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獣狼族の森
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一夜明けて朝食もそこそこに、三人は移動を開始していた。
「もうすぐ近い。ルカ分かる」
「ええ。そのような空気を感じます」
ルカとアカネの二人は昨夜のカウンセリングが効いているのか非常に足取りも軽快である。
「そっか……うん、気を付けよう」
ホイムは多少体の怠さと体力の消耗を覚えていたが、大きな影響はないと思うことにした。
寧ろ今日の用事が済んでからのことが楽しみで仕方ないと思えば、気合も入るというもの。
両手で頬を叩いて気を引き締め、三人は件のドラゴンがいるという地点まで静かに、息を潜めて接近していった。
周囲を窺いゆっくりと進んでいると、先を行っていたアカネとルカの歩みが同じ場所でピタリと止まった。
顔を見合わせる二人に追いついたホイムも辺りを注意深く察知していると、僅かであるが死臭を感じた。
「着いたの?」
ホイムが訊くと二人は頷き、尚一層慎重に歩んでいく。
一歩一歩進んでいくほどに肌にまとわりつく死臭は濃さを増し、木々や肉が焼けたような焦げ臭さも漂い始める。
森が、途切れる。
手前で止まった三人が目にしたのは、周囲を焼き払い更地とした森の中で静かにうずくまる、巨大なブラックドラゴンだった。
圧倒的な存在感、巨体。今は森の木々の半分ほどの全高だが、ひとたび羽撃き体を起こせばゆうに森を越すだろう。
迫力に気圧されて身動きを取ることを忘れる三人であったが、父や仲間の仇を討つという覚悟を持つルカが決死の思いで足を踏み出す。
「ま、待て」
「止めるなアカネ。ルカは行く」
「違う、話を聞け」
「何か気付いたの?」
ホイムの言葉にアカネは頷き、ルカも耳を傾けた。
「あの黒竜……寝ているのではないですか?」
確かにアカネの言うように、死臭は辺りに撒き散らしているが当のドラゴンは非常に静かにそこに横たわっている。
まるで身を守っているかのようだとホイムは感じた。
「アカネさんはブラックドラゴン……黒竜について知っていることはありますか?」
「申し訳ありません。竜全般について朧気に記憶しているのみで、種族別にどういった特徴があるかまでは……火を吹くかどうかも」
アカネは首を横に振り、それ以上の情報を有してはいなかった。
「どうしよう?」
「近付きますか?」
近付いていって何をすればいい?
と見合う二人。
「寝てるならきっと倒せる」
ルカは冷静になるように二人は身振り手振りで伝え、それからホイムは少し考えて口を開いた。
「もしも寝ていて、僕があれに触れられるなら……僕の呪文で倒せると思う」
彼には秘策があった。一瞬にして対象の命を奪うキュア【絶命】を唱えられれば、彼我のレベル差に関係なく決着をつけることができるのだ。
「ルカの手で仇を取らせてあげることはできないけど、それでよければ、今近付いてもいいと思う」
ルカは一瞬だけ考えたようだったが、すぐに答えを出してきた。
「ホイムはルカの夫。父はホイムの義父。父もホイムが仇を討つなら満足する」
この提案を了承してくれたことにホイムも納得し、とうとう観察ではなく仇討ちへと目的をシフトさせた。
三人は一層息を殺して森から焼け野原に出た。
隠密と野生の恩恵で気配の絶ち方に秀でた二人がホイムを先導するようにドラゴンとの距離を縮めていく。
近付けば近付くほど自分たちが死地に踏み込んでいる実感が湧いてくる。
息をすれば死の空気が肺を満たす。音を立てればすぐにでも気付かれ、交戦となるだろう。
「……」
だというのに、ホイムは得体の知れぬ不安に襲われた。戦闘になってしまう恐怖ではなく、何かとてつもない思い違いをしているという焦燥であった。
ホイムは足を止めた。
その気配を先にいた二人も気付き振り返り……その二人を置き去りにしてホイムはドラゴンへと駆け寄っていた。
「――!」
何をしているのですかと声を上げかけたアカネは言葉を呑み込み、自身の影から忍刀を抜き出してホイムを追った。
ルカもまた彼の突然の奇行に呆気に取られたが、すぐにドラゴンが目を覚ますと思い戦闘形態へと姿を変えた。
そしてホイムは既に足音を鳴らして駆けていた。
いつ起きて何をしてくるかと冷や汗と悪寒に苛まれながらも、ホイムを守ろうと駆け出すアカネとルカであったが、
「……何故」
「……起きない?」
ホイムのすぐ後ろにまで駆けつけたところでようやく二人も事の異常さに気が付き始めた。
走っていたホイムがとうとうドラゴンの元へ辿り着き、必殺の呪文を見舞える間合いとなった。
しかし竜の鱗に触れてからもホイムは呪文を唱えることはなかった。
代わりに、追いついてきた二人にここに至って知ることのできた事実を告げた。
「このドラゴンは……死んでいる」
「もうすぐ近い。ルカ分かる」
「ええ。そのような空気を感じます」
ルカとアカネの二人は昨夜のカウンセリングが効いているのか非常に足取りも軽快である。
「そっか……うん、気を付けよう」
ホイムは多少体の怠さと体力の消耗を覚えていたが、大きな影響はないと思うことにした。
寧ろ今日の用事が済んでからのことが楽しみで仕方ないと思えば、気合も入るというもの。
両手で頬を叩いて気を引き締め、三人は件のドラゴンがいるという地点まで静かに、息を潜めて接近していった。
周囲を窺いゆっくりと進んでいると、先を行っていたアカネとルカの歩みが同じ場所でピタリと止まった。
顔を見合わせる二人に追いついたホイムも辺りを注意深く察知していると、僅かであるが死臭を感じた。
「着いたの?」
ホイムが訊くと二人は頷き、尚一層慎重に歩んでいく。
一歩一歩進んでいくほどに肌にまとわりつく死臭は濃さを増し、木々や肉が焼けたような焦げ臭さも漂い始める。
森が、途切れる。
手前で止まった三人が目にしたのは、周囲を焼き払い更地とした森の中で静かにうずくまる、巨大なブラックドラゴンだった。
圧倒的な存在感、巨体。今は森の木々の半分ほどの全高だが、ひとたび羽撃き体を起こせばゆうに森を越すだろう。
迫力に気圧されて身動きを取ることを忘れる三人であったが、父や仲間の仇を討つという覚悟を持つルカが決死の思いで足を踏み出す。
「ま、待て」
「止めるなアカネ。ルカは行く」
「違う、話を聞け」
「何か気付いたの?」
ホイムの言葉にアカネは頷き、ルカも耳を傾けた。
「あの黒竜……寝ているのではないですか?」
確かにアカネの言うように、死臭は辺りに撒き散らしているが当のドラゴンは非常に静かにそこに横たわっている。
まるで身を守っているかのようだとホイムは感じた。
「アカネさんはブラックドラゴン……黒竜について知っていることはありますか?」
「申し訳ありません。竜全般について朧気に記憶しているのみで、種族別にどういった特徴があるかまでは……火を吹くかどうかも」
アカネは首を横に振り、それ以上の情報を有してはいなかった。
「どうしよう?」
「近付きますか?」
近付いていって何をすればいい?
と見合う二人。
「寝てるならきっと倒せる」
ルカは冷静になるように二人は身振り手振りで伝え、それからホイムは少し考えて口を開いた。
「もしも寝ていて、僕があれに触れられるなら……僕の呪文で倒せると思う」
彼には秘策があった。一瞬にして対象の命を奪うキュア【絶命】を唱えられれば、彼我のレベル差に関係なく決着をつけることができるのだ。
「ルカの手で仇を取らせてあげることはできないけど、それでよければ、今近付いてもいいと思う」
ルカは一瞬だけ考えたようだったが、すぐに答えを出してきた。
「ホイムはルカの夫。父はホイムの義父。父もホイムが仇を討つなら満足する」
この提案を了承してくれたことにホイムも納得し、とうとう観察ではなく仇討ちへと目的をシフトさせた。
三人は一層息を殺して森から焼け野原に出た。
隠密と野生の恩恵で気配の絶ち方に秀でた二人がホイムを先導するようにドラゴンとの距離を縮めていく。
近付けば近付くほど自分たちが死地に踏み込んでいる実感が湧いてくる。
息をすれば死の空気が肺を満たす。音を立てればすぐにでも気付かれ、交戦となるだろう。
「……」
だというのに、ホイムは得体の知れぬ不安に襲われた。戦闘になってしまう恐怖ではなく、何かとてつもない思い違いをしているという焦燥であった。
ホイムは足を止めた。
その気配を先にいた二人も気付き振り返り……その二人を置き去りにしてホイムはドラゴンへと駆け寄っていた。
「――!」
何をしているのですかと声を上げかけたアカネは言葉を呑み込み、自身の影から忍刀を抜き出してホイムを追った。
ルカもまた彼の突然の奇行に呆気に取られたが、すぐにドラゴンが目を覚ますと思い戦闘形態へと姿を変えた。
そしてホイムは既に足音を鳴らして駆けていた。
いつ起きて何をしてくるかと冷や汗と悪寒に苛まれながらも、ホイムを守ろうと駆け出すアカネとルカであったが、
「……何故」
「……起きない?」
ホイムのすぐ後ろにまで駆けつけたところでようやく二人も事の異常さに気が付き始めた。
走っていたホイムがとうとうドラゴンの元へ辿り着き、必殺の呪文を見舞える間合いとなった。
しかし竜の鱗に触れてからもホイムは呪文を唱えることはなかった。
代わりに、追いついてきた二人にここに至って知ることのできた事実を告げた。
「このドラゴンは……死んでいる」
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