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2 豊穣をもたらす令嬢
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「日照り続きで、このままでは国中の農作物が枯れ果ててしまいます」
深刻な事態が起こり、文官たちが王宮に報告に訪れていた。
悲観顔の文官たちに王が問い返す。
「川から水を引き込めぬのか?」
「川も、湖も、井戸さえも、枯れつつあります」
「なんと…」
王は少し皺の刻まれた額に手をやり深刻そうに目を瞑る。
「ローランドよ、何かよい知恵はないか?」
王の問いに王太子は絞り出すように答える。
「新たな井戸を掘る、というのは」
「それはとっくにやっておる。だが、なかなか水が出ないらしいのだ」
お手上げだという風に王も文官たちも下を向いた。
ふと思いついたように王が王太子に視線を向けた。
「ローランドよ、公爵令嬢のシンシアのことは大切にしておるだろうな?」
「…も、もちろんです、父上…」
王太子は一瞬生唾を飲み、何とか平静を装った。
「そうか、ならよいが…我が国に豊穣をもたらす令嬢と、単なる男爵令嬢と、どちらが大切かよく考えておけ」
父上にバレている──
王太子は冷や汗をかいた。
ケリーに入れ込んでいることが王に漏れ伝わっているのだ。
だが、どうしようもないのだ。
父上から叱責を受けようと、私はケリーを愛しているのだ。
王太子の考えはゆらがなかった。その時までは。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
日照りで国が大変だということを侍女から聞いた私は、自分に何かできないか考え始めていた。
地獄のような前世から救い出してくれた神様に私は深く感謝していた。
一生懸命に尽くしてくれる侍女たちの親御さんもきっと困ってるだろうし。
だから恩返ししなきゃ。
「農場に視察に連れて行ってくれる?」
私の提案に一同はえらく驚いたが、翌日馬車を手配し、とある農場へ案内してくれた。
--------------------
外はカンカン照りだ。
広大な畑は干からび、枯れ草のようにしなびた苗が並んでいる。
「これは大変ね…」
私を迎えてくれた農夫たちが力無くうなだれている。
「もう、わしらはおしまいです。飢え死にするしか…」
涙ぐむ農夫たちが気の毒になる。
こういう場合、一番きつい思いをするのは平民だ。
王侯貴族は平民から搾り取り、生きながらえるだろう。
「雨乞いとか、何か儀式はしてみたの?」
そんなことしか思い付かないけど、と思いながら私は農夫たちに質問した。
「いえ、しておりません。この国では儀式や神への祈りといった伝統がすたれてしまいまして」
「そうなの!?」
日照りといったらまず雨乞いじゃないの?
私はある予感がして農夫たちに再び尋ねた。
「この辺りに神殿とか神の祠はある?」
かなり昔に放棄されたという祠に農夫たちが案内してくれた。
人の背丈ほどの石の祠は蔦に覆われ、お供物を入れる器も地面に転がったままになっていた。
「これでは神様がかわいそうよ…みんな手伝ってくれる?」
私は率先して祠の掃除を始めた。
風変わりな令嬢だと思ったのだろう。私をチラ見しながらも農夫たちは手伝ってくれた。
しつこく生えている蔦を取り除いていくと、祠の中から女神の像が現れた。
水瓶を持った優美な石像である。
私は布で女神像の汚れを丁寧にぬぐいさり、綺麗になった祠の中央にそっと置いた。
「立派な祠じゃない!」
掃除が完了した祠は見違えたように美しくなった。
「さあ、一緒にお祈りするわよ」
え…?と戸惑っている一同を促しながら、私は女神像の前で膝をつき、胸の前で両手を組んだ。
「神など、いるのですか?」
農夫のひとりがつぶやいた。
「いるわ、いると信じて」
はあ、と半信半疑のまま、一同は私にならって両手を組む。
神様はいる。だって私を違う世界に連れてきてくれた。私が証明よ。
「お願いです。水の女神よ、どうかこの地に雨をもたらしてください」
期待を込めて一心に祈ったけど、雨は一向に降らなかった。
「やっぱり、神などいないのですよ」
農夫が落胆して独りごちた。
いや、いる。絶対に。何かが足りないのよ。
私はさらなる予感がしていた。あとちょっとで神様に手が届きそうな気がしていた。
深刻な事態が起こり、文官たちが王宮に報告に訪れていた。
悲観顔の文官たちに王が問い返す。
「川から水を引き込めぬのか?」
「川も、湖も、井戸さえも、枯れつつあります」
「なんと…」
王は少し皺の刻まれた額に手をやり深刻そうに目を瞑る。
「ローランドよ、何かよい知恵はないか?」
王の問いに王太子は絞り出すように答える。
「新たな井戸を掘る、というのは」
「それはとっくにやっておる。だが、なかなか水が出ないらしいのだ」
お手上げだという風に王も文官たちも下を向いた。
ふと思いついたように王が王太子に視線を向けた。
「ローランドよ、公爵令嬢のシンシアのことは大切にしておるだろうな?」
「…も、もちろんです、父上…」
王太子は一瞬生唾を飲み、何とか平静を装った。
「そうか、ならよいが…我が国に豊穣をもたらす令嬢と、単なる男爵令嬢と、どちらが大切かよく考えておけ」
父上にバレている──
王太子は冷や汗をかいた。
ケリーに入れ込んでいることが王に漏れ伝わっているのだ。
だが、どうしようもないのだ。
父上から叱責を受けようと、私はケリーを愛しているのだ。
王太子の考えはゆらがなかった。その時までは。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
日照りで国が大変だということを侍女から聞いた私は、自分に何かできないか考え始めていた。
地獄のような前世から救い出してくれた神様に私は深く感謝していた。
一生懸命に尽くしてくれる侍女たちの親御さんもきっと困ってるだろうし。
だから恩返ししなきゃ。
「農場に視察に連れて行ってくれる?」
私の提案に一同はえらく驚いたが、翌日馬車を手配し、とある農場へ案内してくれた。
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外はカンカン照りだ。
広大な畑は干からび、枯れ草のようにしなびた苗が並んでいる。
「これは大変ね…」
私を迎えてくれた農夫たちが力無くうなだれている。
「もう、わしらはおしまいです。飢え死にするしか…」
涙ぐむ農夫たちが気の毒になる。
こういう場合、一番きつい思いをするのは平民だ。
王侯貴族は平民から搾り取り、生きながらえるだろう。
「雨乞いとか、何か儀式はしてみたの?」
そんなことしか思い付かないけど、と思いながら私は農夫たちに質問した。
「いえ、しておりません。この国では儀式や神への祈りといった伝統がすたれてしまいまして」
「そうなの!?」
日照りといったらまず雨乞いじゃないの?
私はある予感がして農夫たちに再び尋ねた。
「この辺りに神殿とか神の祠はある?」
かなり昔に放棄されたという祠に農夫たちが案内してくれた。
人の背丈ほどの石の祠は蔦に覆われ、お供物を入れる器も地面に転がったままになっていた。
「これでは神様がかわいそうよ…みんな手伝ってくれる?」
私は率先して祠の掃除を始めた。
風変わりな令嬢だと思ったのだろう。私をチラ見しながらも農夫たちは手伝ってくれた。
しつこく生えている蔦を取り除いていくと、祠の中から女神の像が現れた。
水瓶を持った優美な石像である。
私は布で女神像の汚れを丁寧にぬぐいさり、綺麗になった祠の中央にそっと置いた。
「立派な祠じゃない!」
掃除が完了した祠は見違えたように美しくなった。
「さあ、一緒にお祈りするわよ」
え…?と戸惑っている一同を促しながら、私は女神像の前で膝をつき、胸の前で両手を組んだ。
「神など、いるのですか?」
農夫のひとりがつぶやいた。
「いるわ、いると信じて」
はあ、と半信半疑のまま、一同は私にならって両手を組む。
神様はいる。だって私を違う世界に連れてきてくれた。私が証明よ。
「お願いです。水の女神よ、どうかこの地に雨をもたらしてください」
期待を込めて一心に祈ったけど、雨は一向に降らなかった。
「やっぱり、神などいないのですよ」
農夫が落胆して独りごちた。
いや、いる。絶対に。何かが足りないのよ。
私はさらなる予感がしていた。あとちょっとで神様に手が届きそうな気がしていた。
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