婚約破棄おめでとう

ナナカ

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カボルト伯爵家の婚約者 【過去】

(14)誠実な男

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 十五歳になったフィオナに、新たな縁談がもたらされた。
 五人目の婚約者候補は、カボルト伯爵の長男アロンだった。
 王家から紹介され、カーバイン公爵が念入りに調査を行っても埃は立たなかったらしい。
 フィオナは父親から相手の名前を含めた略歴を告げられながら、弟シリルの表情に注目していた。

「まあ、そういうわけで悪い噂が全くない男で……フィオナ? 何を見ているのだ?」

 別のところを見ている娘に、カーバイン公爵は首を傾げた。
 視線をたどり、フィオナがシリルを見ていると気付くと表情を和らげた。

「もしかして、シリルの表情を見て判断しようとしているのか?」
「はい。どうやら、悪い相手ではないようですね」

 フィオナはそういうが、不満そうに黙り込んでいたシリルは整った口元を少し歪めてため息をついた。

「……今の所、文句のつけようがないかな。年齢は姉さんと五歳しか離れていないし、性格は穏やかだし、女性関係は昔はちょっとあったようだけど、ここ最近は綺麗なものだよ。何より、僕はこの人のことはよく知っているんだけど、本当に誠実な人なんだよね。どうしようもないよ」

 十三歳になり、誰もが思わず足を止めて振り返ってしまうような美少年になっているのに、今日のシリルの表情は暗い。
 そして、重い口調なのに語り始めたら一気に続く。
 ほとんど愚痴のような話し方だが、よく聞くと否定的な言葉は一つもない。フィオナにとっては、そこが重要だ。
 カーバイン公爵はゆったりと深く座り直した。

「シリル。お前はフィオナの縁談を壊したかったのか?」
「当然でしょう。姉さんはまだ、慌てて婚約しなければいけないような年齢ではありませんから。もっとゆっくり、じっくりねちねち、隅から隅まで調査をしつつ、姉さんに相応しい相手を探してもいいんじゃないですか?」
「それはそうなのだがな。……フィオナは公爵家の娘だ。何度も余計なことがあったせいで『結婚できない女』などとけしからんことを言って笑う馬鹿もいるのだ。フィオナの名誉のためにも、結婚は早いに越したことはないのだぞっ!」
「え、ちょっと父上!? それ、姉さんの前で言うんですか……っ?!」

 シリルは慌てて振り返っているが、フィオナは全く気にしていない。
 結婚できない女。
 今の所はその通りだ。文句をつける気にはなれない。むしろ端的でいながら適切な表現たと感心している。

 だが、フィオナの関心はすぐに本題に戻った。
 今度の婚約者候補は特に欠点のない人物らしい。美しい容姿にあわず、父親似の腹黒政治家になりつつあるシリルが、極めて念入りに、じっくりねちねちと粗探しをしても無駄骨だったくらいに誠実な人らしい。
 ならば、結論は一つではないか。
 フィオナは父親に対して、丁寧な礼をした。

「良い相手を探していただきました」
「姉さん?! いくら欠点が見つからないからって、この場で即決しなくてもいいと思うよ! 実際に何度か会ってみてから決めた方が……!」
「こういうものは直感で決めるものでしょう?」
「え、そうなの? そういうものなの? ……いや違うよね?!」

 シリルは頭を抱えてぶつぶつ言っているが、徹底的に反対するつもりはないらしい。
 そのことが、ますます今回の相手の誠実さを裏づけている。
 フィオナは安心していた。



 カボルト伯爵の長男アロンは、確かに誠実な青年だった。
 顔立ちは、あえていうなら平凡。よく言えば親しみやすく、悪く言えば美形揃いのカーバイン公爵一家に混じると明らかに見劣りする。
 しかし、短所らしい短所はそれだけだ。

 あくまで平凡な容姿というだけで、不快感を与えるような顔ではない。
 年齢はほどよく近く、ほどよく年上でもある。五歳離れているのは十分に歳が離れているのではないか、というシリルの反論もフィオナには通じない。
 一時は二十歳年上の男性と婚約していたこともあるのだ。五歳差など、同年代の範囲である。

 しかしこの最良と思われた婚約も、三ヶ月しか続かなかった。



   ◇◇◇



「……カボルト伯爵のバカ息子がな。婚約を破棄してほしいと父親と一緒に謝罪しにきたのだよ」

 執務室に呼ばれたフィオナは、うんざりした顔の父親に首を傾げた。
 すでに姿勢を正して威厳を保とう、などという努力を放棄している父カーバイン公爵は、机に肘をついた右手に顎を乗せていた。
 子供たちと同じエメラルドグリーン色の目は、窓の向こうの空をぼんやりと眺めている。

「わざわざ、朝一番に王宮の私の部屋の前に待っていてなぁ……。正装しておったぞ。何事かと中に通した途端に、父子揃って申し訳ないとばかりで、一体何事かと思ったぞ」
「婚約を破棄してくれと頼み込むなんて、いったい何があったのです? ……まさか、女関係ですか? そんな甲斐性、あの人にあったかなぁ」
「誠実さはあったぞ。運命の出会いをして、恋をしてしまったのだそうだ。慰謝料はこちらの言い値でいいそうだ。シリル、どのくらいが相場だと思うか?」

 だらりとした姿勢の父親の言葉に、呆れ顔をしていたシリルが表情を改めて真剣に考え込んだ。
 しかし考え込む時間は長くはかからない。
 すぐに顔を上げて、執務室の棚から地図を取り出して、机の上に広げた。

「カボルト伯爵家は裕福ですからね。この銀鉱山一つで手を打ったらどうですか?」
「……鉱山なぁ……あれは管理は面倒だぞ。風景のいい田園地区を一つくれという方がいいのではないか?」
「風景のいい田園というと、カボルト領ではルエ地区あたりですか? いやー、それはどうかなぁ。あそこまで離れた飛び地なんて、それこそ管理が大変ですよ。でも、確かに鉱山の管理は面倒ですね。それなら、鉱山の利益を六割寄越せというべきかな」
「八割というかと思ったが、意外に弱気だな」
「まだ婚約を正式に公表していないですからね。まあ貴族連中はほとんど知っていますが、表面上は姉さんの経歴に傷はついていないということで。カボルト領の銀鉱山から上がる利益は大きいですから、六割でも姉さんの老後の資金まで十分だと思います」

 そこまで話して、シリルは姿勢を正して軽く咳払いをした。
 今まで一言も口を挟んでいない姉に向き直り、顔色をうかがいながら弱気な微笑みを浮かべた。

「……という感じで、どうかな。姉さん」
「悪くないんじゃないかしら。でも六割なんて、アロン様の生活に響いたりは……」
「うん、そういう優しさは必要ないと思うよ。カボルト家は本当にすごいから。もっとむしり取れというなら、僕も反対はしないし、むしろ積極的に……!」
「六割でお伝えしてください。お父様」
「…………フィオナが言うのなら、それで手を打とう」

 相変わらず、だらりと肘をついた姿のまま、カーバイン公爵はため息をつきながら、頷いた。

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