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王都フラシュ

挨拶しました

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 ノーデックを見失わないように後をつけるホイムたちはエイーリオの港へとやってきた。
 活気を失っていた街中とは打って変わって船員や漁師たちの生気に満ちた声が木霊している。

「ここだけは変わっていないな」

 ホイムを背負うエミリアの横顔には安堵と懐古の色が浮かんでいた。

「ルカにはうるさい……」

 獣人の少女には慣れぬ場所の喧騒が堪らないのか、耳をしょんぼりと畳んで音を遮っていた。

「けど確かに騒々しいですね。港って初めて来ましたから僕も驚いてます」
「ここは特にな。エイーリオの漁師たちの船だけでなく、貿易港……後は軍港も兼ねているからな」
「軍港?」

 ホイムの疑問に答えたのは、後ろから手を伸ばしてきたアカネであった。

「確か海賊ノーデックが束ねる商船団は武装船団でもあったはずです。フラシュと協力関係になった際、有事の時には国を守る海軍として働くことになっていたかと」

 いい加減エミリアから降りてくださいな。
 そう言わんばかりに彼女の背中からホイムを引っ剥がすと、後ろから抱きしめながらホイムに説明を加えた。

「海賊……ですか?」

 上を見上げればアカネのおっぱい。柔らかな感触がホイムの頭を包み込む。

「元、だな。今は商船団の長として一帯の貿易を仕切る堅気の男だ。それと海軍と言ってもフラシュに属しているわけではない。彼らには近海の脅威の排除を第一としてもらっている……義勇軍のようなものだ」
「正規じゃない……独自の権限で動けるってことですか?」
「ああ。彼らは一国のために命を張ってくれているわけではない。この海のために我らと協力してくれているんだ」

 まさに海の男と言ったところか。ホイムは少しだけかっこいいと思った。

「お詳しいこと。もしかしてノーデック殿はエミリアさんの想い人でしょうか」

 アカネが覆面をしてぐふふと笑う。こんなにいやらしい笑いをするのは初めて見た。

「彼とは何度か面識がある程度だ。人を惹きつけ頼りになる人物であることは間違いないが……」

 竜蜥騎を託していいと思える程度には信頼できる人物であるのだろう。先程の騒動を収めた時の周囲の人々の反応からもそれは伺えた。

「よお! 来たな!」

 一際大きく陽気な声がホイムたちに向けられた。

 港に停泊する最も大きな船舶を見上げると、甲板の縁から船長が右手を振って彼らを招いていた。

「上がりな。話があるんだろ」

 それだけ告げて彼の姿が消えた。

「どうやらバレてたみたいですね」

 あかねっぱいに頭を預けるホイムが言うと、エミリアもそれは承知していたらしく驚いた素振りは見せなかった。

「おやおや。情熱的にお声をかけてくださること」

 アカネはさっきから覆面の下でにまにましている。

「アカネ楽しそう?」

 ルカにも分かるくらいである。

「いえいえ。ただあの方とエミリアさんがとってもお似合いですねと思っているだけです。思っているだけ」
「彼とはそういう仲ではないと言ったろう?」

 エミリアは呆れ顔で「行こう」と先陣を切って歩きだした。アカネの胸を頭に乗せて歩きにくそうなホイムとルカも後に続き、一行は商船へと乗り込むのだった。



 逞しい船員たちが汗を流し荷物を担ぎ、せわしなく行き交う甲板から続く階段を下りた先にある船長室でノーデックはエミリア達を出迎えた。

「久しぶりだな筆頭騎士殿!」

 ノーデックは両腕を開いて再会を喜んだ。

「そちらはお変わりなくご健勝のようで」

 エミリアは少し畏まって礼節に重きをおいた挨拶をしながらフードを取って顔を晒した。この場で隠す必要はないということである。
 手を差し伸べて再会の握手を求めるエミリアに対し、ノーデックは片眉を上げて肩を竦めた。

「……」

 広げた腕を下げて無言で握手に応じてから、気を取り直して話しかけた。

「本当によく戻られたな。わざわざ此処へ顔を出したということは……王都へ斬り込むと決めたか」

 先程までの軽薄な雰囲気を抑えたノーデックが真面目な眼差しを向けている。

「ああ。逃げ隠れるのは終わりだ」

 きっぱりと言い切られたことが気持ちよかったか、ノーデックは含みを持たせた笑みを浮かべ彼女の背後に視線を送った。

「彼女たちが助っ人か」

 ズカズカと歩み寄るノーデックはまずアカネに手を差し出した。

「街中では彼を助けてくれたこと、改めて礼を言おう。アサシンのレディ」

 顔を合わせたばかりの相手と気安くできない性分の彼女であったが、見上げるホイムが小さく頷くのを見ると仕方なしと言った具合で手を握り返した。

「……目がよろしいんですね」
「美人の動向はつい追ってしまうものでね」

 ただの軽口か口説こうとしているのか判別しかねるホイムは、手を握らせたこと失敗だったんじゃ……と少し後悔した。
 が、ノーデックは執着するでもなくすぐに手を離すと続いてルカに握手を求めた。

「獣人の少女か。なかなかどうして頼もしい友達を連れてきたもんだ」
「うん! ルカは頼りになる!」

 ルカは無邪気に手を握り、ブンブンと腕を振る。
 千切れて飛んでいくんじゃないかという勢いの握手に、腕を引いたノーデックは軽く手首を擦っていた。
 そして最後にホイムの頭を雑に撫で、

「まだちっちゃいのに彼女が連れているということは……余程の実力」

 流石は商船を束ねる長。人の本質を見抜く眼を持っているようだ。

「か、余程趣味にどストライクだったか」
「んんん~!? 何を言い出すんだノーデック!」

 エミリアは狼狽して食ってかかった。
 ある意味本質は見抜いている……と言えなくもないであろうか。
 船長は愉快そうに笑いエミリアをからかっているのだろうが、本気で彼女の趣味で連れてこられたと勘違いされている可能性もゼロではないのでホイムはしっかりと訂正しておくことにした。
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