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第二章
(11)ストレスと散歩
しおりを挟む王都は今日もいい天気だ。なのに、私はとぼとぼと歩いていた。
最近、セレイス様の事でストレスを抱えている。
あの人は侯爵家の御坊ちゃんのくせに、妙にフットワークが軽い。ゼンフィール侯爵家でのお茶会以来、毎日お姉様のご機嫌伺いにくるようになった。
「リリーと一緒にいる時のオクタヴィアは、とても生き生きしているよ。そのせいかな、いつもより気楽に話せる気がする。もしかしたら、僕たちは思っていたよりずっと気が合うのかもしれないね」
セレイス様はそんなことを言っているから、誰も不審に思わないらしい。
ぞっとするほど調子がいい人だ。
しかもこの人、お姉様と話しながら、ふと私を見て笑いかけたりする。
無理に私に話を振る必要はないのにね。私が顔をひきつらせながら何か応えるたびに、うっとりと見なくてもいいんですよ?
……もう、毎日疲れる。同席しなくて済むのなら、どれだけいいか!
でも、お姉様とセレイス様はまだ結婚していない。だから二人が会う時には、妹の私が同席しなければいけないのだ。
私がいない間はどうしていたのかと言うと、王都在住の親戚の人たちに同席をお願いしていたらしい。親戚と言っても基本的には他家の人。毎日暇なわけではないし、拘束時間は短くないし、謝礼を用意しなければならないし……と、いろいろ面倒があった。
だから、まだぎりぎり子供の年齢で、オクタヴィアお姉様の妹である私は、同席者としては最適なんだとか。
まあ、それはわかる。
わかるけど……セレイス様の視線が不快だ。日々熱がこもっていく気がして耐え難い。
最近は、ちょっとお姉様が離席したら、その直後にするっと近くに来る。少し離れたところから見ると、きっと同席させられている婚約者の妹に気を遣っているだけに見えるだろう。姑息すぎる。
もちろんお姉様もセレイス様に気を遣っているようで、訪問を聞くとどんなに忙しくても飛んでくる。おかげでクズなセレイス様と二人きりで過ごす時間が少なくて助かるんだけど、それだけ気を使っているんだなと実感するというか。
もしかしたら、一時的な熱病みたいなものかもしれないから、あまり失礼な態度は取れないし。
セレイス様は、顔立ちも整っているし、王都の有力者である侯爵家の方だし、態度だって礼儀正しくて愛想が良くて、とても感じの良い爽やかな人なんだけど。
……私は女神様で、本当はドレスの裾に口付けをしたいらしい。それをすると流石に周囲にバレてしまうから、階段を降りる時にさりげなく私に手を差し出して、手に触れたと言って喜んでいる。
メイドがお菓子を追加で持ってきてくれなかったら、そのまま手を握られていただろうし、私はセレイス様を蹴り上げていた。
どこを、とは言わない。庶民育ちを甘く見ないでほしい。
本当に、もうさぁ……勘違いしないでくださいよ?
私はオクタヴィアお姉さまのために同席しているんだからね? 女神の微笑み? お姉様のために微笑んでいるだけだから。そこも勘違いしないでくれるかなぁ!
叶う事なら、視界にも入れたくない。
というか、お姉様に魅力を感じない時点で許しがたい。そのきらきらした黒い目は節穴ですかっ!
……という心の叫びを胸に貯め込み続けたせいで、私のストレスは人生最悪レベルだ。
その憂さ晴らしに、ちょっと屋敷を抜け出してお散歩を決め込んでも許されると思う。一応、お姉様宛に手紙を置いてきたし、護身用の魔道具も身につけている。
一人で身軽なお散歩を楽しむくらい、許してもらえるよね。……はぁ。
「何か面白い事ないかなぁ……」
お姉様の存在でも癒しきれないこの苦しさを、どこかにぶつけたい。
そう、ぶつけたい。
心に秘めるなんて、私の性格に合わないのだ。
せめて木に登りたい。高い木に登って、小鳥や虫に和んで、王都の風景を眺めたら元気になるかもしれない……。
うん、悪くないな。
「……よし、木を探そう!」
突然閃いた目的に、足が急に軽くなった。
うつむき勝ちだった顔をあげ、登り甲斐のありそうな大きな木を探す。
でも、ここは王都。木々はそれなりにあるものの、これというほど大きな木は見当たらない。普通の木ならアズトールの屋敷の庭にもあるから、それより大きくて枝の張りが良い木があれば……。
「お、あの木はいい感じ!」
私は足を止めた。
高い塀の向こうに、巨大な木が見える。住宅街の中にあるにしては、大きすぎるほどの木だ。庭木としては伸びすぎている。その分、枝が私好みによく張っていた。
改めて見回すと、その木のある場所は高い塀に囲まれていた。公園ではないようだ。個人のお宅なら木登りは無理だな。
でも諦めきれずに、塀に沿って道を歩いてみた。
この辺りは、商人階級の住宅地らしい。
でも……それにしては長く続いている塀は高すぎる気がする。
ぐるりと歩いているうちに、この塀に囲まれた場所は廃屋っぽいことにも気が付いた。
私が見初めた大木以外にも、伸び放題な木がある。石積みの塀は所々で壊れていて、その壊れた隙間から見える空間は、私の背丈以上の雑草が茂っていた。
正門と思しき場所は、鎖と板とで厳重に封鎖されている。
たぶん裕福な大商人が貴族を真似て、こっそり豪華に作ったお屋敷と言ったところだろう。
でも門の封鎖すら壊れかけているところを見ると、すでに住む人がいなくなって十年以上は経っていると推測できた。
これで今も人が住んでいるのなら、よほどの変わり者だ。
本来の目的だった大木より、訳ありっぽい家本体の方が気になってきた。だから、さらに周りを歩いていく。
と、その時。
不審な人物を見つけた。
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