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19 王への嘆願

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ルヒカンド王の部屋で王太子が王と何やら込み入った話をしている。

「返すことはならぬ。王女はマハの人質でもあるのだ」

「しかし父上、もう十分ではないですか。マハにはすでに抵抗する力もないと聞いております」

王太子は食い下がって王に嘆願する。王女と離れるのは正直辛い。しかし、王女の苦しみを少しでも軽くしてあげたい。それには祖国に返してやるのが一番よいと王太子は考えていた。

「妾にでも奴隷にでも、好きにしていいのだぞ」

王太子は耳を疑う。本来の父王は「妾にすればよい」などと気安く言葉にするような人物ではなかった。歴代のルヒカンド王の中で最も温厚だと言われていたほどだ。

それがある時より性格が豹変したかのごとく、突然、遠国のマハ王国に攻め入った。蛮族の反乱をおさめるため軍を派遣することはあったが、他国に攻め込むことなど父王は一度もしてこなかったのに。

どうして。一体いつからそうなった?
どんなに思い出そうとしても、頭にもやがかかっているようで、はっきりと思い出せない。

何か我々は大事な何かを忘れていないか──
王太子には時折そんな考えがよぎるようになっていた。

「ふむ……そんなに言うのなら、マール家のブランカを王太子妃に迎えるなら、考えてやってもよいぞ」

「そ、それは──」

王太子は即答できない。王は諭すように言う。

「お前がマハの王女に心を寄せていることは家臣から聞いておる。優しいお前のことだ。同情しているのだろう。同情と愛情を混同してしまっているのだ」

「それは違います、決して! 私は王女を愛──」

「蛮族の姫と我が王家とでは格が違うのだ!! 諦めよ!!」

予想以上に威圧的な口調で王が告げる。これは説得ではない、命令だった。マハに返したとしても、改めて婚姻の申し込みをすれば王女と結婚できるかもしれない。そのような淡い期待をも打ち砕くほどの迫力だった。

王太子は口をつぐむことしかできなかった。王権は絶対である。
反論はできないが、王太子は王の言葉に承諾もしなかった。

「アレクサンドル、お前は将来、一国の王になるのだ。辛いだろうが、好いた相手と結ばれないことも、時としてある」

最後は、父親らしい慰めの言葉だった。
何とか方法はないのか。王女がもう泣かなくてよい方法は……
王太子は王女への愛情がどうしようもないほど深まっていることを自覚するばかりで、名案はさっぱり浮かんでこなかった。


∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵∵


「陛下が? そうですの」

殿下の動向を探るよう申し付けていた侍女から報告があった。
陛下に王女を祖国へ返すよう嘆願したが、にべもなく断られたということだった。

「陛下は王女の味方ではないようね。むしろ、妾にでも奴隷にでもしてよいとおっしゃられたのなら──」

ブランカの悪知恵の出番だ。

「すばらしいショーをご覧にいれますわ!」

明るく笑うブランカはそう言うとはつらつと侍女たちに指示を出し始めた。
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