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第四章
(28)報告
しおりを挟む「……という感じで、お父様が出張から戻り次第、正式に破棄されることになりました」
いつもの廃屋の井戸の横で、私は「お兄さん」こと「ノルワーズ公爵閣下」に報告を終えた。
もちろん、破棄されるのはオクタヴィアお姉様とクズセレイス様の婚約だ。
舞踏会の翌日、ゼンフィール侯爵から丁寧な謝罪状が届き、さらに侯爵様本人が直接謝罪しにきてくれた。
その結果、セレイス様は我がアズトール伯爵家には出入り禁止になり、近いうちに王都から領地へ移送されるらしい。
実にめでたい。
早くお父様が戻って来ますように!と祈る私は、最近はすっかりストレスから解放されていた。
でも、お兄さんにはいろいろお世話になったので、すでに詳細を把握しているとは思いつつ、直接報告しておこうかなと考えた。
で、三日前。
井戸に向かって「三日後にお会いしたいです!」と叫んでおいたら、こうしてお兄さんに会うことができた。
相変わらず目つきが鋭くて不機嫌そうな顔をしているけど、いい人だ。
ちなみに、今日のお兄さんは大きな犬を侍らせている。
普通の大型犬より、少し大きめの体長だ。とても美しい犬で、井戸に到着した時は思わず歓声をあげてしまった。
……でも、当然というか、あの犬、絶対に普通の犬ではないと思う。
黒い毛並みはありえないほど真っ黒すぎるし、目に縦の虹彩が入っているし、何よりまぶしいくらいに銀色に光っている。草を踏んでいるのに、細い茎がぺたんと倒れきっていないのも絶対におかしい。
あれは普通の犬じゃない。魔獣が擬態しているのだろう。
もしかしたら「魔物」クラスかもしれないな……なんて思ってしまうほど、犬の目の光は強烈で、私を見つめる目は知的だった。
……まあ、そこは気にしないようにしている。
王都の平和と安定は、私の仕事ではないし、アズトール伯爵家の管轄でもないからね。
とにかく無事に報告を終えてほっとしていると、ふと見るとお兄さんが無言で持参した水筒の蓋を開けていた。
……なぜ、今そんなことしているのだろう。
ついその手元を見ていたら、やはり持参していたらしい木製のコップに水筒から何かを注いで私に手渡してくれた。
ふんわりと湯気がたっている。
とてもいい香りだ。
「高級そうなお茶ですね」
「まあ、高級だろうな。とある侯爵がわざわざ手土産として持ってきたものだから」
……とある侯爵様の、手土産品ですか。
なるほど。それは超級の高級品だ。どこの侯爵様かは絶対に知ろうとしてはいけないし、知りたくもない。
ということは、私の役目は毒見かな?
でも私は魔力ほぼゼロな体質だから、お兄さん用の魔力系毒は全く反応しない可能性が……。
「毒見はもう終わっている。……なぜ子供に毒見をさせるなどという意味不明なことを考えるんだ?」
お兄さんは心底不思議そうな顔をした。
いや、だってお兄さんはノルワーズ公爵閣下ですよ。王族様ですよ。しかも過去視もちなんて、すごい貴重で重要な人物じゃないですか。
「貴重で重要人物扱いされているのは否定しないが、だからといって子供に毒見させるほど横暴な権力者ではないぞ」
「では、このお茶はいったい?」
「……お前の話は長くなりそうから、茶を用意しただけだ」
「え、私、公爵閣下に気を遣っていただいたんですか。うわー、なんか感動です!」
「感動していないくせに、白々しい」
お兄さんはそっけなくそういって、自分用のコップに注いだお茶を飲んた。
私より先に飲んだから、お兄さんが私のために毒見したみたいになってしまった。ここまでしてもらったら、飲まないわけにはいかない。
私はそっと口に含んでみた。
「あっつ! こんなに熱いお茶が水筒に入っていたんですか! さすが公爵閣下!」
「この程度の魔術器具は、伯爵家にもあるだろう」
「あるかもしれませんけど、私には使えませんから」
「……そうだったな。魔力がそこまで少ないと使えないのかもしれんな。不便だな」
そんなに気を使わなくてもいいのに。
熱いお茶を飲みたければ、家で飲めばいいだけだ。他にも使えない魔術器具はいろいろあるけど、なくても困らない。
あったら便利かもしれないなと思うだけだ。
お兄さんは私をじっと見て、やがて小さく首を振って私の膝にポンと何かを投げてよこした。
綺麗な紙に包まれている。
開けてみると、中身は硬く焼いた焼き菓子だった。携帯用なのに、おしゃれお菓子だ。可愛い!
「いただきます!」
早速かじりつく。
歯で噛み割ると、バリッと大きな音がした。
……ふむ。たっぷりと甘くて、クルミが香ばしくて、お茶によく合いますね。こんなに美味しいお菓子があるなんて、さすが王都です!
純粋に感動しながら食べていると、お兄さんの隣にいた黒い犬が私をチラリと見て、大きなあくびをした。それから前脚をググッと伸ばすと、のそりと立ち上がった。
贅沢な甘さを堪能しながら、なんとなく眺める。
黒い犬は軽やかな足取りで歩いた。ふさふさの毛並みを擦り付けるように私のすぐそばを通って、どこかへ向かっていく。
淀みなく歩きながら、私を振り返った。銀色の目が私を見たようだ。長い尾がパタリと動いた。でもすぐに黒い犬は、ふわーっと広がる銀色の光に包まれて……唐突に、消えた。
……え? き、消えた?
私は数回瞬きをし、急に甘さを感じなくなったお菓子をごくんと飲み込んだ。
魔獣は形態を多少変えることはできるけど、姿を完全に消して別のところへ移動したりはできないはず。それとも、王都には転移魔術を使う魔獣が存在するの……?
「……あの、今のは……」
「気にするな。あれは王都近辺に棲みついているだけの、ただの魔物だ」
「…………ただの、魔物様ですか…………」
異界由来の生物のうち、動物に相当するのが魔獣だ。
その上位種に当たる存在が魔物で、魔力とか本気で暴れた時の被害の大きさは魔獣の比ではない。古語では「災厄を引き起こすもの」と表記されているくらいの、人間にとっては恐ろしい存在だ。
でも、お兄さんにとっては、王都近辺に棲みついているだけの存在らしい。
ふーん、そういうものなのか。
……いやいや、全然わかりませんっ!
頭を抱えていると、お兄さんが冷ややかに笑った。
「相変わらず、思考が丸聞こえだな。まだ思考封鎖術は習っていないのか」
「いや、習ってはいるんですが……」
私は口ごもり、今朝の光景を思い浮かべてため息をついた。
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