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パルメティの街

真相を聞きました

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「じゃあアレ! アレやって!」

 そう言うとリアラは一層エミリアの逞しい腕にしがみついてきた。

「やれやれ……それでは一度だけですよ?」

 これで終わりならばと観念したエミリアが立ち上がると、水平に掲げた腕には小さな王女がぶら下がっている。

「よっ」

 と一声上げると同時にエミリアの巨体がぐるんぐるんと旋風のように回りだす。
 遠心力に引っ張られ、リアラの体がフワーッと浮かんで空を飛ぶ。

「キャッキャ!」

 はしゃぎ声を上げる王女が遠心力に負けて壁か窓に吹っ飛んでいくことになるが、エミリアにしかできないこの遊びが王女はいたくお気に入りであった。
「……はい。おしまいです」

 旋回を収めたエミリアが服につく糸くずのように頼りなくぶら下がるリアラを抱えると、そっとベッドに横たえた。

「きゅぅ~」

 目を回した王女様はそのままベッドの中で眠りにつくのが常であった。

「これではただの気絶だな」

 笑みをこぼしたエミリアは室内の灯りを消し、静かに部屋を後にした。
 まだ薄く明かりの灯る城の廊下を進み、エミリアは自分の寝室を目指した。
 一日の最後の仕事を終えたエミリアも若干気が抜けていた。なのですれ違った人物に対して違和感を覚えたのは、それから二、三歩進んでからであった。

「……アリアス?」

 今すれ違ったのは紛れもなく聖歌騎士団団長のアリアスであった。
 長い髪を後ろでまとめ眼鏡をかけた寝間着姿の彼女が小さく会釈をして過ぎ去っていった。
 騎士団長として何か用事がこの先にあったのかもしれないと思おうとしたエミリアであったが、すれ違う寸前に一瞬垣間見えた団長の顔が腑に落ちなかった。
 挨拶をしていったアリアスの表情はどこか虚ろげであったのだ。
 思い過ごしである可能性の方が高かったが、直感と呼べる部分で何か引っかかりを覚えたエミリアは踵を返し、早足でアリアスを追いかけた。
 薄暗い廊下の先には既に彼女の後ろ姿は見えない。
 一体どこへ行ったのかと焦燥を感じ始めたエミリアの視界が捉えたのは、確かに閉めたはずの王女の私室の扉がかすかに開いている光景だった。

「姫様ッ!」

 慌てて駆け出したエミリアがリアラの寝室に飛び込んで目にしたのは、廊下から差し込む薄暗い明かりに照らされたベッドの上、王女に向けて短剣を煌めかせんとするアリアスの姿であった。

「アリアース!」

 騎士団長の名を叫び、エミリアは渾身の体当たりを彼女に見舞った。
 鈍い音を立てて壁に激突するアリアスを尻目に、エミリアは王女の身を第一に案じた。

「……良かった」

 手遅れにはならなかった。目を回して眠りにつくリアラの体にはかすり傷一つない。
 ホッと安堵したのも束の間、エミリアの横顔に向けてアリアスの構える短剣が伸びてきた。

「クッ!」

 短剣を握る手を捌き、腕を絡め取ったエミリアはアリアスの腹を蹴り再度大きく吹き飛ばす。
 今の蹴りには感触がない。寸前で跳躍したアリアスはエミリアの足に体を乗せ、自ら大きく飛び退いていた。 そして隙なく短剣を構え、エミリアに対峙する。

「……何を考えている、アリアス! 団長!?」

 その言葉は、まったく彼女に届いていない風であった。少なくともエミリアには、生気のないアリアスの表情から何か想像のつかぬ事態が起きているのではと感じられた。
 体格において勝っているとはいえ、こちらは無手。果たして無事にこの局面を切り抜けられるかエミリアの心中には不安がよぎっていた。
 しかしその不安を拭い去る喧騒が彼女の耳に届いてきた。

「こっちだ! 姫様の寝室だ!」

 男の声と共に聞こえてくる複数の足音と鎧の擦れる音。リアラの寝室になだれ込んできたのは、王直属の近衛兵の面々であった。

「いたぞ! 囚えろ!」

 一団の指揮官らしき男の指示のもと、槍や剣を携えた複数の兵によって取り囲まれたアリアスが身柄を拘束されていく。

「……助かった」

 これで姫に危害が及ぶこともない。安心し切るエミリアもまた、身柄を拘束されて手枷を嵌められる。

「…………え?」

 何故。
 疑問に思うエミリアに、信じられぬ言葉が浴びせられた。

「聖華騎士団団長アリアス、筆頭騎士エミリア! 王女暗殺を企てた罪で処刑する!」
「……は?」
「只今をもって現聖華騎士団も解体! 団員二十八名も追って処分する!」
「待て……何を言ってる?」
「現行犯だ! 言い訳は無用……王も大変お怒りだ」
「話を……聞け! 私は……!」

 叫ぶエミリアの目の前では、抵抗する素振りもなく素直に連行されるアリアス姿があり、

「うぅん……うるさあい」

 背後では騒動に直面して眠い眼をこすりながら体を起こすリアラの姿があった。

「……エミリア?」
「姫様! うっ……!」
「キリキリと歩け! 二度とリアラ王女に近付けると思うな!」

 わけも分からぬまま、エミリアはリアラから引き離され……そして今に至るまで、確かに王女と顔を合わせることは叶っていなかった。
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