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パルメティの街
孤児院へ来ました
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アカネとルカが買い出しに行く前に三人と別れたエミリアが一人で訪れていたのは、パルメティの西の外れにある孤児院であった。
「……」
街の中心は整然と美しい街並みがあったのだが、ここまで来ると多少荒れた様子であった。ダウンタウンのように治安が悪いという気配はないが、手入れが行き届いていないという状態であった。
孤児院の傍にある広場は所々草が伸び、敷地を示す塀も傷んで剥がれている箇所が幾つもあった。
そしてエミリアが聞いた話によると、此処には十名ほどの孤児と院長夫婦が生活をしているとのことであったが、外で遊ぶ子どもがいなければ古ぼけた平屋の施設から聞こえる声もない。
「……」
しかし気配はする。それも子どものものではなく、ぴりぴりと肌を刺してくるような戦場に似た空気がかすかにある。しかれども出処は察知させない。何かが潜んでエミリアを窺っているのは確かであるがどこに潜んでいるかは悟らせない。
警戒を緩めることなく孤児院へと歩を進める。そして建物の扉をノックしようとした手は、そのまま背中の剣の柄へと伸びていた。
「――はッ!」
どこか歓喜めいた呼気が聞こえたのはエミリアの頭上からであった。
「チッ!」
頭巾を被った女が果物ナイフを片手に屋根から飛び降り、エミリアに襲いかかろうとしていた。
すかさずエミリアは盾から剣を僅かに引き抜き、襲撃者が煌めかせる小さな刃渡りの刃を背にした刃で受け流した。
奇襲を躱され降り立ったフードの女は一瞬で飛び退き間合いを取ったかと思いきや、間髪入れずに地を蹴りすかさず攻め込んでいき、獲物を握る右手を突き出してきた。
首筋を的確に捉える狙いすました一閃。素早さで劣るエミリアは大きく動こうとはせず、くるりと身を翻してマントの下に携えていた盾でいなした。
再度攻撃を躱し互いに交錯する瞬間、エミリアは剣を抜き放つと体勢を整えきれていない女の右手に向け一撃を振り下ろす。
刃と刃がぶつかる甲高い音と共に、エミリアは見事に女の手からナイフだけを弾き落とした。
切り結びあった二人はその姿勢のまま動きを止めていたが、やがてエミリアの方から口を開いた。
「……少し腕が鈍りましたか? ラフィ」
「カハッ、言うようになったなエミー。だが……まだまだ甘い」
ラフィと呼ばれた女性は笑いながらそう言った。頭巾の下の黒髪を後ろで結った長身の美女。歳はエミリアより一回りほど上であるが、エプロン姿の平服の下に隠れた鍛え抜かれた体は先程の剣戟を見ても分かる通り、エミリアと遜色ない身のこなしを可能としていた。
彼女の言葉を受けて視線を下ろしたエミリアが見たのは、ラフィの左手にいつの間にか握られていたもう一振りのナイフが鎧の間隙に突き立とうとしているところであった。
「引き分けですか」
「いいや私のナイフが早かった。これで三十八勝三十六敗十八分だ」
「三十七勝三十七敗……ではないですか?」
「細かい奴だ……もう昔のことは覚えとらんわ」
「先に数を気にしたのはそちらでは?」
気安い言葉を交わした後、武器を仕舞った二人は懐かしむ想いと共に熱い抱擁を交わした。
ラフィという女性も小柄ではなかったが、エミリア相手には爪先立ちでようやく背が並ぶ程度であった。
「元気そうで何よりだ」
「そちらもお変わりなく」
笑顔を浮かべ頬を擦り合わせていた二人であったが、体を離すとラフィは真剣な面持ちで声をかけた。
「噂は聞いている。随分と厳しい立場のようだな」
ラフィの言う噂とは、彼女の古巣でもある聖華騎士団の追い込まれた状況のことである。
「どこまで話を知っていますか?」
「巷に流れる程度しか知らんよ。王女殺害の企てを阻止され聖華騎士団は解体。半数は捕らわれ半数は散り散りに逃げ……とな。事を起こした騎士団長と筆頭騎士の足取りにはそれなりの懸賞金がかかっているのもな」
彼女の耳にもそのように話が伝わっていることに、真偽はどうあれ申し訳無さを多分に抱き表情を曇らせてしまった。
「そう腐るな。お前たちがそのような真似をするわけがないと分かっている」
「……信じてくれるのですね」
「当たり前だ。お前は私の後を継いだ稀代の筆頭騎士なのだから」
ラフィと呼ばれた彼女の本名はラフィリア・ハートラード。エミリアの前に筆頭騎士として聖華騎士団を支えた元騎士団員である。
「此処へ来たのは訳があるのだろう? 中へ入れ。話を聞こう」
エミリアの返事を待たずして、ラフィは彼女を中へ通そうとした。彼女が敷居を跨ぐ直前、思い出したように一つ忠告をする。
「静かにな。今はみんなお昼寝の時間だ」
エミリアは孤児院が静かに佇んでいた理由に納得しながら頷いて、なるべく足音を立てぬようにラフィの後ろをついていくのだった。
「……」
街の中心は整然と美しい街並みがあったのだが、ここまで来ると多少荒れた様子であった。ダウンタウンのように治安が悪いという気配はないが、手入れが行き届いていないという状態であった。
孤児院の傍にある広場は所々草が伸び、敷地を示す塀も傷んで剥がれている箇所が幾つもあった。
そしてエミリアが聞いた話によると、此処には十名ほどの孤児と院長夫婦が生活をしているとのことであったが、外で遊ぶ子どもがいなければ古ぼけた平屋の施設から聞こえる声もない。
「……」
しかし気配はする。それも子どものものではなく、ぴりぴりと肌を刺してくるような戦場に似た空気がかすかにある。しかれども出処は察知させない。何かが潜んでエミリアを窺っているのは確かであるがどこに潜んでいるかは悟らせない。
警戒を緩めることなく孤児院へと歩を進める。そして建物の扉をノックしようとした手は、そのまま背中の剣の柄へと伸びていた。
「――はッ!」
どこか歓喜めいた呼気が聞こえたのはエミリアの頭上からであった。
「チッ!」
頭巾を被った女が果物ナイフを片手に屋根から飛び降り、エミリアに襲いかかろうとしていた。
すかさずエミリアは盾から剣を僅かに引き抜き、襲撃者が煌めかせる小さな刃渡りの刃を背にした刃で受け流した。
奇襲を躱され降り立ったフードの女は一瞬で飛び退き間合いを取ったかと思いきや、間髪入れずに地を蹴りすかさず攻め込んでいき、獲物を握る右手を突き出してきた。
首筋を的確に捉える狙いすました一閃。素早さで劣るエミリアは大きく動こうとはせず、くるりと身を翻してマントの下に携えていた盾でいなした。
再度攻撃を躱し互いに交錯する瞬間、エミリアは剣を抜き放つと体勢を整えきれていない女の右手に向け一撃を振り下ろす。
刃と刃がぶつかる甲高い音と共に、エミリアは見事に女の手からナイフだけを弾き落とした。
切り結びあった二人はその姿勢のまま動きを止めていたが、やがてエミリアの方から口を開いた。
「……少し腕が鈍りましたか? ラフィ」
「カハッ、言うようになったなエミー。だが……まだまだ甘い」
ラフィと呼ばれた女性は笑いながらそう言った。頭巾の下の黒髪を後ろで結った長身の美女。歳はエミリアより一回りほど上であるが、エプロン姿の平服の下に隠れた鍛え抜かれた体は先程の剣戟を見ても分かる通り、エミリアと遜色ない身のこなしを可能としていた。
彼女の言葉を受けて視線を下ろしたエミリアが見たのは、ラフィの左手にいつの間にか握られていたもう一振りのナイフが鎧の間隙に突き立とうとしているところであった。
「引き分けですか」
「いいや私のナイフが早かった。これで三十八勝三十六敗十八分だ」
「三十七勝三十七敗……ではないですか?」
「細かい奴だ……もう昔のことは覚えとらんわ」
「先に数を気にしたのはそちらでは?」
気安い言葉を交わした後、武器を仕舞った二人は懐かしむ想いと共に熱い抱擁を交わした。
ラフィという女性も小柄ではなかったが、エミリア相手には爪先立ちでようやく背が並ぶ程度であった。
「元気そうで何よりだ」
「そちらもお変わりなく」
笑顔を浮かべ頬を擦り合わせていた二人であったが、体を離すとラフィは真剣な面持ちで声をかけた。
「噂は聞いている。随分と厳しい立場のようだな」
ラフィの言う噂とは、彼女の古巣でもある聖華騎士団の追い込まれた状況のことである。
「どこまで話を知っていますか?」
「巷に流れる程度しか知らんよ。王女殺害の企てを阻止され聖華騎士団は解体。半数は捕らわれ半数は散り散りに逃げ……とな。事を起こした騎士団長と筆頭騎士の足取りにはそれなりの懸賞金がかかっているのもな」
彼女の耳にもそのように話が伝わっていることに、真偽はどうあれ申し訳無さを多分に抱き表情を曇らせてしまった。
「そう腐るな。お前たちがそのような真似をするわけがないと分かっている」
「……信じてくれるのですね」
「当たり前だ。お前は私の後を継いだ稀代の筆頭騎士なのだから」
ラフィと呼ばれた彼女の本名はラフィリア・ハートラード。エミリアの前に筆頭騎士として聖華騎士団を支えた元騎士団員である。
「此処へ来たのは訳があるのだろう? 中へ入れ。話を聞こう」
エミリアの返事を待たずして、ラフィは彼女を中へ通そうとした。彼女が敷居を跨ぐ直前、思い出したように一つ忠告をする。
「静かにな。今はみんなお昼寝の時間だ」
エミリアは孤児院が静かに佇んでいた理由に納得しながら頷いて、なるべく足音を立てぬようにラフィの後ろをついていくのだった。
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