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王都フラシュ
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男と男が言い争っている現場をホイム一行は周りの人々の間から遠巻きに窺った。
「何が起きてるんでしょう?」
一行の中でホイムだけが大人の背丈に阻まれて様子を見ることができなかったので、一番長身のエミリアが背負うことでようやく事態を目にすることができた。
「――オラッ!」
軽装の鎧をまとった男たちの先頭にいる一人が、平服の青年を殴りつけていた。既に何度も手を出された後か、青年の顔は腫れ上がり鼻と口からは血を滴らせている。
「あれは……」
言い争いなどという生温いものではない、一方的なリンチであることをホイムは悟った。
「ひどい。あの兵士たちは一体……」
尻もちをつき倒れる青年を足蹴にする兵士に苦言を呈するホイムの言葉を訊いたエミリアが、鎮痛で怒りを孕んだ声で答えた。
「あれは……フラシュの兵たちだ」
ホイムは驚きを隠せなかった。
「国を守る兵士が市民に手を上げてるんですか?」
目の前で起きているのはそういうことである。しかも兵たちはニヤニヤと笑みを浮かべ、暴行を愉しんでいる。
「肩がぶつかっただけで……」
「でかい顔で好き放題……」
ホイムたちの傍で事態を窺っていた人々が小声で言っているのが聞こえた。
大した理由でもない……それだけのことで街の人間をいたぶっているのだ。
野次馬のひそひそ声が聞こえたのか、兵士の一人が周囲に向けて声を荒げた。
「文句があるのか? 出てこい! 仲良く同じ目に合わせてやるぞ!」
周囲は水を打ったように静かになった。皆、フラシュの兵に怯えているのだ。
「……」
無言で進みだしそうだったエミリアの肩に置いていた手にホイムは力を込めた。
小さく頭を振り彼女を制する。ここでトラブルを起こすのは得策ではない。
エミリアもそれは重々承知している。だが、見過ごすことはできないという気持ちも当然ある。
ホイムも黙って見ていることは心苦しいが、ここは堪えなくてはならない……と、その時状況は更に緊迫した。
「へへ……その無礼な肩は斬り落としてやろう」
散々青年を痛めつけていた兵士がとうとう剣を抜いたのだ。
「や、やめ……」
これには青年も青ざめ、同時にエミリアは野次馬を押しのけ飛び出そうとする。
「――っ!」
が、何かに気付いたホイムがエミリアの首を絞めるように腕を回して彼女を制止した。
兵士が高笑いしながら凶刃を振り上げた。
「……?」
そして兵士はすぐ異変に気付く。手にしていたはずの剣が、掲げた一瞬の間に消えていたのだ。
これには兵士たちだけでなく周りの野次馬もざわめいた。中には消えた瞬間を見た者もいたが、何故消えたのかまでは見えていた者はいなかった。
そんな狐につままれた現場に別の一団が駆けつけてくる。
「やあやあ皆さんお集まりで。どうかしましたか?」
一見すると貴族かと思える身なりの整った格好をした壮年の男だが、彼が引き連れているのは日に焼けた血気盛んな海の男達であった。
彼らを目にした瞬間、周囲の傍観者たちには安堵の気配が流れ、青年に手を上げていた兵たちはムッとした表情を向けていた。
壮年の男は軽やかな足取りで、軽快と言うより軽薄な調子で剣を失った兵士の首に腕を回して親しげに絡みだす。
「いけないねえこの街で物騒な真似はいけない。騒ぎを起こすのはお互いのためじゃない……そうだろ?」
兵士は気持ちよく暴力を奮っていたことを咎められ明らかに不愉快な様子であったが、ホイムの目は捉えていた。
男が兵士の懐にキラリと輝く通貨を一つ忍ばせたのを。
「穏便にいきましょうや。穏便に」
「う、うむ……」
懐をポンと叩かれた兵士はそれで矛を収めることとなった。男の腕から逃れると、
「今度は気を付けろ!」
傷だらけの青年にそう唾を吐きかけて取り巻き達を連れ野次馬を押しのけその場を離れていった。
「さあ、終わりだ終わり。散った散った」
それを見届けた壮年の男は今度は野次馬たちに呼びかけ、彼らもそれに応じて蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「運んで手当をしてやれ」
「へい」
後ろに控えていた筋骨隆々の男たちが返事をし、青年を担いでいく。
その場に残ったのは男と、ホイム一行だけであった。
彼らの視線に気付いたか、男は顔を上げて三人の顔を見回した。
「助かったよ。感謝する」
そう言って彼は踵を返して海の男達の後を追った。感謝の言葉は、エミリアに担がれたホイムの後ろに潜んでいたアカネに向けてのものであった。
「あの者には気付かれていたようですね」
彼女の左手には先程兵士が振り上げた際に目にも留まらぬ疾さで掠め取っていた剣が握られていた。
青年に命の危機が迫った時、主の想いを汲み取っていた彼女はいち早く行動に移っていたのだった。
「ありがとうございます、アカネさん」
「ふふ、もっとお褒めください」
アカネは体をくねくねして喜んでいる。
「エミリアは遅いしルカは不器用ですし、あれは私にしかできぬことだったのですよ」
「流石アカネさん素敵、愛してる」
「むう……ルカだってできた。アカネがジッとしてろって言うから」
思い思いにアカネに言葉をかけるのだが、エミリアはそれを遮った。
「それより、彼を追うぞ」
彼女の台詞に三人の視線が集まった。
「探す手間が省けた。……此処へ来たのは彼に会うためである」
「竜蜥騎を預けるアテ……というのは」
アカネの言葉にエミリアは頷いた。
「彼だ。フラシュ近海、そして貿易航路の安全を守り取り仕切る商船団の長、ノヴァ・ノーデック船長だ」
「何が起きてるんでしょう?」
一行の中でホイムだけが大人の背丈に阻まれて様子を見ることができなかったので、一番長身のエミリアが背負うことでようやく事態を目にすることができた。
「――オラッ!」
軽装の鎧をまとった男たちの先頭にいる一人が、平服の青年を殴りつけていた。既に何度も手を出された後か、青年の顔は腫れ上がり鼻と口からは血を滴らせている。
「あれは……」
言い争いなどという生温いものではない、一方的なリンチであることをホイムは悟った。
「ひどい。あの兵士たちは一体……」
尻もちをつき倒れる青年を足蹴にする兵士に苦言を呈するホイムの言葉を訊いたエミリアが、鎮痛で怒りを孕んだ声で答えた。
「あれは……フラシュの兵たちだ」
ホイムは驚きを隠せなかった。
「国を守る兵士が市民に手を上げてるんですか?」
目の前で起きているのはそういうことである。しかも兵たちはニヤニヤと笑みを浮かべ、暴行を愉しんでいる。
「肩がぶつかっただけで……」
「でかい顔で好き放題……」
ホイムたちの傍で事態を窺っていた人々が小声で言っているのが聞こえた。
大した理由でもない……それだけのことで街の人間をいたぶっているのだ。
野次馬のひそひそ声が聞こえたのか、兵士の一人が周囲に向けて声を荒げた。
「文句があるのか? 出てこい! 仲良く同じ目に合わせてやるぞ!」
周囲は水を打ったように静かになった。皆、フラシュの兵に怯えているのだ。
「……」
無言で進みだしそうだったエミリアの肩に置いていた手にホイムは力を込めた。
小さく頭を振り彼女を制する。ここでトラブルを起こすのは得策ではない。
エミリアもそれは重々承知している。だが、見過ごすことはできないという気持ちも当然ある。
ホイムも黙って見ていることは心苦しいが、ここは堪えなくてはならない……と、その時状況は更に緊迫した。
「へへ……その無礼な肩は斬り落としてやろう」
散々青年を痛めつけていた兵士がとうとう剣を抜いたのだ。
「や、やめ……」
これには青年も青ざめ、同時にエミリアは野次馬を押しのけ飛び出そうとする。
「――っ!」
が、何かに気付いたホイムがエミリアの首を絞めるように腕を回して彼女を制止した。
兵士が高笑いしながら凶刃を振り上げた。
「……?」
そして兵士はすぐ異変に気付く。手にしていたはずの剣が、掲げた一瞬の間に消えていたのだ。
これには兵士たちだけでなく周りの野次馬もざわめいた。中には消えた瞬間を見た者もいたが、何故消えたのかまでは見えていた者はいなかった。
そんな狐につままれた現場に別の一団が駆けつけてくる。
「やあやあ皆さんお集まりで。どうかしましたか?」
一見すると貴族かと思える身なりの整った格好をした壮年の男だが、彼が引き連れているのは日に焼けた血気盛んな海の男達であった。
彼らを目にした瞬間、周囲の傍観者たちには安堵の気配が流れ、青年に手を上げていた兵たちはムッとした表情を向けていた。
壮年の男は軽やかな足取りで、軽快と言うより軽薄な調子で剣を失った兵士の首に腕を回して親しげに絡みだす。
「いけないねえこの街で物騒な真似はいけない。騒ぎを起こすのはお互いのためじゃない……そうだろ?」
兵士は気持ちよく暴力を奮っていたことを咎められ明らかに不愉快な様子であったが、ホイムの目は捉えていた。
男が兵士の懐にキラリと輝く通貨を一つ忍ばせたのを。
「穏便にいきましょうや。穏便に」
「う、うむ……」
懐をポンと叩かれた兵士はそれで矛を収めることとなった。男の腕から逃れると、
「今度は気を付けろ!」
傷だらけの青年にそう唾を吐きかけて取り巻き達を連れ野次馬を押しのけその場を離れていった。
「さあ、終わりだ終わり。散った散った」
それを見届けた壮年の男は今度は野次馬たちに呼びかけ、彼らもそれに応じて蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「運んで手当をしてやれ」
「へい」
後ろに控えていた筋骨隆々の男たちが返事をし、青年を担いでいく。
その場に残ったのは男と、ホイム一行だけであった。
彼らの視線に気付いたか、男は顔を上げて三人の顔を見回した。
「助かったよ。感謝する」
そう言って彼は踵を返して海の男達の後を追った。感謝の言葉は、エミリアに担がれたホイムの後ろに潜んでいたアカネに向けてのものであった。
「あの者には気付かれていたようですね」
彼女の左手には先程兵士が振り上げた際に目にも留まらぬ疾さで掠め取っていた剣が握られていた。
青年に命の危機が迫った時、主の想いを汲み取っていた彼女はいち早く行動に移っていたのだった。
「ありがとうございます、アカネさん」
「ふふ、もっとお褒めください」
アカネは体をくねくねして喜んでいる。
「エミリアは遅いしルカは不器用ですし、あれは私にしかできぬことだったのですよ」
「流石アカネさん素敵、愛してる」
「むう……ルカだってできた。アカネがジッとしてろって言うから」
思い思いにアカネに言葉をかけるのだが、エミリアはそれを遮った。
「それより、彼を追うぞ」
彼女の台詞に三人の視線が集まった。
「探す手間が省けた。……此処へ来たのは彼に会うためである」
「竜蜥騎を預けるアテ……というのは」
アカネの言葉にエミリアは頷いた。
「彼だ。フラシュ近海、そして貿易航路の安全を守り取り仕切る商船団の長、ノヴァ・ノーデック船長だ」
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