異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです

かものはし

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最初の町

約束しました

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 高熱で朦朧とする中にあって彼が縋り付いていたのは、彼女の分身ともいえるそれであったのだった。

「ずっと持っていてくれたのですね」
「いや……」

 意識していなかったからはっきりとは言えない。しかし無意識であったとしたらと思うと……。
 アカネがホイムの左手に銀貨を乗せ、両手でそっと包み込む。

「ホイム様……お願いです、私を一緒に連れて行ってください」

 それは昨夜、元雇い主のアジトに向かおうとするホイムにアカネがかけた台詞と同じものだった。
 あの時ダメだと断ったのに、断られたのにこの人はまた僕についてこようとしている。

「……何でですか」

 真摯に真っ直ぐ見つめてくるアカネの瞳に、昨夜のように冷たく突っぱねることはできなかった。
 ホイムの手を包み込んだまま、アカネは思いを告げることにした。

「私は責められてもおかしくないことをあの町で犯しました。そのことで裁きをくだせるのは、全てを知っているホイム様だけです」
「……僕はあなたのしたことは許せませんが、あなたのことをどうこうしようだなんて思ったことはありません」

 そうは言ったものの、それが建前でしかないことをホイムは承知していた。
 彼が早々にあの町から姿を消したのは、勇者パーティに受けた仕打ちから人を心から信じられなくなっていたことと、受付嬢さんに裏切られたという思いが合わさってしまうことで彼女のことを憎んでしまうことを恐れたからだ。
 身を守ろうとする本能と身を委ねたいという本心。二つのせめぎ合いがホイムを逃避に走らせた。

「私がしてしまったことを許せぬと仰るならば、どうか私をお側に置いて罪を償う機会を与えてくださいませんか?」
「アカネさんには、あの町での生活が……」
「元は流浪の忍。この身を縛りつけていたものがなくなった今、何処へでもお供いたします」

 彼女と一緒の旅。それはきっと楽しく魅力的なものだとホイムは感じた。

「私はあなたに救われたのです。どうか後生です……我が主と呼ばせてください」

 アカネの思いにホイムの気持ちは揺さぶられた。だが好意や尊敬の念を向けられることに慣れない彼は、まだ足踏みしていた。

「どうしてですか……僕はあの時、あなたのこと信じられないって言っちゃって! 絶対傷付けて、嫌われてるのに……」
「そんなことはありません。例えあなたが私のことを信じられずとも、私があなたのことを信じているのです」

 その言葉にホイムはハッとした。
 誰かに信じられている。信頼されているということが青天の霹靂だったのだ。

「それでもホイム様が不安だと仰るなら、これをお使いください」

 ホイムの手を離したアカネが右腕を後ろに回すと、どこからか取り出した巻物をホイムに献上してきた。

「これは……?」
「主従の巻物です。これを使えば、私はあなたに生涯の服従を約束いたします」
「服従って、こんなのはあのクリスタルと同じじゃないですか!」
「いいえ。これは私と主、双方の了承があって初めて交わされる契約なのです。一方的な従属を強いる呪物とは別物でございます」
「それでも……」

 渋るホイムの左手に、アカネは巻物を握らせた。

「私の覚悟はできております。あとはホイム様が念と魔力をお込めになれば、自動で契約は済みます」

 覚悟を決めたと言うだけあって、彼女の瞳に迷いの色は微塵もなかった。
 彼女は本気でホイムに従うつもりであった。

「……あの、確認です」
「はい」
「これを使わないと、アカネさんと主従関係は結べないということですか?」
「いいえ。これはあくまで保険のようなものです。使えるのは生涯に唯一度、真に仕える主を見初めた時。主の命に従い、主以外の者には従わず……主が命を落とした時、私も共に果てるというまさに一心同体を体現した契約を施す忍の本懐とも言うべき書にございます」
「そうですか……それを聞いて、安心しました」

 ホイムはとうとう覚悟を決め、巻物に向けて呪文を放った。

「キュア【火炎】」

 途端に紙でできた書物は燃え上がり、あっという間に灰と化した。

「え……」

 何が起きたのか愕然とその様子を見ていたアカネの肩を掴んだホイムが、彼女に自分の覚悟を伝えた。

「こんなものに、頼らないでください……。僕は、あなたが信じられないと言ってしまいました……けれどあなたは僕を信じてくれると言ってくれました」

 彼は彼女を拒絶したから巻物を燃やしたのではなかった。

「だったら、僕を信じてくれるあなたのことを、僕に信じさせてください!」

 彼女を受け入れたかったから巻物を燃やしたのだ。

「……はい!」

 こうして二人は契りを結んだ。
 目に見える書物や呪物に縛られることのない、魂や絆によって紡がれた不可視の契りであった。
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