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ドーバス侯爵家の婚約者 【過去】
(19)運命の裏側
しおりを挟む「姉さんも気付いたんだよね? あの令嬢の顔立ち、見た瞬間に『あっ!』と思ったよ。似ているよね、ロージス伯爵に。並んでいると本当にそっくりだったね。父方の祖父があの強欲ジジイだなんて、知ってしまうと甘い溺愛恋愛物語と思っていたものが、生臭い政略的打算そのものに思えてくるよね」
「……お母様。お菓子も美味しいです」
「え、ええ、そうでしょう! あなたも召し上がる?」
「あー、うん、いただこうか。実は私もこれが好きでね。あっさりしているから、いくらでも食べられるというか……!」
「あ、僕はもういいです。食欲がありませんから。……姉さん、この先の話、聞く気ある?」
シリルは姉をじっと見る。
ゆっくりと顔を上げたフィオナは、完全な無表情のまま頷いた。
「ぜひ聞きたいわね」
「……姉さんなら、そう言うと思ったよ」
シリルはお茶のカップを遠ざけ、ぐったりとテーブルに顔を伏せた。
その隙に、気配を消したカーバイン公爵夫妻は、カップを手にそろりそろりと体ごと窓の方へと逃げている。
フィオナだけが、黙々とお菓子を食べ続けていた。
「……まだ姉さんがオーディルと婚約中だった半年と少し前、ロージス伯爵の周辺が少し騒がしかったんだ。いつもより人の出入りが多かった。でも、それが何を意味しているか気付かなかったよ。だって、あの令嬢は実家を追い出されていて、長く母方の祖母の家にいたからね」
顔を伏せているシリルは、しかし淡々と語っていく。
後妻から虐待を受けていた令嬢は、前妻の娘。その娘を庇わなかったどうしようもない父親は、ロージス伯爵の三男だった。
しかし若い頃から愚かな放蕩息子で、ほとんど家を追い出されたようなものだったらしい。
口先だけで初心な娘をたぶらかし、苦労させた上に病死した前妻の財産を食い潰すと、すぐに金持ちの娘と再婚していた。
「そう言うバカでクズな男だからね。ロージス伯爵家は完全に縁を切っていて、もちろん援助もしていなかったらしいんだよ。それがまさか、孫娘を利用してドーバス侯爵家と縁続きになるなんてね。……あのロージスの強欲ジジイ、僕が堅実に稼いでいる分野にも手を出そうとしてくるから、一度バッサリと切り付けてやったんだ。そうしたらあっちも嫌がらせをきっちりしてくるから、本気で全面戦争にしてやろうかと、水面下で少しずつ準備を……!」
「シリル。ロージス伯爵の周辺に出入りしていたのは誰なの?」
まだダラダラと続きそうだったシリルの言葉を遮り、フィオナが抑揚のない声で聞く。
テーブルに顔を伏せたまま、いつかのように低くうなったシリルは、ゆっくりと顔を上げた。
額がほんのりと赤くなっているが、表情を消した顔は極めて美しい。知的なエメラルドグリーンの目が姉を見つめ、静かに、しかしはっきりと告げた。
「ローグラン侯爵だよ」
「……あの男が、また動いていたとはな」
庭を見ながら、カーバイン公爵がつぶやいた。
でもいつの間にか椅子を窓辺に置いているし、絶対にフィオナの方には目を向けない。
公爵夫人エミリアは夫に笑顔でお菓子の皿を渡しているが、やはり娘フィオナへは目を向けなかった。
静かな音がした。
シリルがそっと目を向けると、お茶を飲み終えたフィオナが扇子を広げているところだった。
ひらり、ひらりと扇子を動かして風を送っているが、そのエメラルドグリーンの目は冷ややかに輝いている。
「……私、オーディル様が幸せな運命と出会ったと思って、心から祝福していたのよ」
「う、うん、そうだろうね」
「浮ついたオーディル様が、ようやく落ち着いた人生を得たのだから、本当に喜ばしく思っていたわ」
「そこまで考える姉さんは偉いと思う」
「…………なのに、あの男が仕組んでいたの?」
「えっと、でも、二人はとても幸せそうだったから、運命の出会いはした、のだと……思う、よ?」
「だったら、なぜあの男が、またコソコソと動き回っているのよっ!」
フィオナが声を荒らげ、パシリと扇子を閉じた。
びくりと震えたシリルは、身を縮めて気配を消そうとする。
しかし、窓の外を見ているカーバイン公爵は、気の抜けたようなため息をついただけだった。
「つまり、あれだな。我らはまた、あの男にしてやられたと言うわけだ。有望な男が出てきたものよ」
「あなた。なぜ笑っていますの?」
「もう笑うしかないじゃないか。我らにやる気がなかったとしても、ここまで鮮やかに出し抜かれると、怒る気にもならないぞ」
「娘の一大事なのですよ!」
「その『一大事』が六度目ともなると、こうなる運命だったとしか思えなくなる。……うん、もう結婚を急がせることはやめよう。無理に縁談を進めようとするから壊れるのだ。そのうち必ずいい相手が現れる。フィオナはそう言う運命の元に生まれたのだよ」
「あなた、逃避しないでくださいませっ!」
エミリアが、夫を叱りつける。
それでもカーバイン公爵の諦念は薄れることはなかった。
シリルはいつになく目を冷たくしている姉を見ていたが、はぁっとため息をついて冷え切ったお茶をちびちび飲み続けた。
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