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51 片思い

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婚約の儀を終えた夜、翡翠は自室の窓からマハの王都を眺めていた。気を許すと王太子の事が頭に浮かび涙がこぼれそうになるので、なるべく他のことを考えるよう翡翠は努めていた。

今日、王太子も婚約の儀に参列していたはずだ。翡翠は会いたくてたまらなかったはずの王太子の顔をあの場で見るのが怖くて、ついに姿を見る勇気がなかった。何より他の男との口づけを見られてしまった強い後ろめたさもあった。

「王太子のことを考えていたのか?」

ルシウスに言い当てられ翡翠は慌てて頭を横に振る。

「隠さなくても分かっている。ゆっくりでいいから、私のことも見て欲しい」

ルシウスは侍女たちに下がるよう合図し、皆がさっと部屋からいなくなると、後ろから両手を回し翡翠をギュッと抱きしめた。長身でたくましく頼り甲斐のある男の腕だった。

ルシウスは翡翠の首元にキスをする。翡翠はびくりと体を硬直させた。

「これ以上はやめておく」とルシウスは翡翠から離れた。

「からかっているのか?」

翡翠は8歳も年下の自分をルシウスが子ども扱いしたのかと思うと腹が立ってぷいと向こうを向いた。

かわいいな。

ルシウスはいつもクールだった翡翠がこんなにも感情豊かな一面があることに驚いていた。

王太子と出会ったからなのか? そう感じたルシウスは自分の方が優位であるはずなのに王太子に強烈な嫉妬を覚えていた。

退室しようとしていたルシウスは踵を返し翡翠へと向かった。翡翠の頭に手を回し強引に唇を奪う。

拒絶しようとする翡翠を抱きかかえ寝台に乱暴に運ぶと、そのまま翡翠に重なる。

「ルシウス、やめ──」

「私はルシウスではない! 黒曜だ!!」

いつまで王太子の親衛部隊長としての名前で呼ぶのか。怒りと嫉妬がないまぜになり、ルシウスは息つく暇もないほど何度も翡翠にキスをした。

翡翠はルシウスから逃れようとするも、獣のような強い力で両腕を押さえられ恐ろしくてたまらなくなり、とうとう泣き出してしまった。ここにきてようやくルシウスが我にかえる。

王族の男子たちは婚約するまでは多少の恋愛沙汰は許されているが、王の娘は厳重に貞操を守る義務がある。一生独身の王女も多数いた。もちろん翡翠もそのつもりで生きてきたのだ。18歳ながら冷静沈着で大人びて見えるが、内面は少女のままだった。

「すまなかった。婚礼もまだなのに早まってしまった。許してくれ」

ルシウスは泣き続ける翡翠を寝台に横たわったまま、真綿に包むようにそっと抱きしめた。

私は恋の奴隷のようだ。翡翠に愛して欲しいがために許しを乞う。それでもいい。ずっとそばにいられるのなら。

ルシウスは翡翠を泣かせてしまった後悔と、翡翠が自分の手の中にいる幸福との間でしばらく揺れ動いていた。

そして、ルヒカンド王宮の庭園の散策で、翡翠のお供を毎日のようにしていた頃のことを懐かしく思った。あれもひとつの幸せだったのか。王太子の側近として翡翠の護衛をしていた時のほうが、自分に何の疑いもなく翡翠が心を開いてくれていた気がした。

心が遠いままだ──

ルシウスは初めて『寂しい』という感情を抱いた。
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