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獣狼族の森
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眠りから覚めたホイムは跳ね起きた。
ドラゴンを倒し、目と目が合って、それからどうなった……?
まだ疲弊して体は重いのだが、焚き火の明かりだけしかない暗くなった周囲に視線を巡らすと、すぐ側にアカネとルカが寄り添うように寝ている姿が見えて一安心した。
彼女らの寝姿は、ホイムがドラゴンゾンビと対峙する前に隠しておいた格好のままであったので、今も戦場からほど近い場所にいるのは間違いない。
ただし時間は経っている。もう夜であった。
「起きたか」
声のした方を見ると、揺らめく火の向こう側、木の根元に腰を下ろして荷物を腹に抱える黒いスーツの女性がいた。
ドラゴンゾンビ討伐で共闘した魔人の女である。
立ち上がったホイムは足を引きずるように女性に近付いていく。
一緒に戦っていた時は忘れていたが、魔人の宿す強大な力を感じて少なからず足が竦んでしまい、直ぐ側まで寄れはしなかった。
「ありがとうございました」
それでも彼は頭を下げ、彼女にきちんと礼を述べた。
「目的が一致しただけだ。礼を言われることではない」
「ああいえそうじゃなくて……それも感謝してますけど、僕が起きるまで様子を見ていてくれたみたいですから、そのことに……」
ホイムを二人の側に運び、火まで灯してくれたのは彼女しかいない。
いくら三人が高いレベルを誇っていても、無防備に寝ていては森のモンスターに襲われるとも限らない。
魔人の女性がいてくれたのはそのためだろうとホイムは思ったので礼を述べたのだった。
彼女はホイムの姿をじっと見ていたが、やがて口を開いた。
「マールフレアだ。君は?」
それが自己紹介だと気付いたホイムは慌てて自分の名前を告げた。
「あ、ああ! ホイムです! あちらの子はアカネ、獣狼族の子はルカ」
「女連れの旅はさぞ楽しいだろう」
「そんなことは! ……ありますけど」
「正直な子どもだな」
魔人……マールフレアは薄く微笑んで見えた。
人族と魔族はこれまで幾度も争いを繰り広げてきた歴史がある。今もまた勇者が動き始めたことで二種族の関係には暗雲が立ち込めている。
しかし彼と彼女個人の間には、種族間のわだかまりはないように思えた。少なくともこうして話していて、自分たちを助けてくれた彼女は悪人ではないとホイムは感じていた。
「さてホイム。お前に見せておくものがある」
そう言うとマールフレアはホイムを手招きした。
近づきがたい雰囲気を未だ感じながらも、ホイムはゆっくりと側に近寄り、彼女の隣に膝をついた。
「これだ」
彼女が示したのは、腹に抱えていた荷物であった。
それは大人が腕を回してようやく抱えることができるかというほどに巨大な卵であった。
「それって……」
「私も驚いた」
「……魔人って卵で繁殖するんですね」
ホイムは大層驚いてみせた。
「ああ。これを産んだ瞬間は膣が馬鹿になるかと思ったよ」
「おめでとうございます」
「ありが…………この漫才は必要か少年?」
「ごめんなさい」
マールフレアに半眼で睨まれたのでホイムは額を地面に着けて謝った。
「まあ見ての通りだ。これは」
「ドラゴンの卵……ですね」
彼女は頷き、自分の推論を話し始めた。
「ブラックドラゴンが消えた後に残されていたよ。彼女の忘れ形見だ。おそらく兄上と戦って負けたのも……いや、戦うつもりはなく、命と引き換えに卵を守ろうとしたのだろう」
巨体を丸くしたドラゴンの亡骸。今にして思えば大事なものを守るために身を固めていたようにも見えたとホイムは感じた。
「幸い、兄上はこの卵に気付かなかったか興味がなかったか……ともあれこの子は無事に命をつなぎとめる事ができた」
卵を撫でていたマールフレアだったが、手を止めるとホイムの方へそれを差し出してくる。
「これは君に託す」
唐突に言われてホイムは戸惑ってしまった。
「私は兄上たちを追わねばならん。いつ孵るとも分からん卵を担いでいくわけにもいかん」
「それは僕らも……これを持っていくわけには……」
「獣狼族の里があるのだろう? そこで世話をしてもらえばいい」
「いや、でもドラゴンの卵を預けるなんて」
「兄上を探す合間に竜族に話をしておく。それまでの辛抱だと伝えてもらえないか?」
立ち上がったマールフレアは卵を触りながら提案してくる。彼女が話を通してくれるならホイムたちの旅に影響はない。ただ、預けられる獣狼族はたまったものじゃないだろう。
「……分かりました。彼らのことをなんとか説得して、預かってもらえるように努力します」
しかしホイムはその申し出を受け入れることとした。
「恩に着る」
「でも、なら教えてください。マールフレアさんのお兄さんは何故あんな実験をしたのか……魔族は、何を考えて行動しているのか」
ドラゴンを倒し、目と目が合って、それからどうなった……?
まだ疲弊して体は重いのだが、焚き火の明かりだけしかない暗くなった周囲に視線を巡らすと、すぐ側にアカネとルカが寄り添うように寝ている姿が見えて一安心した。
彼女らの寝姿は、ホイムがドラゴンゾンビと対峙する前に隠しておいた格好のままであったので、今も戦場からほど近い場所にいるのは間違いない。
ただし時間は経っている。もう夜であった。
「起きたか」
声のした方を見ると、揺らめく火の向こう側、木の根元に腰を下ろして荷物を腹に抱える黒いスーツの女性がいた。
ドラゴンゾンビ討伐で共闘した魔人の女である。
立ち上がったホイムは足を引きずるように女性に近付いていく。
一緒に戦っていた時は忘れていたが、魔人の宿す強大な力を感じて少なからず足が竦んでしまい、直ぐ側まで寄れはしなかった。
「ありがとうございました」
それでも彼は頭を下げ、彼女にきちんと礼を述べた。
「目的が一致しただけだ。礼を言われることではない」
「ああいえそうじゃなくて……それも感謝してますけど、僕が起きるまで様子を見ていてくれたみたいですから、そのことに……」
ホイムを二人の側に運び、火まで灯してくれたのは彼女しかいない。
いくら三人が高いレベルを誇っていても、無防備に寝ていては森のモンスターに襲われるとも限らない。
魔人の女性がいてくれたのはそのためだろうとホイムは思ったので礼を述べたのだった。
彼女はホイムの姿をじっと見ていたが、やがて口を開いた。
「マールフレアだ。君は?」
それが自己紹介だと気付いたホイムは慌てて自分の名前を告げた。
「あ、ああ! ホイムです! あちらの子はアカネ、獣狼族の子はルカ」
「女連れの旅はさぞ楽しいだろう」
「そんなことは! ……ありますけど」
「正直な子どもだな」
魔人……マールフレアは薄く微笑んで見えた。
人族と魔族はこれまで幾度も争いを繰り広げてきた歴史がある。今もまた勇者が動き始めたことで二種族の関係には暗雲が立ち込めている。
しかし彼と彼女個人の間には、種族間のわだかまりはないように思えた。少なくともこうして話していて、自分たちを助けてくれた彼女は悪人ではないとホイムは感じていた。
「さてホイム。お前に見せておくものがある」
そう言うとマールフレアはホイムを手招きした。
近づきがたい雰囲気を未だ感じながらも、ホイムはゆっくりと側に近寄り、彼女の隣に膝をついた。
「これだ」
彼女が示したのは、腹に抱えていた荷物であった。
それは大人が腕を回してようやく抱えることができるかというほどに巨大な卵であった。
「それって……」
「私も驚いた」
「……魔人って卵で繁殖するんですね」
ホイムは大層驚いてみせた。
「ああ。これを産んだ瞬間は膣が馬鹿になるかと思ったよ」
「おめでとうございます」
「ありが…………この漫才は必要か少年?」
「ごめんなさい」
マールフレアに半眼で睨まれたのでホイムは額を地面に着けて謝った。
「まあ見ての通りだ。これは」
「ドラゴンの卵……ですね」
彼女は頷き、自分の推論を話し始めた。
「ブラックドラゴンが消えた後に残されていたよ。彼女の忘れ形見だ。おそらく兄上と戦って負けたのも……いや、戦うつもりはなく、命と引き換えに卵を守ろうとしたのだろう」
巨体を丸くしたドラゴンの亡骸。今にして思えば大事なものを守るために身を固めていたようにも見えたとホイムは感じた。
「幸い、兄上はこの卵に気付かなかったか興味がなかったか……ともあれこの子は無事に命をつなぎとめる事ができた」
卵を撫でていたマールフレアだったが、手を止めるとホイムの方へそれを差し出してくる。
「これは君に託す」
唐突に言われてホイムは戸惑ってしまった。
「私は兄上たちを追わねばならん。いつ孵るとも分からん卵を担いでいくわけにもいかん」
「それは僕らも……これを持っていくわけには……」
「獣狼族の里があるのだろう? そこで世話をしてもらえばいい」
「いや、でもドラゴンの卵を預けるなんて」
「兄上を探す合間に竜族に話をしておく。それまでの辛抱だと伝えてもらえないか?」
立ち上がったマールフレアは卵を触りながら提案してくる。彼女が話を通してくれるならホイムたちの旅に影響はない。ただ、預けられる獣狼族はたまったものじゃないだろう。
「……分かりました。彼らのことをなんとか説得して、預かってもらえるように努力します」
しかしホイムはその申し出を受け入れることとした。
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