36 / 46
変化
(35)選択方法
しおりを挟むカドラス家のルドヴィス殿が館に来ると、いつも空気が華やぐ。
ルドヴィス殿自身が華やかな美貌の方と言うのはある。それ以上に「ささやかな土産」がすばらしいのだ。
私に会いに来ているというのに、私よりも先に父の側室方が集まってくる。私の母も例外ではなく、いそいそと客間へとおもむく。
私が館内のそうした動きで初めてルドヴィス殿が来ていることを知ったりすることも少なくない。侍女たちも毎回、私に取り次ぐ前に他の方に捕まってしまうためだ。
今日も私は空気の変化でルドヴィス殿の訪問を知った。
だが、今日は気分が乗らなくて、私は自室からでようとはしなかった。わざわざ他の方が押しかけている客間まで行かなくても、そのうち……どのくらい後になるかはわからないが、ルドヴィス殿は私の部屋までやって来る。
私は本を開いたままぼんやりとしていた。階下で華やかな笑い声が起こっている。読むともなしに本のページを繰る。目は文字を追うが、全く頭に入らない。それでも私は本を眺め続けた。
どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
「お久しぶりです。ライラ・マユロウ」
私はすぐ近くで聞こえたその声でようやく顔を上げた。いつの間にか、ルドヴィス殿が横に立っている。
「これは失礼。いつお入りに?」
「少し前に。ずいぶん熱心にお読みになっている」
ルドヴィス殿は華やかな笑みを浮かべ、イスに座った。見ればテーブルには茶の用意ができている。侍女も入っていたらしい。さすがに私は苦笑した。苦笑しながら本を閉じる。
「全く聞こえていなかった。母上方がお会いになっているのまでは知っていたのですが」
ルドヴィス殿は軽く肩をそびやかし、香り高い茶を手にする。
「ところで、本の内容以上に気にかかることがあるようですが、解決はしましたか?」
やはり気付いていた。私も茶を口に含んだ。
この茶葉も、確かルドヴィス殿の手土産だったはずだ。珍しい香りがする。味はマユロウの薬師たちが煎じるものに似ているが、この香りは段違いに素晴らしい。いい気分になって、考えていたことを正直に言ってみた。
「求婚いただいてから、もう半年以上経っていますからね。選び方を悩んでおりました。メトロウド殿は総当たりの決闘などと申されていましたが……」
「困りますね。私としては、財力以外はさほど得手としていませんからね」
ルドヴィス殿にしては弱気なことを言う。
そのくせ、顔を見ていると自信を失っているとは思えない。私もルドヴィス殿の長所が財力だけとは思っていない。広い視点と冷静な判断力と強い意思こそルドヴィス殿を輝かせている。
この方がいてくれるならマユロウは伸びるだろう。私が不得手とする分野を補ってくれるだろう。
ルドヴィス殿自身は、このマユロウでは孤立することもあるかもしれないが、私の全幅の信頼があればいつかは受け入れられる。ルドヴィス殿さえ耐えてくれるのなら、この方でいいかもしれない。
そう思う一方で、ルドヴィス殿を選んだ時の周囲からの横槍はどれほどのものになるかとも思う。財力と引き換えに誇りを売った領主という陰口は消えないだろうし、パイヴァー家がマユロウの内部に入り込みすぎるのも恐ろしい。何より、ルドヴィス殿自身が私に見切りをつけてしまえば、マユロウは無事では済まない。
ルドヴィス殿は、マユロウにとって劇薬だ。
それを忘れてはいけない。
同時に、私を普通の女のように甘えさせてくれる人でもある。
それがひどく心地よく感じてしまうのは、私の心が弱っているからだろうか。次期マユロウ伯となる身で、なんとも情けないことだ。
「……やはり、くじ引きかな」
私は投げやりにつぶやいた。
ルドヴィス殿は口元だけで笑ったようだった。
「アルヴァンス殿が辞退したとはお聞きしているが、ずいぶん切羽詰まられている」
「ファドルーン様と皇帝陛下が直通で、私を近くに呼び寄せるためだったと知ってしまったので……」
ため息をついて何気なくそう口にしてから、まだルドヴィス殿は知らないはずだったと気付く。気を抜き過ぎたようだ。しかしルドヴィス殿は驚いたようすもなく頷いていた。
「……ルドヴィス殿は、もしかして知っておられるのですか?」
「ファドルーン様の意図までは存じ上げなかったが、皇帝陛下云々はありえる話だと思っていた。陛下はファドルーン様と同様に好奇心に富んでおられ、あなたのように金のかからない自立した女というものを見たことがないから」
つまり、宮廷や後宮には、金のかかる頼りなくて可愛い女ばかりということなのだろうか。
マユロウで生まれ育った私には想像もできない世界だ。都の貴族に生まれなくて良かったとしみじみと思ってしまう。
「それでどうされる? ファドルーン様を断れないまま、皇帝陛下の御寵愛を受けるのか?」
「……全ては定めのままに」
私の言葉は、わが国ではよく使われる言葉だ。だがこの場合、私が自分の意志で夫を選ぶことの放棄を意味する。
そうだ。私はくじを使うことにしたのだ。
ただのくじ引きであっても、この辺りでは神の思し召しを示す運命そのものと扱われている。だから逃避ではなく、正統な選択方法だ。……気分は間違いなく逃避だが。
ルドヴィス殿はため息をついた。
「くじ運はあるほうですが、何人で争うのです?」
「もちろんファドルーン様とメトロウド殿と、ルドヴィス殿」
「アルヴァンス殿は?」
私はルドヴィス殿が何を言いたいかがわからなかった。ルドヴィス殿は私を見つめてからふと優しい笑みをのぞかせた。
「アルヴァンス殿はあなたの逃げ道だ。選択肢に入れておくほうがいい。……私としても、アルヴァンス殿相手の略奪なら負ける気はしないから、勝率があがって好ましい」
この方は、本当に私を甘えさせる天才だ。私が欲しい時にためらいなく手を差し伸べてくれるから、いつもの気負いを忘れて頼りたくなる。
しかし、その後半の言葉は……まさかとは思うが、この不穏な発言は愛人への立候補予告というものだろうか。
一瞬悩んだが、私は考えるのもいやになっていたから、何も答えないままにした。
2
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
【完結】用済みと捨てられたはずの王妃はその愛を知らない
千紫万紅
恋愛
王位継承争いによって誕生した後ろ楯のない無力な少年王の後ろ楯となる為だけに。
公爵令嬢ユーフェミアは僅か10歳にして大国の王妃となった。
そして10年の時が過ぎ、無力な少年王は賢王と呼ばれるまでに成長した。
その為後ろ楯としての価値しかない用済みの王妃は廃妃だと性悪宰相はいう。
「城から追放された挙げ句、幽閉されて監視されて一生を惨めに終えるくらいならば、こんな国……逃げだしてやる!」
と、ユーフェミアは誰にも告げず城から逃げ出した。
だが、城から逃げ出したユーフェミアは真実を知らない。
お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!
友坂 悠
ファンタジー
この先はファンタジー色が強くなりすぎて恋愛ジャンルではどうかとの思いもあって完結させていましたが、ジャンルを移し連載再開することにしました。
よろしくお願いします。
「君を愛する事はできない」
新婚初夜に旦那様から聞かされたのはこんな台詞でした。
貴族同士の婚姻です。愛情も何もありませんでしたけれどそれでも結婚し妻となったからにはそれなりに責務を果たすつもりでした。
元々貧乏男爵家の次女のシルフィーナに、良縁など望むべくもないことはよく理解しているつもりで。
それでもまさかの侯爵家、それも騎士団総長を務めるサイラス様の伴侶として望んで頂けたと知った時には父も母も手放しで喜んで。
決定的だったのが、スタンフォード侯爵家から提示された結納金の金額でした。
それもあって本人の希望であるとかそういったものは全く考慮されることなく、年齢が倍以上も違うことにも目を瞑り、それこそ両親と同年代のサイラス様のもとに嫁ぐこととなったのです。
何かを期待をしていた訳では無いのです。
幸せとか、そんなものは二の次であったはずだったのです。
貴族女性の人生など、嫁ぎ先の為に使う物だと割り切っていたはずでした。
だから。縁談の話があったのも、ひとえに彼女のその魔力量を買われたのだと、
魔力的に優秀な子を望まれているとばかり。
それなのに。
「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」
とこんなことを言われるとは思ってもいなくて。
まさか世継ぎを残す義務さえも課せられないとは、思ってもいなくって。
「それって要するに、ただのお飾り妻ってことですか!?」
「何故わたくしに白羽の矢が立ったのですか!? どうして!?」
事情もわからずただただやるせない気持ちになるシルフィーナでした。
それでも、侯爵夫人としての務めは果たそうと、頑張ろうと思うのでしたが……。
※本編完結済デス。番外編を開始しました。
※第二部開始しました。
あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。
※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。
元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。
破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。
だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。
初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――?
「私は彼女の代わりなの――? それとも――」
昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。
※全13話(1話を2〜4分割して投稿)
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる