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王都フラシュ
さよならしました
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お尻に異物をあてがわれて精神に多大な傷を負ったホイムであったが、今はしっかりとアカネに抱きしめられて一緒に机を囲んでいた。
「――で、私とホイムとルカは玉座の間を正面から目指し、人質の無事を確保したらアカネも……って、ちゃんと聞いてるか?」
エミリアの言葉はうつらうつらとするルカだけでなく、精神的ショックで凹むホイムと彼の頭を胸に挟んで懸命に慰めるアカネにも向けられていた。
「あうあうあう……」
「お労しやホイム様……」
エミリアはまた頭を抱えた。
「おい。ちゃんと話聞いてやれ」
壁際に追いやられたノーデックの声がするとホイムはビクッと反応し、アカネはキッと見据えて警戒する。
「おお怖い」
彼は手を挙げ降参の仕草をする。だがそれで気を許すアカネではない。
「ご安心を。ホイム様のお尻は私が絶対にお守りします!」
「お尻こわい……お尻こわい……」
「……」
お尻の被害に怯えるホイムに複雑な表情を見せていたエミリアであったが、これ以上はここで話すことは難しいかと判断するとお尻の穴をキュッと引き締めて見取り図を全て仕舞った。
「粗方の流れと全体像は掴めたろう。後は実際に乗り込むだけだ」
「ええ、ええ。把握しています。ですので早くこのような危険な場所は立ち去りましょう」
アカネが早口で捲し立てるとルカの鼻提灯がパンと割れた。
「……ん? 終わった?」
「終わりましたとも。さあ出ましょうか」
慌てて出ていこうとするホイム一行の後ろ姿を見て、エミリアは溜息を吐いた。
「少し冗談が過ぎたんじゃないか?」
このような時にノーデックがホイムにちょっかいを出す素振りをした事を咎めて言うと、
「俺は至って真面目だぞ? もっと時間があったらなあ……じっくり時間をかけてだなあ……」
「え、遠慮します!」
恐ろしい言葉が聞こえたホイムは全力で拒否した。
「へいへい。……気を付けていけよ、あんた達と筆頭騎士殿がこの国の希望だからな」
最後にノーデックが真剣な面持ちでかけてきた言葉。これにはホイムも真面目に答えた。
「はい」
そう言うとホイムはアカネに抱えられたまま船長室を後にし、ルカもそれに続いた。
最後に離れようとしたエミリアの背中にノーデックが呼びかけた。
「会っていかなくていいのか? 元同僚に」
「……そうか。やはりこの街にもいてくれたか」
「ああ。一番目をつけられていた筆頭騎士殿が遠く離れてくれたおかげで、この街の捜索事態はおざなりなもんだったからな」
ノーデックの言葉に後ろ髪を引かれる想いであったが、エミリアは後ろを振り返ることなく前を見据えたまま告げる。
「今は、いい。今は、私は彼らと共に進まねばならない。再会は全てを終えた時に」
「律儀なのか不器用なのか分からんな。会ってやりゃあいいんじゃねえの?」
ノーデックはそう勧めたが、エミリアが首を縦に振ることはなかった。
「会えばその剣を頼りたくなる。此度の魔人の指名は私とホイムたちだから……一緒にはいけない」
彼女の脳裏に浮かんだのは、パルメティの街を発つ前に再会した双子の騎士の姿であった。二人には共に行けぬ代わりに孤児院とアリアスの事を託した。
彼女たちだけではない、皆肩を並べ戦場を駆けた同胞たちである。本来ならば共に戦いたいという想いは大いにある。
だが、その同胞の半数近くが魔人の手中に落ちているのだ。そしてそいつの指名はホイムたちだけである。
敵が約束を守る保証はない。しかしこちらから約束を違える危険を冒すこともできない。
だから、一緒にはいけないのであった。
「それに他の者には違う役割がある。魔人を討ち倒し姫様を救い、その後にもし私がいなくなった時に、国をしっかりと支えてもらわなくてはならない。だから魔人を討つ手助けなどしてもらって傷ついてもらうわけにはいかんのだ」
「……待て。いなくなるだと?」
不吉なことを口にするエミリアの真意をノーデックが問いたださんとするのを、彼女の言葉が遮った。
「私の剣が道を切り拓く。皆にはその後を歩み進んでもらいたい……それだけさ」
「刺し違えてでも、か?」
「そうしなければ勝てないというのなら」
答えたエミリアはフードを被り室外へと向かった。彼女の決意を聞き浮かぬ表情のノーデックも外へ出ると、エミリアを待ちかねていた三人が丁度彼女を出迎えるところであった。
「遅かったですね?」
「少し世間話をな」
ホイムとの受け答え後に他の二人とも幾つか言葉を交わすと、今度はエミリアが先を行き船を立ち去ろうとするのであった。
船員たちが行き交う甲板から港へと続く階段を降りていく一行の最後尾に、ノーデックは呼びかけた。
「大将!」
その瞬間、ホイムはビクッと身を強張らせて両手でお尻を押さえ後退りながら振り返った。
「ひえぇ! な、なんですか!」
怯えるホイムにずんずん近付き、あと一歩踏み込めば後ろに控えるアカネが飛び出してくるというところでピタリとノーデックの足が止まった。
「……」
お尻のピンチを敏感に感じるホイムであったが、見下ろしてくる彼の眼差しが至極真剣なものであることに気付きこちらも自然と表情が堅くなった。
「全員無事に帰ってこいよ」
「勿論です」
即答するホイムから片時も目を逸らさなかったノーデックは、彼が口先だけで犠牲を出さないと言っているのではないと信じることにした。
「……分かった。筆頭騎士殿をよろしく頼むぜ」
「はい」
「無事に再会できたら俺の部屋で一杯飲み」
「それは許されませんよ! 絶対にさせません!」
静観していたアカネが一目散にホイムを引ったくり、ノーデックの怪しい誘いから大事な人を守るのであった。
「いいじゃねえかよ。ちょっとだけ、先っちょだけだから!」
親指と人差指でほんの少しと示す彼の言葉に不純なモノを感じた二人は同時に背筋に薄ら寒い気配を覚えながら、駆け足で階段を降りエミリアを抜き去って安全な距離まで避難していくのであった。
「――で、私とホイムとルカは玉座の間を正面から目指し、人質の無事を確保したらアカネも……って、ちゃんと聞いてるか?」
エミリアの言葉はうつらうつらとするルカだけでなく、精神的ショックで凹むホイムと彼の頭を胸に挟んで懸命に慰めるアカネにも向けられていた。
「あうあうあう……」
「お労しやホイム様……」
エミリアはまた頭を抱えた。
「おい。ちゃんと話聞いてやれ」
壁際に追いやられたノーデックの声がするとホイムはビクッと反応し、アカネはキッと見据えて警戒する。
「おお怖い」
彼は手を挙げ降参の仕草をする。だがそれで気を許すアカネではない。
「ご安心を。ホイム様のお尻は私が絶対にお守りします!」
「お尻こわい……お尻こわい……」
「……」
お尻の被害に怯えるホイムに複雑な表情を見せていたエミリアであったが、これ以上はここで話すことは難しいかと判断するとお尻の穴をキュッと引き締めて見取り図を全て仕舞った。
「粗方の流れと全体像は掴めたろう。後は実際に乗り込むだけだ」
「ええ、ええ。把握しています。ですので早くこのような危険な場所は立ち去りましょう」
アカネが早口で捲し立てるとルカの鼻提灯がパンと割れた。
「……ん? 終わった?」
「終わりましたとも。さあ出ましょうか」
慌てて出ていこうとするホイム一行の後ろ姿を見て、エミリアは溜息を吐いた。
「少し冗談が過ぎたんじゃないか?」
このような時にノーデックがホイムにちょっかいを出す素振りをした事を咎めて言うと、
「俺は至って真面目だぞ? もっと時間があったらなあ……じっくり時間をかけてだなあ……」
「え、遠慮します!」
恐ろしい言葉が聞こえたホイムは全力で拒否した。
「へいへい。……気を付けていけよ、あんた達と筆頭騎士殿がこの国の希望だからな」
最後にノーデックが真剣な面持ちでかけてきた言葉。これにはホイムも真面目に答えた。
「はい」
そう言うとホイムはアカネに抱えられたまま船長室を後にし、ルカもそれに続いた。
最後に離れようとしたエミリアの背中にノーデックが呼びかけた。
「会っていかなくていいのか? 元同僚に」
「……そうか。やはりこの街にもいてくれたか」
「ああ。一番目をつけられていた筆頭騎士殿が遠く離れてくれたおかげで、この街の捜索事態はおざなりなもんだったからな」
ノーデックの言葉に後ろ髪を引かれる想いであったが、エミリアは後ろを振り返ることなく前を見据えたまま告げる。
「今は、いい。今は、私は彼らと共に進まねばならない。再会は全てを終えた時に」
「律儀なのか不器用なのか分からんな。会ってやりゃあいいんじゃねえの?」
ノーデックはそう勧めたが、エミリアが首を縦に振ることはなかった。
「会えばその剣を頼りたくなる。此度の魔人の指名は私とホイムたちだから……一緒にはいけない」
彼女の脳裏に浮かんだのは、パルメティの街を発つ前に再会した双子の騎士の姿であった。二人には共に行けぬ代わりに孤児院とアリアスの事を託した。
彼女たちだけではない、皆肩を並べ戦場を駆けた同胞たちである。本来ならば共に戦いたいという想いは大いにある。
だが、その同胞の半数近くが魔人の手中に落ちているのだ。そしてそいつの指名はホイムたちだけである。
敵が約束を守る保証はない。しかしこちらから約束を違える危険を冒すこともできない。
だから、一緒にはいけないのであった。
「それに他の者には違う役割がある。魔人を討ち倒し姫様を救い、その後にもし私がいなくなった時に、国をしっかりと支えてもらわなくてはならない。だから魔人を討つ手助けなどしてもらって傷ついてもらうわけにはいかんのだ」
「……待て。いなくなるだと?」
不吉なことを口にするエミリアの真意をノーデックが問いたださんとするのを、彼女の言葉が遮った。
「私の剣が道を切り拓く。皆にはその後を歩み進んでもらいたい……それだけさ」
「刺し違えてでも、か?」
「そうしなければ勝てないというのなら」
答えたエミリアはフードを被り室外へと向かった。彼女の決意を聞き浮かぬ表情のノーデックも外へ出ると、エミリアを待ちかねていた三人が丁度彼女を出迎えるところであった。
「遅かったですね?」
「少し世間話をな」
ホイムとの受け答え後に他の二人とも幾つか言葉を交わすと、今度はエミリアが先を行き船を立ち去ろうとするのであった。
船員たちが行き交う甲板から港へと続く階段を降りていく一行の最後尾に、ノーデックは呼びかけた。
「大将!」
その瞬間、ホイムはビクッと身を強張らせて両手でお尻を押さえ後退りながら振り返った。
「ひえぇ! な、なんですか!」
怯えるホイムにずんずん近付き、あと一歩踏み込めば後ろに控えるアカネが飛び出してくるというところでピタリとノーデックの足が止まった。
「……」
お尻のピンチを敏感に感じるホイムであったが、見下ろしてくる彼の眼差しが至極真剣なものであることに気付きこちらも自然と表情が堅くなった。
「全員無事に帰ってこいよ」
「勿論です」
即答するホイムから片時も目を逸らさなかったノーデックは、彼が口先だけで犠牲を出さないと言っているのではないと信じることにした。
「……分かった。筆頭騎士殿をよろしく頼むぜ」
「はい」
「無事に再会できたら俺の部屋で一杯飲み」
「それは許されませんよ! 絶対にさせません!」
静観していたアカネが一目散にホイムを引ったくり、ノーデックの怪しい誘いから大事な人を守るのであった。
「いいじゃねえかよ。ちょっとだけ、先っちょだけだから!」
親指と人差指でほんの少しと示す彼の言葉に不純なモノを感じた二人は同時に背筋に薄ら寒い気配を覚えながら、駆け足で階段を降りエミリアを抜き去って安全な距離まで避難していくのであった。
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