婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ

文字の大きさ
上 下
52 / 54
番外編

一週間後の話(5)

しおりを挟む


 部屋に残っていたハーシェル様は、棚を勝手に漁ってコップを手に戻ってきます。その間に、若い騎士様が新たな名簿を持ってきてくれました。
 私が早速それを調べていると、ハーシェル様はまだポットに残っていたお茶を注いで、一口飲んで眉をひそめました。

「……濃すぎるな。まあいいか。奥方、君はずっと調べ物をしているらしいね」
「はい。アルチーナ姉様たちへのお祝いの手紙をたくさんいただきましたので、そのお礼状のために調べています」
「そう言うのは大変だよね。付き合いが全くなかった連中から来ると、どう言うことなのかといろいろ勘繰ってしまう。でも……」

 ハーシェル様はもう一口お茶を飲み、少し離れたところに積み上げられたままの記録冊子に手を伸ばしました。

「こちらは、本当に全く見ていないのかな?」
「あの、少しだけ……何ページかは拝見しました」
「少しだけ、か。ならば気付いていないのだろうな」

 ハーシェル様は低くつぶやいて、記録を閉じました。

「この戦功記録、実はオズウェルの項目が一番多いんだ」
「……そんなに多いのですか?」

 ちらりと中を見た時は、難しそうな戦争の始まり方しか読めていません。でも、そんなにたくさん載っていたなんて……と気を引かれます。
 ハーシェル様は、さらに武術大会の冊子を開きながら続けました。

「それから、この年の武術大会は、優勝はオズウェルなんだよね」
「……えっ」
「でも私のおすすめは、こちらの、十年前の大会の記録だな。騎士隊に上がったばかりのオズウェルが出たんだ。この年は激戦でね、残念ながら準決勝で負けたんだが、一番の熱戦だったとして特別賞を与えられたんだよ」

 すらすらと説明しながら、ハーシェル様は別の冊子を手元に引き寄せ、ペラリペラリとめくっていきます。
 でも、私がその手元を見つめてしまった瞬間に、パタンと閉じてしまいました。

「どうかな? 気になってきた?」
「……はい」
「でも残念だね。戦功記録も、武術大会記録も、全て揃っているのは軍本部だけなんだ」

 ハーシェル様は立ち上がり、戦功記録と武術大会記録をどんどん手に取って積み上げていきます。
 唖然として見ている間に全てを一つの山にして、そのまま持ち上げてしまいました。

「……あ」

 思わず声が出てしまいました。
 ハーシェル様はにっこりと笑い、一番上の記録をポンポンと叩きました。

「これを読みたいのなら、また軍本部に来る必要がある。次に来た時にでも、オズウェルに抜き打ちで、見せてほしいと言ってごらん。きっと面白い顔が見られるから」

 ……抜き打ち? 面白い顔?

「では、奥方。私も仕事があるのでこれで。帰るときは、オズウェルの副官か、その辺にうろうろしている騎士に声をかけてくれ。……まあ、頑張って」

 ハーシェル様はそう言って、記録の数々とともに部屋を出て行ってしまいました。


 残された私は、こっそり部屋の中を見回します。
 部屋の向こうでは、オズウェル様の副官らしい若い騎士様が書記官たちと何か打ち合わせをしていました。
 ……私は、ここにいてもいいのでしょうか。
 改めて場違い感に戸惑っていると、いつの間にかすぐ近くに控えてルーナと目が合いました。

「奥様。お疲れですか?」
「いえ……そうね。少し疲れたかもしれないわ」
「では、今日はきりの良いところで終わりにしましょう。こういう時は、少し仕事を残して置くくらいがちょうどいいと思いますよ。またすぐにお邪魔できますからね! ……うん、うっかり忘れ物をするのもいいですね。あ、副官さん、忘れ物を見つけても、すぐに追いかけてこないでくださいませ!」
「……あ、はい、そういうことなら……がんばります」

 まだ若い騎士様は、少し困ったような、少し情けないお顔になってしまいました。
 私、やっぱりご迷惑しかかけていないのでは……。

「えっと……つまり奥方様の忘れ物は、お二人がお帰りになってしばらくしてから、僕が見つければいいんですね? それを軍団長閣下にお渡しする、と。……となると、僕がお見送りで途中までご一緒しなければいけませんね。書記官の皆さんとの仕事が終わるまで、少し待ってもらえますか?」

 ……え?

「大変に良いと思います。旦那様にも、お仕事が終わってから奥様の忘れ物をゆっくり手に取っていただく時間もできますね! 今日はちょうど良い髪飾りですし、奥様の誘惑もなかなかのものでしたし、これは後を引きますよ!」
「ね、ねえ、ルーナ。いったい何のお話をしているの?」
「ふふふ。奥様、大丈夫です。このルーナに全てをお任せください! 奥様はお疲れのようですから、少し楽な髪型にしましょうね。そして、この辺りにうっかり忘れていきましょう! あ、申し訳ありませんが、殿方は少しこちらは見ないようにお願いします」
「了解です!」

 若い騎士様はびしりと敬礼をしました。
 そして本当にくるりと背を向けてしまいました。書記官様たちも、さりげなく椅子の位置を変えて背を向けてくれました。

 それを確かめて、ルーナは本当に私の髪飾りを外してしまいました。
 形のついている髪をほぐして、手際よく櫛を通していきます。用意していたピンと紐であっという間に気楽な自宅向けの髪型に変わって、私は戸惑いつつも、ついほっとしてしまいました。


「……確かに、とても楽になったわ」
「そうでしょうとも。さあ、あと少しお仕事を続けましょう。私もお手伝いいたします!」

 ルーナは櫛などを片付けながら、満面の笑みを浮かべていました。


しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

処理中です...