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6 王太子の異変
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「シンシア、記憶は少しは戻ったか?」
私の部屋にやって来たロマンスグレーのウォーレン公爵が心配気に私を見つめる。
「それがその、まだあまり…申し訳ありません」
私は言葉を濁す。転生した身なのでシンシアという令嬢の記憶が私にはない。
階段から落ちたショックで一時的に記憶を失っているということにして何とかごまかしていた。
「謝らなくてもよいのだ。お前が元気でいてくれるだけで十分なのだ」
この人は穏やかでとても優しい父親のようだ。
公爵という貴族の最高位にいながら、傲慢な様子が全くない。
「あの…お母様は…?」
私は一向に母親らしき姿を見ないので、気になって聞いてみた。
「ああ…まだ療養中だ。マリーのことは私に任せて、お前は何も心配しなくてよい」
療養中?どこか悪いの?
母親のことを詳しく聞こうとしたが、ちょうど侍従が公爵を呼びにやって来てしまった。
「王陛下がお呼びのようだ。行かねばならん。ゆっくり休むのだぞ」
いたわりの言葉を残し、公爵は去った。
何か事情がある。
私はマリーという母親のことがどうしても気になって、公爵を追いかけた。
--------------------
公爵を追って王宮に入ると、廊下で侍従と話す公爵の声が聞こえて来た。
私は大きな花瓶の後ろに身を潜めた。
「マリー様はシンシア様が婚約破棄されるのではないかとの不安で、夜も眠れないご様子。医者の薬も効きません」
「気に病んでしばらく経つが一向に良くならないな。どうしたものか──マリーといい、シンシアといい、心優しい二人がどうしてこんな辛い思いをしなければならないのだ」
公爵は思わず込み上げてきたものがあり目頭を押さえた。
「旦那様…」
侍従もついもらい泣きしている。
そんな事情があったのか──
私は何もわかっていなかった。婚約破棄されそうな娘を持つ、両親の辛さを。
マリーは娘を不憫に思うあまり、精神的に病んでしまったのだろう。
「私、どうしたらいいの…?」
いきなり転生した身。シンシアの以前の関係性がわからない。
けれど、このままではいけない気がした。
「お父様…!」
私は勇気を出して公爵に声をかけた。
「シンシア!どうしたのだ」
「あの……万が一、婚約破棄されても私、大丈夫ですから!幸せになる自信ありますから!」
私の宣言に公爵は驚きの目を向けた。
「もちろん、公爵という地位にあるお父様とお母様の立場を考えれば、色々と難しいでしょうけど…少なくとも私はずっと元気ですから!」
「シンシア…!」
公爵は声を詰まらせ私を抱き寄せた。
「すまぬ…すまぬ、そんなことを言わせてしまって…私が不甲斐ないばかりに…!」
「お父様は何も悪くありません!こんなに優しくしてくれて、私は幸せです」
前世で傷ついてきた私は人のあたたかさに敏感になっていた。
この世で一番尊いのは、”いたわりの心”だと、私は強く感じていた。
--------------------
王太子とケリーが柱の陰でウォーレン公爵とシンシアの話を立ち聞きしていた。
「破棄されても幸せだなんて、おかしなことを言う方ですね、シンシア様は」
王太子はケリーに返答もせずシンシアをじっと見つめている。
「公爵夫人のことは気の毒ですけど、私のせいにされても困りますわ」
「そういう言い方は慎むように」
「え?」
王太子の思いがけない鋭い発言にケリーは驚愕した。多少わがままに振る舞っても、いつも王太子は怒りもせず許容してくれていた。
それなのに、今日は急にケリーをとがめた。
自分が否定された気がして、ケリーは躍起になって王太子に食いついた。
「だって…殿下だって、勝手に婚約者を決められて迷惑だとおっしゃっていたじゃないですか!?」
「ああ…確かにそうだったな。でも、今は──」
それ以上言わずに口をつぐんだ王太子を不穏な気持ちでケリーは見つめていた。
このままでは王太子を盗られる──
そんな危機感がケリーの脳裏に膨れ上がった。
何としても防がなければ。邪魔なシンシアを消してやる。
ケリーの企みは一線を越えようとしていた。
私の部屋にやって来たロマンスグレーのウォーレン公爵が心配気に私を見つめる。
「それがその、まだあまり…申し訳ありません」
私は言葉を濁す。転生した身なのでシンシアという令嬢の記憶が私にはない。
階段から落ちたショックで一時的に記憶を失っているということにして何とかごまかしていた。
「謝らなくてもよいのだ。お前が元気でいてくれるだけで十分なのだ」
この人は穏やかでとても優しい父親のようだ。
公爵という貴族の最高位にいながら、傲慢な様子が全くない。
「あの…お母様は…?」
私は一向に母親らしき姿を見ないので、気になって聞いてみた。
「ああ…まだ療養中だ。マリーのことは私に任せて、お前は何も心配しなくてよい」
療養中?どこか悪いの?
母親のことを詳しく聞こうとしたが、ちょうど侍従が公爵を呼びにやって来てしまった。
「王陛下がお呼びのようだ。行かねばならん。ゆっくり休むのだぞ」
いたわりの言葉を残し、公爵は去った。
何か事情がある。
私はマリーという母親のことがどうしても気になって、公爵を追いかけた。
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公爵を追って王宮に入ると、廊下で侍従と話す公爵の声が聞こえて来た。
私は大きな花瓶の後ろに身を潜めた。
「マリー様はシンシア様が婚約破棄されるのではないかとの不安で、夜も眠れないご様子。医者の薬も効きません」
「気に病んでしばらく経つが一向に良くならないな。どうしたものか──マリーといい、シンシアといい、心優しい二人がどうしてこんな辛い思いをしなければならないのだ」
公爵は思わず込み上げてきたものがあり目頭を押さえた。
「旦那様…」
侍従もついもらい泣きしている。
そんな事情があったのか──
私は何もわかっていなかった。婚約破棄されそうな娘を持つ、両親の辛さを。
マリーは娘を不憫に思うあまり、精神的に病んでしまったのだろう。
「私、どうしたらいいの…?」
いきなり転生した身。シンシアの以前の関係性がわからない。
けれど、このままではいけない気がした。
「お父様…!」
私は勇気を出して公爵に声をかけた。
「シンシア!どうしたのだ」
「あの……万が一、婚約破棄されても私、大丈夫ですから!幸せになる自信ありますから!」
私の宣言に公爵は驚きの目を向けた。
「もちろん、公爵という地位にあるお父様とお母様の立場を考えれば、色々と難しいでしょうけど…少なくとも私はずっと元気ですから!」
「シンシア…!」
公爵は声を詰まらせ私を抱き寄せた。
「すまぬ…すまぬ、そんなことを言わせてしまって…私が不甲斐ないばかりに…!」
「お父様は何も悪くありません!こんなに優しくしてくれて、私は幸せです」
前世で傷ついてきた私は人のあたたかさに敏感になっていた。
この世で一番尊いのは、”いたわりの心”だと、私は強く感じていた。
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王太子とケリーが柱の陰でウォーレン公爵とシンシアの話を立ち聞きしていた。
「破棄されても幸せだなんて、おかしなことを言う方ですね、シンシア様は」
王太子はケリーに返答もせずシンシアをじっと見つめている。
「公爵夫人のことは気の毒ですけど、私のせいにされても困りますわ」
「そういう言い方は慎むように」
「え?」
王太子の思いがけない鋭い発言にケリーは驚愕した。多少わがままに振る舞っても、いつも王太子は怒りもせず許容してくれていた。
それなのに、今日は急にケリーをとがめた。
自分が否定された気がして、ケリーは躍起になって王太子に食いついた。
「だって…殿下だって、勝手に婚約者を決められて迷惑だとおっしゃっていたじゃないですか!?」
「ああ…確かにそうだったな。でも、今は──」
それ以上言わずに口をつぐんだ王太子を不穏な気持ちでケリーは見つめていた。
このままでは王太子を盗られる──
そんな危機感がケリーの脳裏に膨れ上がった。
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ケリーの企みは一線を越えようとしていた。
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