3 / 15
(3)11年前の出会い
しおりを挟むジョシュア様は貴族だ。
だから、本来なら庶民である私の家とは全く接点がないはずの人だ。
でも一応、商人なら「親類です」と言いふらしたくなる程度の遠くて薄い繋がりはある。
私の母方の叔母さんはとても美しい女性で、身分を超えてとてもよい家に嫁いでいった。
その嫁ぎ先はある貴族の分家にあたり、本家の方の次期当主となる人の奥方様の弟がジョシュア様だ。
こういう繋がりは、一般的にはただの他人でしかない。
でも商人にとっては、とても貴重な繋がりだ。
この遠くて細い繋がりを武器として、お父様は嬉々としてジョシュア様と付き合いを始めた。
商人が欲しいのは、どんな名目であろうと確かな繋がりなのだ。
貴族であり、王国軍の騎士でもあったジョシュア様に取り入ったお父様は、ジョシュア様のお名前をお借りする。
その代わりに、商人として身の回りの品々を格安でご用意する。
没落気味の貴族と商人の、ありがちな付き合いだ。
でも十一年前、我が家はもう少し踏み込んだ縁を作ることに成功した。
十一年前。
それは私が初めてジョシュア様にお会いした年だ。
九歳になったばかりの私は、大人びたい気持ちの中に、ときどき子供のままでいたい気持ちが混じる複雑な年頃の子供だった。
その頃ジョシュア様は足を負傷して、しばらく療養しなければならなくなった。その時に私の家が療養先として選ばれた。
たぶん選ばれたと言うより、商人としての下心からお父様が熱心に売り込んだ結果だと思う。お父様はとても有能なのだ。
とにかく怪我が癒えるまでの数ヶ月間、ジョシュア様は私の家に滞在することになった。
大切な来客があると聞いて、一人娘としてわがままに育っていた私はこっそり見に行ってしまった。
日当たりのいい離れの一室で、ジョシュア様は明るい窓辺にテーブルを置いて、そこに座っていた。
今も素敵な貴公子だけれど、当時十九歳だったジョシュア様は本当にきれいな人だった。たっぷりと室内に入ってくる明るい光の中で、一つに束ねた長めのプラチナブロンドがキラキラと輝いていた。
横顔しか見えなかったけれど、すっきりとした鼻筋は完璧な形を作っていて、長い睫毛に縁取られた目は手元を真剣に見ている。
ゆったりと座っているように見えたのに、手だけが忙しく動いていた。
このきれいな人は何色の目をしているのだろうかとか、何をしているのだろうかとか、そういう興味に突き動かされた私は、周囲に誰もいないことをいいことに、こっそり部屋に入っていった。
ドアがゆっくりと開いても、忍び込んだ時に服のリボンがドアに一瞬ひっかかってガタンと音がしても、ジョシュア様は手を止めなかった。
でも目だけがちらりとこちらに向いて、私は思わず立ち止まった。
そんな私を見て、ジョシュア様は笑っていた。
その笑顔が優しく見えたから思い切って近寄っていくと、ジョシュア様は初めて手を止めて、近くにあった椅子をがたがたと動かして席を作ってくれた。
素直にそこに座った私は、ジョシュア様の左足が棒を添えた形で固定されていることに気付いた。
びっくりして足を見ていると、ジョシュア様は少し座り直して私へと体を向けた。
「えっと、君は、この家のお嬢さんかな?」
「は、はい、ジョシュア様!」
「おや、僕のことは聞いているの?」
「もちろんです! お貴族様のお客様ですよね!」
私が真面目な顔で答えると、ジョシュア様はぷっと吹き出した。
そのまま笑いながらテーブルの端から飴玉の入った箱を引き寄せて、私の前に置いてくれた。
「名前を聞いてもいいかな?」
「はい、リィナと申します」
「リィナちゃんか。ああ、飴玉をどうぞ。それから興味があるのなら、作業台に触らないならここにいていいよ」
「……見ていて、いいの?」
「このあたりでは、こういうのは作っていないはずだから、初めて見るんだろう? 手を出さないのなら、見ていていい。でも絶対に触らないように」
「はい!」
私が頷くと、ジョシュア様は笑いながら私の頭を撫でた。
それから、私が入ってくる前までのように手元に目を落として、無言で手を動かしていく。
カラカラとか、カタカタとか音がする。
それが止まると、長い指で器用に糸を引っ張りながら細い針を刺した。
また、カタカタカラリ、それから針をグサリ。
何をしているのかさっぱりわからなくて、私は思い切り体と首を伸ばした。
それでもよくわからないままだった私を手招きをして、ジョシュア様はすぐ横に立つことを許してくれた。
クッションのような台の上に、たくさんの針が刺さっていた。
その針に無数の糸が交差しながら絡んでいて、針を除けても糸が作っている形は崩れない。
白い糸の形を見ていた私は、思わず大きく目を見開いた。
「これ、もしかしてレースなの?」
「当たり。この糸巻きをこうやって動かしていくと……」
ジョシュア様が手を動かしてから針を刺していくと、細い糸は引っ張り合いながら少しずつ形を作っていく。
私の服にもついているレースに似ているけれど、それよりももっと細かくていろいろな形のあるレースになっていく。
魔法のようで、うっとりと見ていた私は、引き寄せられるように手を伸ばしていた。
0
お気に入りに追加
364
あなたにおすすめの小説
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!
参
恋愛
男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。
ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。
全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?!
※結構ふざけたラブコメです。
恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。
ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。
前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。
※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~
中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。
翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。
けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。
「久我組の若頭だ」
一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。
※R18
※性的描写ありますのでご注意ください
女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」
行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。
相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。
でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!
それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。
え、「何もしなくていい」?!
じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!
こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?
どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。
二人が歩み寄る日は、来るのか。
得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?
意外とお似合いなのかもしれません。笑
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる