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45 マハ王国へ
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「殿下……!」
再び石牢に入れられたジェーンは、鉄の檻に入れられマハへと輸送されていったガネシュの身を案じていた。
「わたくしが足でまといだったはずですのに、殿下はお優しかった」
状況が悪化する中でも決してジェーンに辛く当たることもなく、兵に捕まった際にはジェーンの安全を確保するよう王太子に頼んでくれさえした。
「だからわたくしは第一王子ではなく、殿下をお慕いしているのです」
初めての出会いからそうであった。ノスカ王国のものはみな、第一王子が王太子になると信じてやまなかったが、ジェーンはなぜか第二王子のガネシュに惹かれていた。
兄の第一王子は優しく配慮ができ欠点がなかった。弟の第二王子は活発でよく侍従や侍女たちを困らせていたが、実は弱いものを守ろうとする優しさがあった。ジェーンはガネシュのいざという時の優しさと寛容さに気づいた日、自分がガネシュに惹かれた理由がわかった気がした。
ガネシュは王太子に選定されてからというもの、任務を卒なくこなすものの、どこか退屈そうで無気力にみえた。ジェーンはガネシュが自分に興味がないだろうことは薄々感じていたが、ガネシュのそばにいたくてたまらなかった。
殿下のお力になりたい。
これがいつの頃からかジェーンの一番の願いとなった。ライバルの令嬢たちを次々と謀略で蹴落としていったのも、全てガネシュの妻となるためだ。妻となり、王妃となり、ガネシュを一生支えていくとジェーンは固く決心した。
「一度だけ、この国の王太子に心が揺れてしまったのが恥ずかしいですわ」
どやどやと兵士が数人来て牢の外で何か作業を始めた。「殿下の命だ。ぬかりなく貼るんだぞ」とリーダーらしき人物が言っている。
ジェーンは体がやけにだるくなってきた気がしたが、疲れのせいだろうとあまり気に留めなかった。
「殿下はお眠りになれたのかしら……」
冷たい床に横たわりジェーンはうとうとしはじめた。どんどん自分から離れていく寂しさとともにガネシュへと思いを馳せたジェーンは、自分の皮膚が少しずつ変色し始めたことに気づきもしなかった。
ジェーンの牢の壁に護符が所狭しと貼られている。先ほど兵士たちが貼り付けていったものだ。護符はじりじりと発光し、何かの力に抗うように光り続けている。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
まだ記憶操作されている状態のルヒカンド王は「なぜ王太子のお前がマハになど行かねばならないのだ」と納得できないようだった。王太子は「征服したマハの視察のためです」とうまい理由を述べ、何とかルヒカンド王の憤りを鎮めつつ、筆頭貴族のアンダルケとその娘ブランカを同行させることに成功した。
アンダルケとブランカ双方を連れていくのはルシウスの命であった。この父娘は王太子自らが自分達を指名してくれたと思い込み、喜び勇んで旅の支度を整えた。
「支配したマハの視察だそうだ。我々が同行を許されたということは、いよいよお前を王太子妃にする準備かもしれんな」
「この機会を絶対にものにしてみせますわ! 許可もなく消えた無礼なマハの王女などわたくしの敵ではございませんわ」
王太子は明らかにはしゃいでいる父娘を尻目に、鉄の馬車に乗り込んだ。王太子の前後に勇猛なルヒカンド騎兵団が連なっている。後方にマール家父娘の馬車。前方にガネシュの鉄檻。
「ガネシュの正体があのような子どもだったとはな」
王太子はやや前を行くガネシュの檻を見て呟いた。ブランカが「まだ十代の子どもだった」と王太子に伝えたが本当だったのだ。
「無邪気さからか、子どもというのは残酷なことをするものだ。しかし、なぜ遠くから来た者がわざわざ記憶改竄など仕掛けたのだろうか?」
王太子にはその理由がわからなかった。何となく勘が働いて、ルヒカンドの牢に残してきた得体の知れない令嬢の近くに魔封じの護符を貼るように部下に伝えていた。
記録書にある通りだとすると、ガネシュやおそらくその仲間のあの令嬢の影響で、これから何かが起こるだろう。
それにしても、ルシウスはみなの記憶を正した後、何をするつもりなのだろう。マハ王国や翡翠を救うためというが、それだけで終わるのだろうか。あの男は以前の記憶を持ちながらも、しばらくの間、私の側近を演じていた。腹の底で何を考えているかわからない男だ。”黒曜”という名を持つマハの王族だろうが、翡翠と違って澱んだ何かを感じる。
翡翠に会えるかもしれないというトキメキは心の底にある。しかし、それ以上に、黒い塊が常に胸の上にあるような尽きない不安が王太子につきまとっていた。
再び石牢に入れられたジェーンは、鉄の檻に入れられマハへと輸送されていったガネシュの身を案じていた。
「わたくしが足でまといだったはずですのに、殿下はお優しかった」
状況が悪化する中でも決してジェーンに辛く当たることもなく、兵に捕まった際にはジェーンの安全を確保するよう王太子に頼んでくれさえした。
「だからわたくしは第一王子ではなく、殿下をお慕いしているのです」
初めての出会いからそうであった。ノスカ王国のものはみな、第一王子が王太子になると信じてやまなかったが、ジェーンはなぜか第二王子のガネシュに惹かれていた。
兄の第一王子は優しく配慮ができ欠点がなかった。弟の第二王子は活発でよく侍従や侍女たちを困らせていたが、実は弱いものを守ろうとする優しさがあった。ジェーンはガネシュのいざという時の優しさと寛容さに気づいた日、自分がガネシュに惹かれた理由がわかった気がした。
ガネシュは王太子に選定されてからというもの、任務を卒なくこなすものの、どこか退屈そうで無気力にみえた。ジェーンはガネシュが自分に興味がないだろうことは薄々感じていたが、ガネシュのそばにいたくてたまらなかった。
殿下のお力になりたい。
これがいつの頃からかジェーンの一番の願いとなった。ライバルの令嬢たちを次々と謀略で蹴落としていったのも、全てガネシュの妻となるためだ。妻となり、王妃となり、ガネシュを一生支えていくとジェーンは固く決心した。
「一度だけ、この国の王太子に心が揺れてしまったのが恥ずかしいですわ」
どやどやと兵士が数人来て牢の外で何か作業を始めた。「殿下の命だ。ぬかりなく貼るんだぞ」とリーダーらしき人物が言っている。
ジェーンは体がやけにだるくなってきた気がしたが、疲れのせいだろうとあまり気に留めなかった。
「殿下はお眠りになれたのかしら……」
冷たい床に横たわりジェーンはうとうとしはじめた。どんどん自分から離れていく寂しさとともにガネシュへと思いを馳せたジェーンは、自分の皮膚が少しずつ変色し始めたことに気づきもしなかった。
ジェーンの牢の壁に護符が所狭しと貼られている。先ほど兵士たちが貼り付けていったものだ。護符はじりじりと発光し、何かの力に抗うように光り続けている。
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まだ記憶操作されている状態のルヒカンド王は「なぜ王太子のお前がマハになど行かねばならないのだ」と納得できないようだった。王太子は「征服したマハの視察のためです」とうまい理由を述べ、何とかルヒカンド王の憤りを鎮めつつ、筆頭貴族のアンダルケとその娘ブランカを同行させることに成功した。
アンダルケとブランカ双方を連れていくのはルシウスの命であった。この父娘は王太子自らが自分達を指名してくれたと思い込み、喜び勇んで旅の支度を整えた。
「支配したマハの視察だそうだ。我々が同行を許されたということは、いよいよお前を王太子妃にする準備かもしれんな」
「この機会を絶対にものにしてみせますわ! 許可もなく消えた無礼なマハの王女などわたくしの敵ではございませんわ」
王太子は明らかにはしゃいでいる父娘を尻目に、鉄の馬車に乗り込んだ。王太子の前後に勇猛なルヒカンド騎兵団が連なっている。後方にマール家父娘の馬車。前方にガネシュの鉄檻。
「ガネシュの正体があのような子どもだったとはな」
王太子はやや前を行くガネシュの檻を見て呟いた。ブランカが「まだ十代の子どもだった」と王太子に伝えたが本当だったのだ。
「無邪気さからか、子どもというのは残酷なことをするものだ。しかし、なぜ遠くから来た者がわざわざ記憶改竄など仕掛けたのだろうか?」
王太子にはその理由がわからなかった。何となく勘が働いて、ルヒカンドの牢に残してきた得体の知れない令嬢の近くに魔封じの護符を貼るように部下に伝えていた。
記録書にある通りだとすると、ガネシュやおそらくその仲間のあの令嬢の影響で、これから何かが起こるだろう。
それにしても、ルシウスはみなの記憶を正した後、何をするつもりなのだろう。マハ王国や翡翠を救うためというが、それだけで終わるのだろうか。あの男は以前の記憶を持ちながらも、しばらくの間、私の側近を演じていた。腹の底で何を考えているかわからない男だ。”黒曜”という名を持つマハの王族だろうが、翡翠と違って澱んだ何かを感じる。
翡翠に会えるかもしれないというトキメキは心の底にある。しかし、それ以上に、黒い塊が常に胸の上にあるような尽きない不安が王太子につきまとっていた。
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