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すべては運命のままに
(終話)運命
しおりを挟む「アルヴァンス殿、しっかりしてください」
仕方なくアルヴァンス殿を介抱することにした。
アルヴァンス殿は意識を手放す寸前のようだ。ぐったりと壁際の長椅子に沈んでいる。
その一方で、私の体に回した腕の力だけは緩まない。たおやかな貴婦人なら気絶しかねない力だ。幸い私は頑丈で、アルヴァンス殿が滑り落ちない程度に支える腕力もある。
それでも、飲ませた人間が最後まで責任を持って欲しいと思うのは我がままだろうか。
ついファドルーン様をにらんだが、見守るだけで義務は果たしているとでもいうように、無責任な笑顔で酒杯を掲げられてしまった。
もう何度目かわからないため息をつき、私はアルヴァンス殿の背中をぽんぽんと叩いた。
「アルヴァンス殿。寝るのなら部屋に行ってください」
「……あなたの寝室に連れて行ってくれますか?」
私を抱きしめる腕に、また力がこもった。肩にもたれかかっていた頭が少し動き、私の首に鼻先をすり寄せてくる。私はそれを容赦なく押しのけた。
「私の部屋は救護室でも拘留所でもない」
「ならば、このままがいい。あなたの体温を感じながら眠りたい」
……今日初めて、アルヴァンス殿に口説かれた。
酔えば老若問わずに口説いていたから、今日はずいぶん遅かったのだなと考える。今までずっと三人がかりで飲まされていたのだから当然なのだろうが、やっといつものアルヴァンス殿になったようだ。
そんなことをぼんやり考えていると、アルヴァンス殿はよろけながら顔をあげ、私の頬を両手ではさみこんだ。
「本当に、私と結婚するつもりですか?」
「定めに従うのが我がマユロウだ。あなたはお嫌なようだが」
「……嫌ではありませんよ。本当は嬉しいんだ。でも私には、皇帝陛下を拒絶できる力はない。マユロウの援助がなければ立ち行かない貧乏貴族で、誇るほどの資質もない。あなたを支えることも守ることもできない。こんな情けない男は……あなたのそばにいる価値はない」
銀水色の目を伏せて、極めて端正な顔を苦しそうに歪ませる。
こんなアルヴァンス殿は初めて見た。素面でも泥酔でも、前向きで明るい顔を貫いていたのに。今までこんな顔を隠していたのだろうか。こんなつまらないことを気にしていたのだろうか。
「今日のアルヴァンス殿は少しおかしいな。悲観的すぎる」
「飲みすぎたのですよ。あの方々は手加減を知らないから。……だめだ、あなたに何を言うべきだったか、わからなくなってきた」
ふらつきながら私の肩を椅子に押しつけ、アルヴァンス殿は私に顔を寄せてきた。
反射的に逃れようとしたが、両頬を固定されて動けない。
赤い髪が私の額に落ちてきて、彼の荒い吐息がまぶたにあたる。ふらふらと目元や鼻先に触れた唇は、私の抗議の言葉を封じるように深く口付けてきた。
酒の味がする唇が執拗に触れてくる。
あまりの息苦しさに、私は押しのけようとした。
しかしそうするより早く、手袋をはめた左手がアルヴァンス殿の襟首をつかんで引き離した。
「メトロウド殿」
「さすがに目に余る。さっさと寝てしまえ」
苛立たしげな舌打ちを聞きながら十分な息をつき、私は冷たい床の上で仰向けに転がされたアルヴァンス殿を見やる。
メトロウド殿の動きはいささか乱暴だった。頭を打っていないだろうかと心配していると、薄く開いた銀水色の目が私をとらえた。
とてもきれいな目の色だ。
ふとそう考えた時、アルヴァンス殿が微笑んだ。
「……カジュライア。あなたが好きだ」
私の名を、ことさらゆっくりとつぶやいた。
しかし目は再び力を失ってまぶたに隠れ、そのまま寝てしまった。
その姿を冷たくにらみつけ、メトロウド殿は右肩に担いでいた抜き身の剣を一振りして歩き去った。
宴の間に、また剣を打ち合わせる音が戻った。騒々しい歓声があがる。聞こえてくる名前は、メトロウド殿とカラファンドだ。父の剣舞以上に激しい音が響いているから、二人で本格的な剣の打ち合いをしているらしい。
しかし私は、そういうことが全く気にならなかった。
端的に言って、私は動揺していた。
……なんてことだろう。
私はアルヴァンス殿に口付けされたことより、名前を呼ばれたことに落ち着きを失っていた。
どんなに酔ってもライラ・マユロウとしか呼ばなかった彼が、初めてカジュライアと呼んでくれた。今はハミルドもそう呼んでくれないのに。
もしかして、彼は今後ずっとカジュライアと呼ぶのだろうか。
ああ、そうに決まっている。彼は私の夫になるのだから。
急に頬が熱くなる。いつの間にか横に来ていたルドヴィス殿に注がれるままに、私は葡萄酒を続けて三杯飲み干した。
私の夫は決まった。
だが、三人の元求婚者と都の皇帝陛下は、私をそっとして置いてはくれないだろう。
もちろん私も、ただ座って待っているだけの女ではない。すべてを利用して我が身とマユロウを守る。私はそういう女だ。
かつて悲劇の女と呼ばれた私だから、今度は五人の男を手玉に取る悪女と呼ばれるかもしれない。
私は気の合う夫を得て、領主としての人生を全うしたいだけなのに。部不相応な求愛者など、いいことは一つもない。
こんな訳のわからない状況なのに、床の上で酔いつぶれて寝ているアルヴァンス殿を見ているとなぜか心が温かくなる。笑みが浮かび頬が赤くなるのは、酔いのせいだけではないはずだ。
私は近くにあった毛布を手に取り、アルヴァンス殿の横に膝をついた。
「……こういう運命は悪くないですよ」
例えそれが不正により人工的に作られたものであっても、私の運命であることには間違いない。むしろ好ましい。……アルヴァンス殿の笑顔を失わずにすんだのだから。
かろうじて残る理性でそんなことを考える。ああ、私も歯止めが効かなくなっている。飲みすぎたようだ。
ふうっと息を吐いた私は、酔いに任せて乱暴に毛布をかけた。
それでも目を覚まさないアルヴァンス殿の赤い髪を指ですくい上げ、毛先にそっと唇を押しあてた。
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