入り口もその理由で貼ってないのよ」
なるほど、事態は思っている以上に深刻らしい。まあ、夕日坂さんらしいけれど。
「そうですか、店内に掲示するのはどうですか?」
そう言うと彼女は俯きがちに答える。
「ルールがあって、外から見える場所って決められてるの。だから困ってしまって……」
そういうことか、店内に貼り出し可能なら彼女ならとっくにやっていると思うし、そういったローカルルール的なものは彼女にとって中々枷になっているようだ。
「そうですねぇ、何かいい方法は……」
そう答え、店内を見回す。案外いい物はないかと店の商品を1つ1つ見ていくと、あるものが目に入った。
「夕日坂さん、あの風鈴って使えないですか?」
目に入ったのは1つだけポツンと置かれた風鈴だった。波の模様が入ったポピュラーな物だ。ただ、何かがおかしい。そう思っていると夕日坂さんは顔をあげる。
「ああ、あの風鈴はね。舌(ぜつ)を通す糸がないの。その下についていた短冊もどこかに行ってしまったらしくて」
ふむ、あの音を鳴らす部分を舌と言うのは初めて聞いたけれど、これなら使えそうだ。
「あの、提案なんですけど。このポスターを下に括りつけて店頭にぶら下げる……ってどうですか?」
それを聞いた夕日坂さんの表情が明るくなっていく。これは妙案ではないかと自分でも思う。もちろん、商品である事に変わりはないから夕日坂さん次第だけれど。
「朝川くん、それよ! 素敵な案ね、あの子もまた音が鳴らせてきっと嬉しいはず!」
予想以上の反応でこちらが少し困惑してしまう。というより恥ずかしい。まあ、何にせよ問題は解決ってことでいいらしい。
「じゃあ、早速付けましょうか。紐か何かありますか?」
「ここにあるわ。ありがとう、朝川くん」
今思えば満面の笑みを浮かべる彼女を見るのはこれが初めてかもしれない。
形容詞し難い感情が浮かんで、ちょっと照れくさく感じるけれど……。まあいいか。
それからは早く、ポスターに穴を開け風鈴に糸を通して店頭に飾った。
夏の爽やかな風がポスターを撫でていき、チリンチリンと風鈴が音を奏でる。
とても暑いはずなのに、何故か涼しく感じた。
「助かったわ、朝川君」
「いえ、大したことはしてないですから」
そう返すと彼女は少し目線を反らしたあと、こちらを向いて言う。
「お礼になるか分からないけれど、来週のお祭り……一緒に回らない?」
その言葉に深い意味はない。無いのだけれど、深い意味で捉えてしまう僕は、まだ子どもなのだろうか。
8月のある日、遠くで鳴り響く花火の音と風鈴の音が少しだけ心をざわつかせた。
To Be continue……
レポートを早々に終わらせた僕は日が傾き始めてから、夕日坂さんのお店に向かう事が増えていた。
近頃彼女の店はサマータイムとか言って営業時間が伸びているのも理由の1つだ。
少し賑わい出した商店街を抜け、その出口付近。いつもの店へと入っていく。
8月に入ってから少しばかり内装の雰囲気が変わっている。
重すぎるような雰囲気だった店内に、風鈴が下げられ、商品が日焼けしないよう入り口側のガラス窓には簾、そして飲み物はアイスコーヒーになった。
空調の風が常に当たり続けているからか、風鈴はその音色を惜しみなく響かせる。というか少しうるさい。
そんな店内にも慣れ始めて、今まで通り夕日坂さんに会いに行くのだ。
「こんにちは、夕日坂さん。ああ、もうすぐこんばんはの時間ですかね」
店の奥に行くと、例のごとく本を読む夕日坂さんの姿がある。今日はその長い髪を後ろで纏めていて、これまた妖艶な雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃい、朝川くん。最近暑い日が続いてるね」
本を閉じ、夕日坂さんは答える。
「ええ、本当に億劫になります。夏はお祭りとかもあっても好きなんですけど……こうも暑いと、嫌になっちゃいますね」
僕はいつもの席につき、店内を見渡す。様変わりしないけれど、彼女なりに夏っぽさを演出しようとしている痕跡が見られ、少し嬉しさというか微笑ましく思える。
「朝川くんはこの町に住んで長いのかしら?」
話題を振ってきたのは夕日坂さんだった。
「ええ、生まれも育ちもこの町ですよ。どうかしたんですか?」
「来週、この商店街で夏祭りがあるでしょう。朝川くんは行くのかなと思って」
夕日坂さんの口から唐突にお祭りの話が出た事が、僕の中では大事件なのだけど、それは伏せておこう。
浮世離れしてそうな彼女の人らしさが垣間見えるし、そもそも夏祭りの事はすっかり忘れていたので助かった。
「そうですね、ここ数年行けてないのでたまには行ってもいいかなと思います。まあ、夕日坂さんに言われるまで忘れていたんですけどね」
軽く笑いながらそう返すと、彼女はそうなの? と言い1枚の紙をカウンターに置いた。
それは、よくある構図の夏祭り開催のポスターだった。
「私もこれを頂いてから知ったのだけれど、商店街にお店を構えている人はみんなこれを掲示するらしいの。でも、何処に貼ろうか悩んでしまって……」
夕日坂さんが悩むのもまた珍しいのだけど、そもそも店を出すのも初めてだろうし、この町に夕日坂さんがどれくらい住んでいるのかも分からない。
彼女の境遇だからこその悩みなのだろう。
「そうですね……普通に店頭のガラス窓に貼るのは駄目なんですか?」
「それも考えたけれど、テープの跡とか着くのも嫌で……入り口もその理由で貼ってないのよ」
なるほど、事態は思っている以上に深刻らしい。まあ、夕日坂さんらしいけれど。
「そうですか、店内に掲示するのはどうですか?」
そう言うと彼女は俯きがちに答える。
「ルールがあって、外から見える場所って決められてるの。だから困ってしまって……」
そういうことか、店内に貼り出し可能なら彼女ならとっくにやっていると思うし、そういったローカルルール的なものは彼女にとって中々枷になっているようだ。
「そうですねぇ、何かいい方法は……」
そう答え、店内を見回す。案外いい物はないかと店の商品を1つ1つ見ていくと、あるものが目に入った。
「夕日坂さん、あの風鈴って使えないですか?」
目に入ったのは1つだけポツンと置かれた風鈴だった。波の模様が入ったポピュラーな物だ。ただ、何かがおかしい。そう思っていると夕日坂さんは顔をあげる。
「ああ、あの風鈴はね。舌(ぜつ)を通す糸がないの。その下についていた短冊もどこかに行ってしまったらしくて」
ふむ、あの音を鳴らす部分を舌と言うのは初めて聞いたけれど、これなら使えそうだ。
「あの、提案なんですけど。このポスターを下に括りつけて店頭にぶら下げる……ってどうですか?」
それを聞いた夕日坂さんの表情が明るくなっていく。これは妙案ではないかと自分でも思う。もちろん、商品である事に変わりはないから夕日坂さん次第だけれど。
「朝川くん、それよ! 素敵な案ね、あの子もまた音が鳴らせてきっと嬉しいはず!」
予想以上の反応でこちらが少し困惑してしまう。というより恥ずかしい。まあ、何にせよ問題は解決ってことでいいらしい。
「じゃあ、早速付けましょうか。紐か何かありますか?」
「ここにあるわ。ありがとう、朝川くん」
今思えば満面の笑みを浮かべる彼女を見るのはこれが初めてかもしれない。
形容詞し難い感情が浮かんで、ちょっと照れくさく感じるけれど……。まあいいか。
それからは早く、ポスターに穴を開け風鈴に糸を通して店頭に飾った。
夏の爽やかな風がポスターを撫でていき、チリンチリンと風鈴が音を奏でる。
とても暑いはずなのに、何故か涼しく感じた。
「助かったわ、朝川君」
「いえ、大したことはしてないですから」
そう返すと彼女は少し目線を反らしたあと、こちらを向いて言う。
「お礼になるか分からないけれど、来週のお祭り……一緒に回らない?」
その言葉に深い意味はない。無いのだけれど、深い意味で捉えてしまう僕は、まだ子どもなのだろうか。
8月のある日、遠くで鳴り響く花火の音と風鈴の音が少しだけ心をざわつかせた。
To Be continue……
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