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二十
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「お待たせしましたー!」
と、綾目さんと干鰯谷くんがお茶を持って戻ってきた。
「ありがとう。紗也子、宗次郎。」
すっかり綺麗になった机の上。綾目さんと干鰯谷くんはお茶の用意をテキパキとしていく。「透さんは起きたらでいいかな?」と綾目さんは微笑ましく語りかけながら。
どうぞと僕の前に置かれたティーカップからは果物のようなみずみずしい爽やかな香りがした。
眠る前に飲んだお茶は花の蜜のような甘い香りで、とろみがあったけれど、これはさらさらしている。
僕はこういうのに詳しくないけど、どちらもおいしいと思うし、こういうの好きみたいだ。自分でも入れてみようかなと思う。ハードル高いかな。
「マドレーヌも焼いたので、よかったらどうぞ!」
そうして一旦、ほのぼのティータイムが始まった。
綾目さんの手作りだという貝殻の形をしたマドレーヌは温かくて、食べるとほっとする懐かしい甘さが口の中に広がる。
「おいしい。」
思うままに口から転がり出たおいしいに僕は「です」を追加する。
「よかったぁ。いっぱいあるから遠慮なく食べてね!」
しばらくそうしてまったりと過ごした後、柏那さんは「さて」と空気を切り替えた。柊さんは変わらず夢の中だ。
「起こすのも可哀想だし、進めてしまおうか。いくつか質問しても?」と柏那さんは柊さんをちらりと見てから言った。
「はい。もちろんです。」
みんな普通の音量で話しているのに、柊さんは全く起きる気配がない。時々、干鰯谷くんが生きているかどうか確認するくらい柊さんは本当に起きない。
「まず、君が鬼の世界に初めて迷い込んだのは3日前で合ってるかな?」
「そうです。その日から3回、僕は鬼の世界に。」
「何度も確認して悪いんだけど、戻る時に振り返ったということはしていないんだよね?」
「はい。していない、と思います。真っ直ぐ前を見て歩いたので。」
柏那さんはなるほどと頷いた。
「今、色々と資料を漁って同じ事例がないか調べている最中なんだけれど、その資料というのが1000年分あってね。全てを確認するには時間がかかるし、今のところ手がかりも見つかっていないから、少しでもなにか思うことがあれば教えて欲しいんだ。」
「なにか、ですか。うーん……。」
「例えば、鬼に契約させられたとか。」
「ない、ですね。」
「鬼の世界の食べ物を食べたとか!」
綾目さんがはいはーい!と手を挙げ、参加する。
「それもない、ですね。」
「昔、神隠しにあった……とかは?」
干鰯谷くんも挙げた。
「ない、と思う。親からそういう話は一度も聞いたことがないし。」
「うーん。過去は見れないから難しいね。」
柏那さんは眉を下げながら降参というように言った。
「鬼の世界はもうすぐ閉じるから、そっちを待ってもらう方が早いかもしれないなぁ」と。
「えっ、そんなに早いんですか?」
「遅くても1年以内には。でも、鬼と違って人の1年は長いよね……。君の周囲の環境に誤魔化しを加えるとは言えど、毎日同じ時間あちらの世界に行くとなると不便だろうし、1日も早く解決できるよう努力するよ。」
「誤魔化しって、例えばどういう……?」
「ざっくり言うと、僕ら4人以外にも不思議な力が使える人間はいて、その人たちにこの世界が矛盾なく普通であるように色々と頼んでるって感じかな。」
「なる、ほど?」
「ごめんね。詳しくは話せないんだ。でも、佐藤くんが鬼の世界に行っても日常生活に支障ないよう全面的にサポートするので、一度しかない高校生活を悔いなく楽しんで欲しいな。」
自分の知っている世界は本当に狭かったのだなと思う。いや……、違うか。僕たちのような普通の人間にとっての普通が、普通じゃないことに気付かせないようにしているこの人たちがすごいんだ。柏那さんだって高校生なのに。
「はい。よろしくお願いします。」
知らないことは悪いことじゃない。むしろ知らない方が楽に生きられる、なんてこともこの世界にはまだまだたくさんあるようで。まぁ僕はその知らなくていいことを知ってしまったわけだけれども、今はこの特殊で特別な非日常を過ごしていきたいと思う。
だって僕はまだ高校生になったばかりだし。こんなこともう二度と起こらないんじゃないかって思うから。
死なないようにだけ気を付けて、この人たちが罪悪感をこれ以上持たないように、僕はこの人たちを信じて楽しもうとそう、決めた。
と、綾目さんと干鰯谷くんがお茶を持って戻ってきた。
「ありがとう。紗也子、宗次郎。」
すっかり綺麗になった机の上。綾目さんと干鰯谷くんはお茶の用意をテキパキとしていく。「透さんは起きたらでいいかな?」と綾目さんは微笑ましく語りかけながら。
どうぞと僕の前に置かれたティーカップからは果物のようなみずみずしい爽やかな香りがした。
眠る前に飲んだお茶は花の蜜のような甘い香りで、とろみがあったけれど、これはさらさらしている。
僕はこういうのに詳しくないけど、どちらもおいしいと思うし、こういうの好きみたいだ。自分でも入れてみようかなと思う。ハードル高いかな。
「マドレーヌも焼いたので、よかったらどうぞ!」
そうして一旦、ほのぼのティータイムが始まった。
綾目さんの手作りだという貝殻の形をしたマドレーヌは温かくて、食べるとほっとする懐かしい甘さが口の中に広がる。
「おいしい。」
思うままに口から転がり出たおいしいに僕は「です」を追加する。
「よかったぁ。いっぱいあるから遠慮なく食べてね!」
しばらくそうしてまったりと過ごした後、柏那さんは「さて」と空気を切り替えた。柊さんは変わらず夢の中だ。
「起こすのも可哀想だし、進めてしまおうか。いくつか質問しても?」と柏那さんは柊さんをちらりと見てから言った。
「はい。もちろんです。」
みんな普通の音量で話しているのに、柊さんは全く起きる気配がない。時々、干鰯谷くんが生きているかどうか確認するくらい柊さんは本当に起きない。
「まず、君が鬼の世界に初めて迷い込んだのは3日前で合ってるかな?」
「そうです。その日から3回、僕は鬼の世界に。」
「何度も確認して悪いんだけど、戻る時に振り返ったということはしていないんだよね?」
「はい。していない、と思います。真っ直ぐ前を見て歩いたので。」
柏那さんはなるほどと頷いた。
「今、色々と資料を漁って同じ事例がないか調べている最中なんだけれど、その資料というのが1000年分あってね。全てを確認するには時間がかかるし、今のところ手がかりも見つかっていないから、少しでもなにか思うことがあれば教えて欲しいんだ。」
「なにか、ですか。うーん……。」
「例えば、鬼に契約させられたとか。」
「ない、ですね。」
「鬼の世界の食べ物を食べたとか!」
綾目さんがはいはーい!と手を挙げ、参加する。
「それもない、ですね。」
「昔、神隠しにあった……とかは?」
干鰯谷くんも挙げた。
「ない、と思う。親からそういう話は一度も聞いたことがないし。」
「うーん。過去は見れないから難しいね。」
柏那さんは眉を下げながら降参というように言った。
「鬼の世界はもうすぐ閉じるから、そっちを待ってもらう方が早いかもしれないなぁ」と。
「えっ、そんなに早いんですか?」
「遅くても1年以内には。でも、鬼と違って人の1年は長いよね……。君の周囲の環境に誤魔化しを加えるとは言えど、毎日同じ時間あちらの世界に行くとなると不便だろうし、1日も早く解決できるよう努力するよ。」
「誤魔化しって、例えばどういう……?」
「ざっくり言うと、僕ら4人以外にも不思議な力が使える人間はいて、その人たちにこの世界が矛盾なく普通であるように色々と頼んでるって感じかな。」
「なる、ほど?」
「ごめんね。詳しくは話せないんだ。でも、佐藤くんが鬼の世界に行っても日常生活に支障ないよう全面的にサポートするので、一度しかない高校生活を悔いなく楽しんで欲しいな。」
自分の知っている世界は本当に狭かったのだなと思う。いや……、違うか。僕たちのような普通の人間にとっての普通が、普通じゃないことに気付かせないようにしているこの人たちがすごいんだ。柏那さんだって高校生なのに。
「はい。よろしくお願いします。」
知らないことは悪いことじゃない。むしろ知らない方が楽に生きられる、なんてこともこの世界にはまだまだたくさんあるようで。まぁ僕はその知らなくていいことを知ってしまったわけだけれども、今はこの特殊で特別な非日常を過ごしていきたいと思う。
だって僕はまだ高校生になったばかりだし。こんなこともう二度と起こらないんじゃないかって思うから。
死なないようにだけ気を付けて、この人たちが罪悪感をこれ以上持たないように、僕はこの人たちを信じて楽しもうとそう、決めた。
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