17 / 46
求婚者たち
(16)本音と目的
しおりを挟む三人の求婚者と初めて顔を合わせた後のことは、とても素面では語れない。
父はひたすら威厳ある傍観者に徹し、私はとにかく居心地の悪いときを過ごすことになった。
私の求婚者たちは、大変に美しい容姿をしていた。
この点は断言できる。三人の貴公子は、最高級の美貌を持っている。
最悪の状況にいながら、私は純粋に賞賛することができた。
しかし、三人の貴公子はライラ・マユロウたるこの私の夫候補に名乗りを上げただけあり、一言で語り尽くせるような人間ではなかった。お互いに私に求婚している存在と知ると、こともあろうに腹を割って話し始めたのだ。
「下世話な言い方をすれば、私はライラ・パイヴァーを母に持つ。父たるカドラス伯は、このマユロウと中央街道の平安を保ちたいと考えている。……利益を分けるかわりに、マユロウ家の軍事力をあてにしているということです。その見返りの一つがパイヴァーというわけだ」
カドラス家のルドヴィス殿は、華やかな美貌とは落差のある鋭い目でゆったりと座を見回した。
その物言いも、あまりに華麗な容姿とはかけ離れているほど不遜だ。
それがカドラス伯の血によるものなのか、パイヴァー家の血なのか、私にはよくわからない。
ただ、当事者である私を目の前にして平気で下心を口にできる人物であり、私がわずかに出してしまった表情を見て優しく微笑むような感覚の持ち主というのはよくわかった。
腹が立つ男だ。カドラスを名乗らず、あるいは私の求婚者でなければこの場で追い出していた。
「我がエトミウ家は、ライラ・マユロウにいらぬ恥をかかせてしまいました。それを償うべく、ライラ・エトミウの子たる私が求婚します。やはり不穏な芽は完全に摘んでおく必要がありますからね」
エトミウ家のメトロウド殿は、優美な仕種で顎に触れ、穏やかにそう言った。
繊細な容姿にふさわしい言動に思えるが、私にはとりあえずマユロウ家と仲良くしたいだけだという傲慢さともとれたし、自身が婿に入るかわりに境界付近の領地はエトミウに、という思惑が見えるような気がする。
いや、そう気付かせているのだろう。
騎士が剣の柄に手を置いてさりげなく威嚇するのと同じだ。ハミルドの従兄のはずだが、実にエトミウらしい人物だ。あの食えないエトミウ伯と共通する。だがエトミウならば、こうであるべきだろう。我がマユロウも似たようなものだ。
「私は皇族の末端にいるが、私自身の財はほとんどない。マユロウ家は都からも遠いですからね。安定した優雅な生活と、政争から離れた平和は何物にもかえがたいと思っています。マユロウならば、軍事力もあるから私を守ってくれるだろうと期待しています」
皇帝陛下の甥に当たるファドルーン様は、人形めいて見える整った顔なのに、言葉は妙に生臭い。
それに、マユロウが都から遠く離れているからという理由で選ばれたかと思うと、あまり嬉しくはない。吟遊詩人たちがこぞって歌にした婚約者に捨てられた一件が、この気高い血を引く方の興味を引いてしまったことは間違いないだろう。ハミルドのためとはいえ、少々やり過ぎてしまったようだ。
しかしこの方、よく見るとかなり若いようだ。私よりも年下なのは間違いないだろう。その彫像のような外見に合わず、あの目の表情はかなりすれていると見た。
三人の言葉は、それぞれの外見とはどこか異なっている気がする。間違っても、求愛する相手に聞かせるべきではない発言だった。
普通のたおやかなご令嬢なら、この時点で失神している。それくらい、麗しい容姿の殿方の辛辣な言葉は衝撃的だ。もちろん私は、この程度のことで失神するような女ではない。逆に予想外の展開に興味を持ってしまった。
そういう効果を狙ったのなら、最初に口を開いたルドヴィス殿は相当の策士だ。その流れに自然に乗ったメトロウド殿は、やはり私の性格をエトミウ伯からよく聞いているのだろうか。
しかし狙ってのこととしても、ファドルーン様の物言いはあまりにもひどいと思う。
そんなことを考えつつ、私はひたすら黙していた。
口数の少ない女を演出したわけではないし、がらにもなく恥じらって見せているのでもない。
「婚約者に捨てられた女」として同情を買っていたときもそうだが、言うべき言葉が見当たらないとき、私は敢えて口を開くことを選ばない。拙い言葉しか出てこない口下手だからだが、うまい言葉が見つからなくても頭は動く。当初の予想より興味深いとは言え、この苦境をどうやって乗り切るかを考える。
だが今回は、考えても考えても、この最悪の事態を好転させる名案は思いつかなかった。
お互いに腹の中を見せた三人だから、今更足を引っ張りあうことはしないと思うが、かと言って三人が同時に揃っている状況を嬉しいとは思えない。
困った……。
こっそりとため息をついて目を動かすと、父が今にも鼻歌を歌いそうな目をしていることに気が付いた。こういうときはろくでもないことを思いついている。
「お三方。私の提案を聞いていただけますかな」
父は、自分の発言を歓迎していない私を敢えて無視し、三人だけをゆったりと見渡した。
「我がマユロウとしては、誰をお迎えすることになっても不足はない方ばかり。それに、三人の方の前ではどんな態度の差も許されまい。どなたを選んでも我がマユロウ家にとってはよいことばかりですが、こういうときにこそ娘の意志が尊重されるというもの。……全ての意味において、ですよ」
どうやら父は、私に選択権を完全に押し付けるつもりらしい。だが、父の発言を止めるようないい言葉はまだ見つからない。
「故に、娘とは一日に一人ずつ、会うようにしていただきたい。お三人は、それぞれ三日に一度娘に会うのです。毎日ただ漫然と会うより、少し時間を置く方がお互いを理解できることもある」
父の言葉をどう遮るかを考えていた私は、結局発言をあきらめた。
何とも傍観者らしい言葉ではないか。
確かに、求婚者方には良い方法かもしれない。だが毎日毎日興味のない方々のために時間を作り、中二日で同じ人に会い続けるなんて、私にとっては拷問にも等しいのではないか。お互いに理解しあったところで、私を気に入るような物好きがいるとも思えない。
父はつまり、困惑する私を肴に酒を楽しむつもりなのだ。
だが、父の提案にも一理ある。
政略尽くで結婚相手を選ぶ時には、お互いにどの程度のルールを作れるかがあらかじめわかりあう必要がある。その点では、比較しながら思想を探るのは悪いことではない。
身もふたもない言い方をすれば、愛人をどこまで容認できるか、などだ。こういうことは重要な問題になる。もちろん、私は愛人を作るような性格でない。そんな面倒なことをするつもりもない。
だが、夫となる人がどういう考えを持っているかで長い夫婦生活は変わってくるだろう。
父のように側室を何人も持つタイプか、義理堅く正妻一人あるいは側室一人で終るか。次期マユロウ伯の夫にそんな自由が許されるのかという問題はあるが、過去に前例がないわけではないのだ。
しかし……こうなったら誰かを選ばなければならないが、一体どうやって選べばいいのだろう。
私はうんざりと天井を見上げた。
1
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
たとえ貴方が地に落ちようと
長岡更紗
恋愛
貴族の屋敷で働くサビーナは、兄の無茶振りによって人生が変わっていく。
当主の息子セヴェリは、誰にでも分け隔てなく優しいサビーナの主人であると同時に、どこか屈折した闇を抱えている男だった。
そんなセヴェリを放っておけないサビーナは、誠心誠意、彼に尽くす事を誓う。
志を同じくする者との、甘く切ない恋心を抱えて。
そしてサビーナは、全てを切り捨ててセヴェリを救うのだ。
己の使命のために。
あの人との約束を違えぬために。
「たとえ貴方が地に落ちようと、私は決して貴方を見捨てたりはいたしません!!」
誰より孤独で悲しい男を。
誰より自由で、幸せにするために。
サビーナは、自己犠牲愛を……彼に捧げる。
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる