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序章
9.みたま様の謎かけ
しおりを挟む右へ、左へ、ヘドロを避けながらなのでそれなりに回り道をしながら進んでいくと、奥まったところに、妙なものが見えた。
今まで見てきた黒い砂とヘドロとは違い、植物の蔓のようなものが小道を塞いでいる。蔦には青白っぽい花がところどころ咲いており、風もないはずなのに時折ふわりと花弁が揺れた。真ん中の方に一際大きく、青みの強い花が咲いていて、そこだけ妙な存在感を放っている。
魚達と同じく、この空間の中では似つかわしくない美しい色彩を持っていた。
(扉を塞いでいた蔦だ……僕をあの部屋に閉じ込めていた存在。)
みたま様は今ここにいるのだろうかという疑問に呼応するように魚たちが答えた。
『このおくにいる』
『かくれてる』
『とじこもってる』
『こまる』
明らかに進路を塞ぐように作られた植物の蔓は、確かに奥に何かを隠しているようだ。しかし蔓は固く、とても引きちぎる事が出来ない。先ほどの扉と同じだ。
『きみのやくめだよ』
『⬛︎⬛︎にこえはきこえてるはず』
『おはなしして』
『でてきてって』
魚たちは期待を込めた目でこちらを見ている。促されるまま、声を発する。
「⬛︎⬛︎……」
発音不能、何とか魚達の真似をして音を寄せたが舌がもつれ、書き起こしようのない声が出るばかり。仕方なしに僕は呼び名を変えた。
「……みたま様!話がしたいんだ、この先に通してください」
向こうから応答はない。が、諦めずに言葉を続ける。
「この魚達が言うには、今から“死んだ人”がやってきて、捕まったら死んでしまうんだって。だから、僕と一緒に逃げませんか?」
相変わらず沈黙を続けている。本当に聴こえているのだろうかと不安になり、魚達に視線をやるが、彼は続けろとばかりに首を振るだけだ。
「……じゃあ、そこに閉じこもっててもいい、聞きたい事があるんだ。
──君って僕の記憶を食べた代わりに、お願い事を叶えたりした?」
……中央の青い花が一瞬、たじろいだような気がした。
「……自己紹介が遅れたね、僕はすいか。
美珠町ってところで喫茶店をやってるんだけど、それ以外のことを覚えてないんだ。
自分がどこで育って普段どんなふうに仕事をしてて何が好きで何が嫌いで……そういう自分のことが何も分からない」
『一つアドバイスだ。初対面の奴と話をしたい時は、まずは自分から名乗り、その後相手の名前を尋ねるといい。順序を逆にするやつは人として礼儀がなってないからな』
静寂潮に教えてもらった礼儀とやらを早速実践してみる。
「でも、日常動作に困った時、脳裏から声がして、僕に“認識”を与えてくれるんだ。
例えば『コーヒーには水色のマグを使う』『近所の商店街に買い出しに行く』とかね」
時折脳に響く、正体不明の⬛︎⬛︎の声。自分の声ようで全然違うようにも思えたそれ。
『誰かからの助言』のようにも思える不思議な言葉について、今この瞬間は何とか考えることが出来る。
「その声の持ち主って君じゃないかと僕は思ってるんだ。
【小さい頃の僕がみたま様に勉強を教えてもらってる】映像がさっき部屋の鏡から流れてきて……」
“真実は鏡の中にある。”というメモの言葉を思い出す。鏡の中のあれはきっと、本当にあったことだ。
「……僕も色々不安だし、君も今危険なら、一緒に逃げてくれませんか?
どうしてあの部屋に僕を閉じ込めたのか、僕と君は一体どういう関係なのかとか、過去に一体何があったのか、知りたいことはたくさんあるんだ。お願い」
僕がそう話し終わると、黒い砂の地面にさらさらと白い文字が書かれ始めた。
《《 “私の出す謎に答えられたら、ここを通してあげる。
この中に、一人嘘つきがいる。それを当てて。
当てられたらここを開けてあげる。”》》
『だれだ!』
『かれだ!』
『それだ!』
『そうか?!』
きゃあきゃあと楽しそうに魚たちははしゃぐ。
「……まさか、このお魚たちからってこと?」
僕の独り言に反応する様子はなく、文字は“この中に、一人嘘つきがいる。それを当てて。”から変わりそうにない。
先ほどもメモの謎を解いたら蔦は緩んだ。ならここでも謎を解けば、“みたま様”は僕に会ってくれるかもしれない。
「全員、集合!」
ぱん!と手を叩けば魚たちはピシッと一列に並んだ。言ってみるもんだ。
「改めてお名前と、誰が嘘つきが、みんな心当たりは無いか言ってみてくれない?」
魚たちはきゃあと声をあげて、順繰りに声を出した。
『ぼく、よろこび!ぼくは正直者だよ!』
『ぼく、いかり。たのしいはうそをついてない』
『ぼく、悲しみ……よろこびは正直だと思う……』
『ぼく、たのしい!!ぼくたちうそつかない!!!』
『『『『うそつき、だれだ!』』』』
「……うん。わかった。ありがとう」
つまり、これは『論理クイズ』だ。この中で一体誰が嘘をついていて、矛盾がないのかを当てるゲームということになる。
考えるまでもない、この中で嘘をつけるのはたった一人しかいないのだから。
「みたま様、答えが分かったよ」
“この中に、一人嘘つきがいる。それを当てて。”
僕が声をかけても文字を変える様子はない。それでも構わず僕は答えを言った。
「嘘つきは君だよね?」
花は不自然に体を固めた。
「あの4匹の魚たちは、誰も嘘を言ってない。もし誰かを仮に嘘つきだとして推論を立てると、嘘つきが絶対に二人以上になって問題が成立しないんだ。
だから、問題を出したみたま様が嘘つき。そうでしょう?」
花は不自然に沈黙している。微動だにせず、重苦しい空気が流れた。
「もしかして、答えを言わないことでこの場を乗り切ろうとしてない?」
魚たちがずいずいと前へと泳ぎ出る。図らずも詰めようるような構図になってしまって、花がたじろいだ。
そして、とうとう折れた。
“正解”
『やった!』
『かった!』
『そのとーり!』
『とうぜんのどうり!』
『『『『⬛︎⬛︎のきもちがわかってる!』』』』
お魚たちは小躍りをしている。自己申告通り、嘘をつかない善良な存在のようだ、今のところは。
さあここを開けてくれ、とじっと目の前の草花を見ていたが、待てど暮らせど動く様子はない。
「……みたま様、さっき扉を開けてくれたでしょう?開けておくれよ」
すると、その言葉に渋々といった具合に文字が浮かび上がった。
“私が嘘つき。『正解したらここを開ける』が嘘。”
(へ、屁理屈じゃないかーっ!!!)
まさかこんな子供じみた言い訳をされるとは思わずずっこけた。
「僕、いや僕たち君と話したいんだ。僕の記憶の手がかりと真実に導く“証拠”を探さないといけないから。だから……!!!」
たのむ、たのむとなんとか言葉を連ねるも、花は反応を返さない。
『ずるい!』
『おはなし!』
『おねがい!』
『だいすき!』
魚達もにわかに騒ぎ出し、本当に困ってしまった時、それは不意に起こった。
——————!!!!
轟く地響き、低く、何百頭もの動物を混ぜ合わせたかのような耳をつんざく悲鳴。思わず立っていられず、ふらつき倒れる。
視界が一瞬、真っ黒に染まる。
(地震?!)
慌てて立ち上がり前を向くと、今の衝撃のせいか、花弁が全て散っていた。
「みたま様!」
声をかけてももう文字が新たに書かれることはなく、ただ静かに、花弁を散らした茎が力なく揺れるだけだ。
先程まで力強く茂り、道を塞いでいた草花もくたりと力を失って萎れている。
「どうしよう、一体何が……」
その声に呼応するように、魚たちが口を開く。
『時間ががきてる!』
『食べられちゃう!』
『ぱくぱく』
『はかなく』
「きっと何かあったんだ……早く助けないと!」
この蔦を操っている主に異変があったからか、幸いにも少し緩んで人一人程度は通ることが出来そうだ。無理やり足を挟み込んで、体を通し奥へと進んでいった。
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