32 / 71
30 魔獣
しおりを挟む
ガネシュが庭園の林の奥で、アプリ魔術を起動する。
魔獣候補の中で黒豹のアイコンをセレクトする。
”王女に危害を加えない”
”王女の拉致を最優先”
という命令をオプションで追加。
これで王女をさらえれば、マール家とも縁を切れる。一石二鳥だな。
ガネシュは得意げに【実行】ボタンをタップした。
庭園の林の暗闇から、尾が3本ある黒豹のような魔獣がぬるっと現れる。
そのまま一歩一歩、翡翠に迫っていく。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
庭園の銀木犀の前で、翡翠が誰かを待ち続けている。
ルシウスが遠目で見ている。翡翠を見つめながらルシウスはじれったい思いを抱えていた。臆病者の王太子は今だ自室にこもったままだ。
それでも翡翠は信じているのだろうか。例え手紙の文字を理解できずとも、王太子が自分の元に来てくれると。手紙は私が隠した。王太子は来ない。早く諦めるんだ、翡翠。
その時、ガルグルル……と黒い影が翡翠に近づいてくるのが見えた。日光の元その姿が明らかになる。ひと噛みで人を殺せる豹型魔獣だ。
「魔獣!? 王宮になぜ!?」
王宮の周りには魔獣よけの結界が張られているはずだ。それをかいくぐってどうやって侵入したのだ。
ルシウスが反応するより早く、いきなり翡翠に飛びかかる魔獣。無数の牙が並んだ顎が大きく開く。
気配に気づき、振り向いた翡翠の目が大きく見開かれる。
迫る鋭い牙。
ルシウスがその身を呈して翡翠を庇おうとしたした瞬間。
疾風の如く、走り来る影。
ガイン!!
間一髪、滑り込んできた剣。
王太子だ。
魔獣の顎に剣を挟みこみ、力押しして来る魔獣を両手で支えた剣でじりじりと押し返していく。
「殿下──!」
「下がっていろ。ルシウス、王女を頼む」
王太子はそのまま剣を素早く滑らせ、魔獣の両目を切り裂く。
ギャオ!! と鋭い叫び声。王太子は暴れる魔獣の首元に一瞬で滑り込み、一気に首を掻き切った。
翡翠は何度も王太子を振り返り、「殿下、殿下」と呟いている。ルシウスは面白くなかった。
私でも十分守れたのに。翡翠、そんなにあの男のことが気になるのか。
「心配無用です。王太子は王国一の剣の達人です」
ルシウスは何とか心を押し殺し、翡翠に言い聞かせる。悔しいが腕に自信があるルシウスでも、剣の手合わせでは王太子に勝てなかった。
ルヒカンド王国は、実は大陸一の軍事国家だ。王家の男子ならば、騎士団長並みの武術の腕を持つのも、この国では珍しいことではなかった。
マハ王国を短期間で攻め落とせたのも、元々ルヒカンドの軍事力の大きさゆえである。
魔獣の息の根を止めた王太子が、血で汚れた剣を地面に刺し、こちらに向かって来る。
「怪我はないか」
翡翠に優しい言葉をかける。こくりとうなずいた翡翠は気丈にしているが、少し手が震えていた。王太子はそれに気づき翡翠の手に触れようとしたが、躊躇したのかすぐにその手を下ろした。ふたりは双方の行き違いからくる気まずさから互いの顔を見れないものの、離れ難いのか目を伏せたままずっと向き合っている。
早く翡翠を向こうに連れて行きたい。王太子のいないところへ。ルシウスをそんな焦燥感が急かした。
「殿下、王女殿下にお怪我はありません。ご安心を」
ルシウスは翡翠を誘導して王宮内に入ろうとした。
だが、翡翠は違う行動をとった。
翡翠はレースのハンカチを取り出し、王太子の頬を抑えた。
「血、殿下、大丈夫、か」
魔獣の牙がかすったのか、王太子の頬に小さな切り傷ができていた。
王太子は突然の出来事に口をぱくぱくしている。赤面しながら、「こここ、これしき、何でもないぞ」と、もごもごと呟いている。
この光景に、ルシウスの胸は掻き乱される。耐えられない。翡翠が他の男に優しくしている姿など。
しかし、ルシウスには耐えるしかなかった。自分は現状、ルヒカンド王家の一家臣でしかないのだ。
翡翠は王太子に深々と礼をした後、長居することなく王宮へ向かった。ルシウスは王太子に一礼し、翡翠に付き従う。
王太子は受け取ったハンカチで頬を押さえ、しばらく翡翠の後ろ姿を目で追ったままぼんやりと立ち尽くしていた。そして、ルシウスから指令を受けた兵たちがどやどやと集まり始めてようやく我に帰り、ふと幸せそうに笑みを浮かべた。
魔獣候補の中で黒豹のアイコンをセレクトする。
”王女に危害を加えない”
”王女の拉致を最優先”
という命令をオプションで追加。
これで王女をさらえれば、マール家とも縁を切れる。一石二鳥だな。
ガネシュは得意げに【実行】ボタンをタップした。
庭園の林の暗闇から、尾が3本ある黒豹のような魔獣がぬるっと現れる。
そのまま一歩一歩、翡翠に迫っていく。
∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵
庭園の銀木犀の前で、翡翠が誰かを待ち続けている。
ルシウスが遠目で見ている。翡翠を見つめながらルシウスはじれったい思いを抱えていた。臆病者の王太子は今だ自室にこもったままだ。
それでも翡翠は信じているのだろうか。例え手紙の文字を理解できずとも、王太子が自分の元に来てくれると。手紙は私が隠した。王太子は来ない。早く諦めるんだ、翡翠。
その時、ガルグルル……と黒い影が翡翠に近づいてくるのが見えた。日光の元その姿が明らかになる。ひと噛みで人を殺せる豹型魔獣だ。
「魔獣!? 王宮になぜ!?」
王宮の周りには魔獣よけの結界が張られているはずだ。それをかいくぐってどうやって侵入したのだ。
ルシウスが反応するより早く、いきなり翡翠に飛びかかる魔獣。無数の牙が並んだ顎が大きく開く。
気配に気づき、振り向いた翡翠の目が大きく見開かれる。
迫る鋭い牙。
ルシウスがその身を呈して翡翠を庇おうとしたした瞬間。
疾風の如く、走り来る影。
ガイン!!
間一髪、滑り込んできた剣。
王太子だ。
魔獣の顎に剣を挟みこみ、力押しして来る魔獣を両手で支えた剣でじりじりと押し返していく。
「殿下──!」
「下がっていろ。ルシウス、王女を頼む」
王太子はそのまま剣を素早く滑らせ、魔獣の両目を切り裂く。
ギャオ!! と鋭い叫び声。王太子は暴れる魔獣の首元に一瞬で滑り込み、一気に首を掻き切った。
翡翠は何度も王太子を振り返り、「殿下、殿下」と呟いている。ルシウスは面白くなかった。
私でも十分守れたのに。翡翠、そんなにあの男のことが気になるのか。
「心配無用です。王太子は王国一の剣の達人です」
ルシウスは何とか心を押し殺し、翡翠に言い聞かせる。悔しいが腕に自信があるルシウスでも、剣の手合わせでは王太子に勝てなかった。
ルヒカンド王国は、実は大陸一の軍事国家だ。王家の男子ならば、騎士団長並みの武術の腕を持つのも、この国では珍しいことではなかった。
マハ王国を短期間で攻め落とせたのも、元々ルヒカンドの軍事力の大きさゆえである。
魔獣の息の根を止めた王太子が、血で汚れた剣を地面に刺し、こちらに向かって来る。
「怪我はないか」
翡翠に優しい言葉をかける。こくりとうなずいた翡翠は気丈にしているが、少し手が震えていた。王太子はそれに気づき翡翠の手に触れようとしたが、躊躇したのかすぐにその手を下ろした。ふたりは双方の行き違いからくる気まずさから互いの顔を見れないものの、離れ難いのか目を伏せたままずっと向き合っている。
早く翡翠を向こうに連れて行きたい。王太子のいないところへ。ルシウスをそんな焦燥感が急かした。
「殿下、王女殿下にお怪我はありません。ご安心を」
ルシウスは翡翠を誘導して王宮内に入ろうとした。
だが、翡翠は違う行動をとった。
翡翠はレースのハンカチを取り出し、王太子の頬を抑えた。
「血、殿下、大丈夫、か」
魔獣の牙がかすったのか、王太子の頬に小さな切り傷ができていた。
王太子は突然の出来事に口をぱくぱくしている。赤面しながら、「こここ、これしき、何でもないぞ」と、もごもごと呟いている。
この光景に、ルシウスの胸は掻き乱される。耐えられない。翡翠が他の男に優しくしている姿など。
しかし、ルシウスには耐えるしかなかった。自分は現状、ルヒカンド王家の一家臣でしかないのだ。
翡翠は王太子に深々と礼をした後、長居することなく王宮へ向かった。ルシウスは王太子に一礼し、翡翠に付き従う。
王太子は受け取ったハンカチで頬を押さえ、しばらく翡翠の後ろ姿を目で追ったままぼんやりと立ち尽くしていた。そして、ルシウスから指令を受けた兵たちがどやどやと集まり始めてようやく我に帰り、ふと幸せそうに笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
みんなが嫌がる公爵と婚約させられましたが、結果イケメンに溺愛されています
中津田あこら
恋愛
家族にいじめられているサリーンは、勝手に婚約者を決められる。相手は動物実験をおこなっているだとか、冷徹で殺されそうになった人もいるとウワサのファウスト公爵だった。しかしファウストは人間よりも動物が好きな人で、同じく動物好きのサリーンを慕うようになる。動物から好かれるサリーンはファウスト公爵から信用も得て溺愛されるようになるのだった。
大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。
下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。
ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。
小説家になろう様でも投稿しています。
初夜をボイコットされたお飾り妻は離婚後に正統派王子に溺愛される
きのと
恋愛
「お前を抱く気がしないだけだ」――初夜、新妻のアビゲイルにそう言い放ち、愛人のもとに出かけた夫ローマン。
それが虚しい結婚生活の始まりだった。借金返済のための政略結婚とはいえ、仲の良い夫婦になりたいと願っていたアビゲイルの思いは打ち砕かれる。
しかし、日々の孤独を紛らわすために再開したアクセサリー作りでジュエリーデザイナーとしての才能を開花させることに。粗暴な夫との離婚、そして第二王子エリオットと運命の出会いをするが……?
村八分にしておいて、私が公爵令嬢だったからと手の平を返すなんて許せません。
木山楽斗
恋愛
父親がいないことによって、エルーシャは村の人達から迫害を受けていた。
彼らは、エルーシャが取ってきた食べ物を奪ったり、村で起こった事件の犯人を彼女だと決めつけてくる。そんな彼らに、エルーシャは辟易としていた。
ある日いつものように責められていた彼女は、村にやって来た一人の人間に助けられた。
その人物とは、公爵令息であるアルディス・アルカルドである。彼はエルーシャの状態から彼女が迫害されていることに気付き、手を差し伸べてくれたのだ。
そんなアルディスは、とある目的のために村にやって来ていた。
彼は亡き父の隠し子を探しに来ていたのである。
紆余曲折あって、その隠し子はエルーシャであることが判明した。
すると村の人達は、その態度を一変させた。エルーシャに、媚を売るような態度になったのである。
しかし、今更手の平を返されても遅かった。様々な迫害を受けてきたエルーシャにとって、既に村の人達は許せない存在になっていたのだ。
王太子に婚約破棄されたら、王に嫁ぐことになった
七瀬ゆゆ
恋愛
王宮で開催されている今宵の夜会は、この国の王太子であるアンデルセン・ヘリカルムと公爵令嬢であるシュワリナ・ルーデンベルグの結婚式の日取りが発表されるはずだった。
「シュワリナ!貴様との婚約を破棄させてもらう!!!」
「ごきげんよう、アンデルセン様。挨拶もなく、急に何のお話でしょう?」
「言葉通りの意味だ。常に傲慢な態度な貴様にはわからぬか?」
どうやら、挨拶もせずに不躾で教養がなってないようですわね。という嫌味は伝わらなかったようだ。傲慢な態度と婚約破棄の意味を理解できないことに、なんの繋がりがあるのかもわからない。
---
シュワリナが王太子に婚約破棄をされ、王様と結婚することになるまでのおはなし。
小説家になろうにも投稿しています。
義母たちの策略で悪役令嬢にされたばかりか、家ごと乗っ取られて奴隷にされた私、神様に拾われました。
しろいるか
恋愛
子爵家の経済支援も含めて婚約した私。でも、気付けばあれこれ難癖をつけられ、悪役令嬢のレッテルを貼られてしまい、婚約破棄。あげく、実家をすべて乗っ取られてしまう。家族は処刑され、私は義母や義妹の奴隷にまで貶められた。そんなある日、伯爵家との婚約が決まったのを機に、不要となった私は神様の生け贄に捧げられてしまう。
でもそこで出会った神様は、とても優しくて──。
どん底まで落とされた少女がただ幸せになって、義母たちが自滅していく物語。
姉の身代わりで冷酷な若公爵様に嫁ぐことになりましたが、初夜にも来ない彼なのに「このままでは妻に嫌われる……」と私に語りかけてきます。
夏
恋愛
姉の身代わりとして冷酷な獣と蔑称される公爵に嫁いだラシェル。
初夜には顔を出さず、干渉は必要ないと公爵に言われてしまうが、ある晩の日「姿を変えた」ラシェルはばったり酔った彼に遭遇する。
「このままでは、妻に嫌われる……」
本人、目の前にいますけど!?
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる