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獣狼族の森
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ズボッ。
葉っぱの壁を突き破り、アカネの忍刀が二人の仲を引き裂いた。
切っ先で狙われたルカは一瞬で飛び退きホイムから離れさせられた。
「フンッ」
横薙ぎに払った刀が葉っぱで囲われた愛の巣の屋根を吹き飛ばした。
「アカネぇ……」
助けが来たことに安堵したホイムは泣きそうな顔でアカネを出迎えた。まだ手は縛りつけられて身動きがとれず、すっぽんぽんの姿を晒すことになっているのだが今はそれどころではない。
それどころではないのはアカネもであった。
裸に剥かれた(剥いたのはアカネです)主の体に怪我がないことに安心しかけたのも束の間、一際激しく濡れている股のところに薄っすらと赤いものが混じっているのに気付いてしまったのだ。
――大事なところを傷付けられて穢された。
その瞬間、怒りは憤怒と化しホイムですら余りの殺気に背筋が震えるのを自覚した。
「申し訳ありませんホイム様」
「う、ううん来てくれただけで僕は……」
「そうは参りません。主をこのような目に遭わせてしまった失態は必ずや償いますが、その前に」
アカネはホイムを庇うようにルカの前に立ちはだかると、刀を払い威嚇した。
「あのアカネさん……解いてくれると嬉しいんだけど」
彼女の中で、優先事項は主の救出ではなくなっていた。
「お前、邪魔するな!」
眼の前にいる害獣を滅することであった。
「邪魔、だと……?」
刀の柄を顔の横に構え、視線と切っ先をルカへと向けた。
「貴様には死すらも温い! まずは素っ首叩き落としてくれる!」
アカネの姿が消えた。
同時にルカがその四肢を狼の手足のように変えて戦闘態勢をとる。つるつる裸だった体に銀毛が覆っていく。胸や股などを体毛が隠し、まるで毛皮製のレオタードでも身に着けているかのような姿であった。
次の瞬間、両腕を頭上で交差させて爪を伸ばしたルカのもとに、姿を現したアカネの斬撃が炸裂した。
「疾い……」
ホイムの目には攻撃の瞬間まで全くアカネの姿が見えなかった。気配を察知してどの辺りにいるかが辛うじて予想できた程度である。
その神速の一撃を、ルカはあっさりと受け止めた。
「んがあ! 邪魔!」
両爪に絡みとられた刀が明後日の方向に吹き飛ばされ、無手となったアカネの体が空に舞った。間髪入れずルカも跳び、鋭い爪を振りかざす。
「邪魔者は貴様だ!」
アカネが髪の中を探り、両手から手裏剣が四つ八つと放たれる。
だがルカは勢いを止めることなく全ての飛来物を弾き飛ばし、不敵に笑いアカネを襲う。
「んぎゃっ!」
だが途端にルカは変な声を上げて体制を崩し、もがくようにして落ちてくる。
よく見れば彼女の体に何かが巻き付いたようだ。極細の繊維のようなものが、ルカの体の自由を奪っている。
放った手裏剣には二つ一組に強靭な糸が結いつけてあり、ルカが手裏剣を払った際にそれらがさながら蛇のように体に絡みつき彼女を墜落せしめたのだ。
ルカは太い木の枝の上に落ちた。そこでホイムは初めて、自分が木の上に組まれた葉っぱの寝床にいたことを知った。
ころころ寝返りをうって愛の巣から飛び出していたら、遥か下の地面に真っ逆さまであったのだ。
「ぬが! んがぁ!」
もがけばもがくほど絡まるようで、ルカは自棄になって糸と格闘している。
その隙を見逃すアカネではない。今度は苦無を取り出すと、それを指の隙間に握り短剣のように扱う。
ステータスだけを比べれば、近接戦闘はルカに分があった。しかしアカネは、怒りで冷静さの大半を欠いた状態であったハンデを差し引いても余りある技術や武具を用い、あっさり相手を制圧していた。
「覚悟はできたか、ケダモノめ」
冷たい視線と声を向けるアカネがルカの側に立ち、苦無をかざす。
「叩き落とすのは勘弁してやる。少しずつ首を刻み、胴体から離れる寸前まで生かしてやる」
「んぐう! ダメ!」
命乞いなどアカネの耳には届かない。だがそれは、命乞いとは別物であるとホイムは感じた。
「ルカ死ねない! 仇討つ! 夫連れてく!」
「まだ言うか……! あの方は貴様の夫などではない!」
アカネの怒りを買い続けたルカの首に苦無が突き立てられる寸前、
「待って!」
必死なホイムの呼びかけに、アカネの凶刃はルカの薄皮に刺さったところで止まっていた。
「待ってアカネさん! その子には何か事情があるみたいだ!」
「事情……?」
苛烈を極めていたアカネの瞳に、主を憂慮する色が浮かんでくる。
ホイムの傍らに片膝を着くと、不安げな声でアカネが進言する。
「敵に情けをかけるホイム様の優しさ、大変尊く思います。しかしそのような事情など組む必要はございません。彼奴は御身を傷付けた痴れ者……許せるはずありません」
血の滲む股間にそっと手を添え慈しむのだが、ホイムは大丈夫だと言い聞かせた。
「だってこの血は、僕のじゃないから」
「……それは、つまり……?」
二人の視線が、解いた糸にじゃれて遊ぶルカに向けられた。
「ん」
気配を感じたルカが枝上を四足で駆けて半壊した寝床の前で急ブレーキをかける。
警戒し殺気を放とうとするアカネを制し、ホイムはルカの事情を聞き出すことにした。
葉っぱの壁を突き破り、アカネの忍刀が二人の仲を引き裂いた。
切っ先で狙われたルカは一瞬で飛び退きホイムから離れさせられた。
「フンッ」
横薙ぎに払った刀が葉っぱで囲われた愛の巣の屋根を吹き飛ばした。
「アカネぇ……」
助けが来たことに安堵したホイムは泣きそうな顔でアカネを出迎えた。まだ手は縛りつけられて身動きがとれず、すっぽんぽんの姿を晒すことになっているのだが今はそれどころではない。
それどころではないのはアカネもであった。
裸に剥かれた(剥いたのはアカネです)主の体に怪我がないことに安心しかけたのも束の間、一際激しく濡れている股のところに薄っすらと赤いものが混じっているのに気付いてしまったのだ。
――大事なところを傷付けられて穢された。
その瞬間、怒りは憤怒と化しホイムですら余りの殺気に背筋が震えるのを自覚した。
「申し訳ありませんホイム様」
「う、ううん来てくれただけで僕は……」
「そうは参りません。主をこのような目に遭わせてしまった失態は必ずや償いますが、その前に」
アカネはホイムを庇うようにルカの前に立ちはだかると、刀を払い威嚇した。
「あのアカネさん……解いてくれると嬉しいんだけど」
彼女の中で、優先事項は主の救出ではなくなっていた。
「お前、邪魔するな!」
眼の前にいる害獣を滅することであった。
「邪魔、だと……?」
刀の柄を顔の横に構え、視線と切っ先をルカへと向けた。
「貴様には死すらも温い! まずは素っ首叩き落としてくれる!」
アカネの姿が消えた。
同時にルカがその四肢を狼の手足のように変えて戦闘態勢をとる。つるつる裸だった体に銀毛が覆っていく。胸や股などを体毛が隠し、まるで毛皮製のレオタードでも身に着けているかのような姿であった。
次の瞬間、両腕を頭上で交差させて爪を伸ばしたルカのもとに、姿を現したアカネの斬撃が炸裂した。
「疾い……」
ホイムの目には攻撃の瞬間まで全くアカネの姿が見えなかった。気配を察知してどの辺りにいるかが辛うじて予想できた程度である。
その神速の一撃を、ルカはあっさりと受け止めた。
「んがあ! 邪魔!」
両爪に絡みとられた刀が明後日の方向に吹き飛ばされ、無手となったアカネの体が空に舞った。間髪入れずルカも跳び、鋭い爪を振りかざす。
「邪魔者は貴様だ!」
アカネが髪の中を探り、両手から手裏剣が四つ八つと放たれる。
だがルカは勢いを止めることなく全ての飛来物を弾き飛ばし、不敵に笑いアカネを襲う。
「んぎゃっ!」
だが途端にルカは変な声を上げて体制を崩し、もがくようにして落ちてくる。
よく見れば彼女の体に何かが巻き付いたようだ。極細の繊維のようなものが、ルカの体の自由を奪っている。
放った手裏剣には二つ一組に強靭な糸が結いつけてあり、ルカが手裏剣を払った際にそれらがさながら蛇のように体に絡みつき彼女を墜落せしめたのだ。
ルカは太い木の枝の上に落ちた。そこでホイムは初めて、自分が木の上に組まれた葉っぱの寝床にいたことを知った。
ころころ寝返りをうって愛の巣から飛び出していたら、遥か下の地面に真っ逆さまであったのだ。
「ぬが! んがぁ!」
もがけばもがくほど絡まるようで、ルカは自棄になって糸と格闘している。
その隙を見逃すアカネではない。今度は苦無を取り出すと、それを指の隙間に握り短剣のように扱う。
ステータスだけを比べれば、近接戦闘はルカに分があった。しかしアカネは、怒りで冷静さの大半を欠いた状態であったハンデを差し引いても余りある技術や武具を用い、あっさり相手を制圧していた。
「覚悟はできたか、ケダモノめ」
冷たい視線と声を向けるアカネがルカの側に立ち、苦無をかざす。
「叩き落とすのは勘弁してやる。少しずつ首を刻み、胴体から離れる寸前まで生かしてやる」
「んぐう! ダメ!」
命乞いなどアカネの耳には届かない。だがそれは、命乞いとは別物であるとホイムは感じた。
「ルカ死ねない! 仇討つ! 夫連れてく!」
「まだ言うか……! あの方は貴様の夫などではない!」
アカネの怒りを買い続けたルカの首に苦無が突き立てられる寸前、
「待って!」
必死なホイムの呼びかけに、アカネの凶刃はルカの薄皮に刺さったところで止まっていた。
「待ってアカネさん! その子には何か事情があるみたいだ!」
「事情……?」
苛烈を極めていたアカネの瞳に、主を憂慮する色が浮かんでくる。
ホイムの傍らに片膝を着くと、不安げな声でアカネが進言する。
「敵に情けをかけるホイム様の優しさ、大変尊く思います。しかしそのような事情など組む必要はございません。彼奴は御身を傷付けた痴れ者……許せるはずありません」
血の滲む股間にそっと手を添え慈しむのだが、ホイムは大丈夫だと言い聞かせた。
「だってこの血は、僕のじゃないから」
「……それは、つまり……?」
二人の視線が、解いた糸にじゃれて遊ぶルカに向けられた。
「ん」
気配を感じたルカが枝上を四足で駆けて半壊した寝床の前で急ブレーキをかける。
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