婚約破棄おめでとう

ナナカ

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ハブーレス伯爵家の婚約者 【過去〜現在】

(22)そして、破棄を願う

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 王宮舞踏会の日がやってきた。
 フィオナは二回目の婚約をした頃から、王宮舞踏会には顔を出してきた。
 しかし、今まで七回の婚約をしてきたが、実はフィオナは婚約者と踊ったことはない。二人目の婚約者と一緒に出席しても、まだ子供だったから踊っていなかったのだ。
 今回は、婚約者カイルと一緒に出席することになっている。

「あれ? 姉さん、なんだか楽しそうだね」

 迎えに来たカイルの馬車に、弟としてフィオナと一緒に乗りこんでいたシリルは、ふと姉を見て驚いた顔をする。
 フィオナはさらりと扇子を広げ、にっこりと笑った。

「今日はカイルとたくさん踊っても変な目で見られないと思うと、楽しみなのよね」
「あ、そうか。今までは、若い男は父上のひと睨みでだいたい逃げていたから、ほとんど踊れなかったんだね。カイルは気楽に誘ってくれたけど、二曲が限度だったし」
「そうなのよ。他に誘ってくれるのは、国王陛下と王太子殿下とヴォード様と、フォルマイズ辺境伯様がいる時は踊ってくれたけど、そのくらいだったから。でも、お父様がいない時でも誰も話しかけてこなかったわよ?」
「……王家の方々がそれだけ気を遣っていれば、怖気付くのは仕方がないよ」

 珍しく口数の少なかったカイルが、やっと口を開く。
 フィオナが不思議そうに首を傾げると、カイルは苦笑した。

「あのね、君は全く気にしていないけど、王家の方々が気を遣う相手なんて、他にほとんどいないんだぞ。だから、あの方々を怒らせるようなことはできないんだ」
「そんなものかしら?」
「それに、シリル君も立派な番犬をやっているし。きれいな顔をして、シリル君は怖い手を平然と使うんだ」
「失礼な。僕は穏和な人間ですよ」
「え? 君が穏和? それはないな!」

 カイルは笑った。
 年相応に拗ねた顔をしたシリルは、ひっそりと舌打ちをする。
 そんな弟を見て、確かに父カーバイン公爵に似てきたなと考えていると、馬車が減速を始め、王宮の門を通過していく。

 それから程なく馬車は止まり、シリルが扉を開いて外へ出た。
 フィオナも下車するために立ちあがろうとした時。
 先に降りるために少し腰を屈めながら立ったカイルが、そっとささやいた。

「フィオナ。君に話がある」
「話? 今、伺うわよ? あ、それとも、シリルには聞かれたくないことかしら。それならシリルに先に行ってもらって、歩きながら話す?」
「……うん、そうするつもりだったけど、それでは正しくないと今気づいたよ。……そうだよな、俺は君に最大の誠意を見せなければいけないんだ」

 思い詰めたように、カイルは独り言を呟く。
 でも、先に降りてからフィオナに手を貸す姿はいつも通りだ。
 だから、フィオナはすぐに忘れてしまった。




「……フィオナ。君に聞いてほしいことがある」

 硬い顔のカイルがそう言ったのは、舞踏会の会場に入って一通りあいさつを終え、フィオナがそろそろカイルをダンスを誘おうかと考えたタイミングだった。
 そういえば、何か話があると言っていたなと思い出した次の瞬間。カイルがフィオナの前に膝をついた。

「え?」
「フィオナ、俺との婚約は破棄してほしいっ!」

 驚いてしまったフィオナが反応する前に、カイルがはっきりした声でそう言った。
 特別声を張り上げたわけではない。だが、膝をついた時点で周囲の視線を集めていた。だから、通りのいいカイルの声は多くの人々の耳に入った。ちょうど曲が終わっていたために、会場はしんと静まり返っている。

 フィオナは、美しい顔を隠すように扇子を広げ、ひらりひらりと手を動かした。
 カイルを見つめ、意図を確かめるために表情を探ろうとするが、カイルは顔を伏せたままだから、表情を読むことができない。
 戸惑いより、カイルの予期せぬ行動への驚きが大きいフィオナは、心情が顔に出にくい自分の顔に初めて感謝した。

「……ねえ、カイル。そう言う冗談は、こういう場所では控えるべきだと思うわよ?」
「君には何の瑕疵もない。悪いのは俺だ。君という素晴らしい婚約者がいながら、別の女性に恋をしてしまった。こんな不実な男だったなんて、自分でも信じられない。君と、愛してしまった女性への誠意を貫くために、俺は皆の前で自分の罪を懺悔する。だから……どうか、婚約を破棄してほしい……っ!」

 その言葉を聞いて、ようやくフィオナは納得した。
 直接この手の言葉を聞くのは初めてだが、父カーバイン公爵から過去に似たような話を聞いている。
 カイルは真面目な青年だ。その真面目なカイルが、ここまでいうのなら……本気なのは疑わない。きっと本当に恋をして、悩んで、決意したのだろう。

 婚約者が運命的な出会いをしてしまうことには慣れている。ただ、カイルの決意の方向が、ちょっと想定外だっただけだ。
 フィオナはため息をつきたいのを我慢して、精一杯に微笑んだ。
 生来の表情の薄い美貌に作った微笑みを浮かべると、なぜか高慢そうな女が出来上がってしまうが、今はそんな誤解を受けても構わない。
 むしろ、強引に話を運ぶためには好都合だ。

「……わかったわ。どうか立ってちょうだい。きっとお父様があなたと話をしたいと思っているわよ。ねえ、そうでしょう、お父様」
「あ、うん、そうだな。カイル君、少し話をしようか」

 カーバイン公爵が流石の押しの強さを発揮して、速やかにカイルを別室へと連れて行き、フィオナも人々の視線を緩やかに受け流しながら舞踏会の会場を出る。
 姉の元へ駆け寄ろうとしたシリルが、物見高い人々に囲まれて笑顔で対応しているのも見えたから、後のことを任せてもいいだろう。
 フィオナは、少し一人になりたかった。
 さすがに驚いたから。

 使用人や警備兵たちにまで気を遣われているのを感じながら、人のいない中庭を目指す。
 噴水のそばのベンチに座り、近くにある燭台の光を反射する水をながめながら、小さくため息をついた。


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