上 下
313 / 336
第9章 飛香編

第313話「事実と思い」

しおりを挟む
美月: …まいまいさんは今、病院で寝たきりの状態になっています。


新井: っ…嘘……



窓の外に見えるオフィス街の輝きが、背景の夜空に映える時間。

閉店時間を過ぎたジコチューカフェの店内に並んで座る2人。


意志を固めた美月から、森崎優茉のありのままの真実を聞き、新井は驚愕する。



美月: 本当です。窓のない大きな病室の中に置かれたベッドの上で、点滴を打たれながら、ずっと眠り続けています。


新井: ………いつからなの?


美月: 話によると、まいまいさんが高校3年生になる前の春休みです。


新井: っ!…私が手鏡を壊した後……つまり、まいまいは転校したんじゃなくて、学校に来れなくなった……


美月: そうです。


新井: どこに入院してるの?私もお見舞いに…


美月: 残念ながら、家族以外はお見舞いができません。私はまいまいさんと義理の家族なので、お見舞いに行けましたけど……


新井: …そう………



視線を自分の手に落とし、次の言葉を考える間もなく、自然と口が開く。



新井: なんで……なの?なんで、まいまいはそんなことに!



頭の中では、美月に強く言ってもしょうがないということは分かっているのだが、新井の声は自然と大きく強くなる。



美月: 分からないです。


新井: はぁ?分からないってことはないでしょ!


美月: 本当に分からないんです!まいまいさんが、そうやって入院しているところは見ていますけど、なぜそうなったのかは、全く分からないというか、知らされてないんです。


新井: 知らされてない?……知ってる人がいるってことね。誰?


美月: ……まいまいさんのお父さんです……が、聞いても答えてくれませんでした。


新井: ……じゃあ、弟君は?


美月: ……まいまいさんの弟……守里は……記憶喪失なんです。


新井: え?


美月: 普段の守里は、姉であるまいまいさんのことを覚えていません。


新井: そんなこと…


美月: でも、月に一度、守里はまいまいさんのことを思い出して、お見舞いに行きます。ただ、その時にも、まいまいさんが寝たきりになった原因については覚えていません。


 
そう言う美月の表情を見て、新井はそれが嘘ではないと理解する。



新井: …そっか……………まいまいのお母さんは?


美月: まいまいさんが寝たきりになったのと同じ頃に、亡くなられたそうです。


新井: っ!…じゃあ、お母さんにも謝れないじゃん……



自分が壊してしまった手鏡を、森崎優茉にプレゼントしたその母親に、もう謝ることができないと分かり、さらに絶望する。



美月: ………まいまいさんは……いつか必ず目を覚ますはずです。


新井: ……


美月: でも、目を覚ました時に、自分の弟が…守里が、自分のことを覚えていなかったらショックじゃないですか。だから、私は守里に、まいまいさんの記憶を取り戻してもらいたいんです。


新井: だから、私からまいまいのことを聞いて、それを弟君に伝えることで、まいまいのことを思い出させようと?


美月: …はい。飛香は、守里の、トラウマから心を守るためにと封じられた記憶を、変に刺激するのは危険だと考えているみたいですが……それでも、まいまいさんの…優しい姉の記憶を丸々失っている、っていうのは、守里にとってもツラいことだと思うんです。



最初、飛香と春時から、守里の記憶について聞いた時、私は、守里が記憶を取り戻すことについて、否定的だった。

記憶を取り戻すことで、守里の心が壊れてしまうんじゃないかって思って。


でも、2人の言葉で、守里なら大丈夫、記憶を取り戻しても大丈夫だって思えた。


そして、守里と一緒にまいまいさんのお見舞いに行き、まいまいさんに向ける守里の言葉や、真顔に近いけど微かながらに感じ取れる感情を見て聞いて、守里には早く記憶を取り戻してもらいたいって思ったんだ。


確かに、徐々に思い出してきてはいるし、飛香や春時は、守里が自然と思い出していくのを待った方が良いと思ってるみたいだけど……


私は……違う。


もちろん、守里が記憶を封じた原因であるトラウマを刺激しないようにしつつも、まいまいさんのことや、まいまいさんとの楽しい思い出を、早く守里に思い出して欲しい。


それに、家族のことを知りたいって思うのは、当たり前だからね。

私は、まいまいさんがどんな人なのかを知りたい。


だから……



美月: 新井先輩。まいまいさんのことをもっと教えてください。学校ではどんなことを話していたのか、好きな物は、趣味は…とにかく、まいまいさんのことをたくさん知りたいんです!



純粋な気持ちを、美月は新井にぶつけた。



新井: ……笑、弟君のことが大好きなんだね。


美月: え、はい!大好きです!


新井: なんだか、姉弟としての好き、じゃないような目をしてるけど……そういう感じなんだ。


美月: はい。飛香とはライバルです。


新井: ふ~ん………



別に、新井の心の闇が晴れたわけではない。

なんなら、森崎優茉が寝たきりの状態になっていると聞き、不安や心配の気持ちは大きくなったし、森崎優茉の家族の現状を聞き、絶望感も強くなった。


けれども、また会えるという希望が見えた。

これだけのことでも、新井にとっては大きいことだったのだ。


 だから、新井は、自分の記憶の中にいる森崎優茉のことを、目の前の希望をもたらしてくれた後輩に、教えてあげたい。

いや、強い意志を持ち、森崎優茉と会うことのできる白石美月に、教えなければならない、と思った。



新井: 分かった。


美月: っ!


新井: まいまいのことを、教えてあげる。


美月: ありがとうございます!



こうして、目に少しだけ光を戻した新井が、美月に森崎優茉のことを話し始めたのだった。





to be continued



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

推しの幼なじみになったら、いつの間にか巻き込まれていた

凪ルナ
恋愛
 3歳の時、幼稚園で机に頭をぶつけて前世の記憶を思い出した私は、それと同時に幼なじみの心配そうな顔を見て、幼なじみは攻略対象者(しかも前世の推し)でここが乙女ゲームの世界(私はモブだ)だということに気づく。  そして、私の幼なじみ(推し)と乙女ゲームで幼なじみ設定だったこれまた推し(サブキャラ)と出会う。彼らは腐女子にはたまらない二人で、もう二人がくっつけばいいんじゃないかな!?と思うような二人だった。かく言う私も腐女子じゃないけどそう思った。  乙女ゲームに巻き込まれたくない。私はひっそりと傍観していたいんだ!  しかし、容赦なく私を乙女ゲームに巻き込もうとする幼なじみの推し達。  「え?なんで私に構おうとするかな!?頼むからヒロインとイチャイチャして!それか、腐女子サービスで二人でイチャイチャしてよ!だから、私に構わないでくださいー!」  これは、そんな私と私の推し達の物語である。 ───── 小説家になろう様、ノベリズム様にも同作品名で投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

処理中です...