60 / 71
58 マハ王の真実
しおりを挟む
「翡翠……!!」
息を切らし地下神殿に到着したルシウスの声に翡翠は振り返らなかった。
「何しに来た?」
「何しにって、私たちは夫婦になるのだぞ? 助けに来たに決まっているではないか!」
その言葉にようやく翡翠はルシウスの方を向いた。
「逃げよ。私は壁の王となる運命だ」
まだ意味が理解できないルシウスの背後から「それはどういうことなのだ?」と声が聞こえた。ルシウスが振り返ると王太子が立っていた。ミランの伝言を受け、王太子もさきほど地下神殿に着いたのだ。
「王太子──!」
憎々しげにルシウスが王太子を睨むも、王太子はルシウスに構わず翡翠へと駆け寄る。
「封じる役目とは、一体何なのだ!?」
翡翠は王太子が駆けつけてくれて胸が熱くなるのを感じたが、その思いは隠さなければならない。強く王太子に警告する。
「逃げよと言ったであろう!」
「嫌だ! 私は翡翠と一緒にいる!」
王太子は相手が格上の相手だということも構わず、翡翠の両手を握りしめた。翡翠は不意打ちされたように一瞬言葉を失う。
「ば、ばかなことを──」
「ばかでもよい! もうそばを離れぬからな!」
駄々をこねる子どものように真っ直ぐな目を向けてくる王太子に翡翠は胸が締め付けられる。もう自分と王太子は昔のような関係には戻れないのだと勝手に思い込んでいた。王太子は記憶を取り戻した後も、自分に真っ直ぐに接してくれるのか。愛おしく、切ない気持ちがあふれる。
ふたりの様子にムカムカしたルシウスが「おい王太子、手を離せ! 女王陛下に無礼だぞ」と声を荒げた。
その時、ズン、ズンと、神殿が揺れる音がした。
「魔獣が近い。私は準備に入る。ふたりとも早くここを出よ」
ルシウスは王太子の手を振り払って翡翠の手を奪い取り、「私と一緒に行くのだ!」と怒鳴りつけるように翡翠に命令した。だが翡翠はそんなルシウスに疑いの目を向けてきた。
「マハの王族であろうに覚えていないのか? 壁の王を」
そう言って指差す方向に──
日が登り、地下神殿の明かり窓から光が一気に差し込む。
そこに浮かび上がったのは、高い壁の上から下までずらりと飾られた、美しい装飾のプラチナの棺である。棺の蓋は透明な水晶になっており、内部には両手を胸の位置で交差させた蝋人形のような人々が硬く目を閉じて横たわっている。その姿はどれも神々しく、壁からこの世を見渡しているような荘厳さを感じさせた。
「何なのだ、この棺は。埋葬もせず──」
ルシウスが圧倒されながら思わず言葉を漏らすと、ふと記憶の欠片が降って来た。
「壁の王──マハの……王たち──?」
ルシウスの呟きに翡翠が答えた。
「そうだ。この地の厄災をその身に封印し、仮死状態となったまま生き続ける歴代の」
「な──!?」
ルシウスと王太子は同時に声を上げる。ガネシュの記憶改竄術が解かれた後、全ての記憶が戻るにはタイムラグがあったのだ。
ふたりに蘇ってくる記憶。
厄災の時。
民が滅ぼされる前に、マハ王が【究極防御魔法】により自らその身に厄災を受け、仮死状態になる。ルビー大陸に生きる者たちを命をかけて救ってくれる尊き古代種の王。
「そんなの、嘘だ」
ルシウスは夢であってほしいと切実に願う。なぜこんな大事なことを忘れたままだったのだ。自分だけルヒカンド王国にいた影響なのか?
厄災を退ける力を持つ唯一の存在がマハ王であるということを。だからこそ、ルビー大陸の民たちに神の一族だと崇拝される存在であることを。
そして女王に即位し、王位を継承した翡翠はつまり、防御魔法を発動する力を持ち、まさに今実行に移そうとしている。
「このままでは翡翠が壁の王となってしまうのか!?」
王太子とルシウスは同じ気持ちであった。絶望だ。
「私は翡翠と結婚したいばかりに翡翠を女王にしたが、逆に翡翠を永遠に失ってしまうことになるのか──」
ルシウスは頭を抱えながら、ふとある考えがよぎった。そうだ。王の役目など投げ打って逃げてしまえばよいのではないのか?
どおんどおん! と神殿の天井を踏みつける音がする。みなが一斉に上を見上げる。轟音と共に踏み抜けられる天井。
魔獣ジェーンの黒々しい巨大な足が神殿の床を踏んだ。
息を切らし地下神殿に到着したルシウスの声に翡翠は振り返らなかった。
「何しに来た?」
「何しにって、私たちは夫婦になるのだぞ? 助けに来たに決まっているではないか!」
その言葉にようやく翡翠はルシウスの方を向いた。
「逃げよ。私は壁の王となる運命だ」
まだ意味が理解できないルシウスの背後から「それはどういうことなのだ?」と声が聞こえた。ルシウスが振り返ると王太子が立っていた。ミランの伝言を受け、王太子もさきほど地下神殿に着いたのだ。
「王太子──!」
憎々しげにルシウスが王太子を睨むも、王太子はルシウスに構わず翡翠へと駆け寄る。
「封じる役目とは、一体何なのだ!?」
翡翠は王太子が駆けつけてくれて胸が熱くなるのを感じたが、その思いは隠さなければならない。強く王太子に警告する。
「逃げよと言ったであろう!」
「嫌だ! 私は翡翠と一緒にいる!」
王太子は相手が格上の相手だということも構わず、翡翠の両手を握りしめた。翡翠は不意打ちされたように一瞬言葉を失う。
「ば、ばかなことを──」
「ばかでもよい! もうそばを離れぬからな!」
駄々をこねる子どものように真っ直ぐな目を向けてくる王太子に翡翠は胸が締め付けられる。もう自分と王太子は昔のような関係には戻れないのだと勝手に思い込んでいた。王太子は記憶を取り戻した後も、自分に真っ直ぐに接してくれるのか。愛おしく、切ない気持ちがあふれる。
ふたりの様子にムカムカしたルシウスが「おい王太子、手を離せ! 女王陛下に無礼だぞ」と声を荒げた。
その時、ズン、ズンと、神殿が揺れる音がした。
「魔獣が近い。私は準備に入る。ふたりとも早くここを出よ」
ルシウスは王太子の手を振り払って翡翠の手を奪い取り、「私と一緒に行くのだ!」と怒鳴りつけるように翡翠に命令した。だが翡翠はそんなルシウスに疑いの目を向けてきた。
「マハの王族であろうに覚えていないのか? 壁の王を」
そう言って指差す方向に──
日が登り、地下神殿の明かり窓から光が一気に差し込む。
そこに浮かび上がったのは、高い壁の上から下までずらりと飾られた、美しい装飾のプラチナの棺である。棺の蓋は透明な水晶になっており、内部には両手を胸の位置で交差させた蝋人形のような人々が硬く目を閉じて横たわっている。その姿はどれも神々しく、壁からこの世を見渡しているような荘厳さを感じさせた。
「何なのだ、この棺は。埋葬もせず──」
ルシウスが圧倒されながら思わず言葉を漏らすと、ふと記憶の欠片が降って来た。
「壁の王──マハの……王たち──?」
ルシウスの呟きに翡翠が答えた。
「そうだ。この地の厄災をその身に封印し、仮死状態となったまま生き続ける歴代の」
「な──!?」
ルシウスと王太子は同時に声を上げる。ガネシュの記憶改竄術が解かれた後、全ての記憶が戻るにはタイムラグがあったのだ。
ふたりに蘇ってくる記憶。
厄災の時。
民が滅ぼされる前に、マハ王が【究極防御魔法】により自らその身に厄災を受け、仮死状態になる。ルビー大陸に生きる者たちを命をかけて救ってくれる尊き古代種の王。
「そんなの、嘘だ」
ルシウスは夢であってほしいと切実に願う。なぜこんな大事なことを忘れたままだったのだ。自分だけルヒカンド王国にいた影響なのか?
厄災を退ける力を持つ唯一の存在がマハ王であるということを。だからこそ、ルビー大陸の民たちに神の一族だと崇拝される存在であることを。
そして女王に即位し、王位を継承した翡翠はつまり、防御魔法を発動する力を持ち、まさに今実行に移そうとしている。
「このままでは翡翠が壁の王となってしまうのか!?」
王太子とルシウスは同じ気持ちであった。絶望だ。
「私は翡翠と結婚したいばかりに翡翠を女王にしたが、逆に翡翠を永遠に失ってしまうことになるのか──」
ルシウスは頭を抱えながら、ふとある考えがよぎった。そうだ。王の役目など投げ打って逃げてしまえばよいのではないのか?
どおんどおん! と神殿の天井を踏みつける音がする。みなが一斉に上を見上げる。轟音と共に踏み抜けられる天井。
魔獣ジェーンの黒々しい巨大な足が神殿の床を踏んだ。
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。
ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。
小説家になろう様でも投稿しています。
初夜をボイコットされたお飾り妻は離婚後に正統派王子に溺愛される
きのと
恋愛
「お前を抱く気がしないだけだ」――初夜、新妻のアビゲイルにそう言い放ち、愛人のもとに出かけた夫ローマン。
それが虚しい結婚生活の始まりだった。借金返済のための政略結婚とはいえ、仲の良い夫婦になりたいと願っていたアビゲイルの思いは打ち砕かれる。
しかし、日々の孤独を紛らわすために再開したアクセサリー作りでジュエリーデザイナーとしての才能を開花させることに。粗暴な夫との離婚、そして第二王子エリオットと運命の出会いをするが……?
村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。
木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。
彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。
ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。
その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。
そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。
彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。
紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。
すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。
しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。
王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった
七瀬ゆゆ
恋愛
王宮で開催されている今宵の夜会は、この国の王太子であるアンデルセン・ヘリカルムと公爵令嬢であるシュワリナ・ルーデンベルグの結婚式の日取りが発表されるはずだった。
「シュワリナ!貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」
「ごきげんよう、アンデルセン様。挨拶もなく、急に何のお話でしょう?」
「言葉通りの意味だ。常に傲慢な態度な貴様にはわからぬか?」
どうやら、挨拶もせずに不躾で教養がなってないようですわね。という嫌味は伝わらなかったようだ。傲慢な態度と婚約破棄の意味を理解できないことに、なんの繋がりがあるのかもわからない。
---
シュワリナが王太子に婚約破棄をされ、王様と結婚することになるまでのおはなし。
小説家になろうにも投稿しています。
義母たちの策略で悪役令嬢にされたばかりか、家ごと乗っ取られて奴隷にされた私、神様に拾われました。
しろいるか
恋愛
子爵家の経済支援も含めて婚約した私。でも、気付けばあれこれ難癖をつけられ、悪役令嬢のレッテルを貼られてしまい、婚約破棄。あげく、実家をすべて乗っ取られてしまう。家族は処刑され、私は義母や義妹の奴隷にまで貶められた。そんなある日、伯爵家との婚約が決まったのを機に、不要となった私は神様の生け贄に捧げられてしまう。
でもそこで出会った神様は、とても優しくて──。
どん底まで落とされた少女がただ幸せになって、義母たちが自滅していく物語。
姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。
夏
恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。
初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。
「このままでは、妻に嫌われる……」
本人、目の前にいますけど!?
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる