婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ

文字の大きさ
33 / 54
本編

(34)捨て身

しおりを挟む

 ハーシェル様はすぐには反応しませんでした。
 やがて、無言のまま侯爵様を見ました。冷ややかだった顔にほんの少しだけ、私が知っている表情が戻っていました。

「……オズウェル。婚礼の夜は絶対に寝室で夜を明かせ、と言っておいたよな?」
「そう聞いていたから、寝室で朝まで過ごした」
「よかった。それなら……」
「でも寝台の中にはおいでになっていません。貴族の結婚の成立は、婚礼の儀と寝所を共にすることが条件と聞いています。それに……し、調べて貰えば……その、私がまだ清らかなまま、ということもわかります」

 内容が内容なので、つい言い淀んでしまいます。
 ほおが熱くなって顔を伏せてしまいました。


 そんな私をじっと見ていたハーシェル様は、もう一度侯爵様を振り返り、すぐに目を戻して顔をしかめました。

「あのね。私が言うのもおかしな話だが、レイマン侯爵家がその気になったら、伯爵家であろうとこの国で生きていけなくすることは簡単だよ?」
「でも、本気でそこまでしないでしょう? 私なんて叩き潰す事は簡単すぎますし、結果的にどうしてもグロイン侯爵様の体面を傷つけることになりますから。ハーシェル様はそんなことは望まないはずです」
「……おいおい、このお嬢さんは見かけによらないな」

 額に手を当てたハーシェル様は、呆れたようにつぶやきました。

 私の話には理論の穴がたくさんあるはずです。
 でもとりあえず、温情込みでぎりぎり押し切れた、のでしょうか。……よかった。


 ほっとした時、ハーシェル様の向こうに立つグロイン侯爵様が目に入りました。
 ハーシェル様のように怒ったり呆れたりしているわけでもなく、侯爵様は私がこの部屋に入った時と同じ顔をしていました。
 私と目が合うと、ようやく僅かに苦笑を浮かべました。

「ハーシェル。そのくらいでやめろ」
「前から思っていたが、君は甘すぎるよ。それに奥方殿も。姉君にはいろいろされてきたんだろう? 君の家のことはだいたい全部知っているからね。なのにここまで協力するのか? 全く理解できないな」

 呆れながらの言葉は、でももう怖くはありません。
 発音は美しいままですが、敵対するものを全て踏み潰すような、そういう威圧感は消えていました。

 だから、私は真っ直ぐにハーシェル様を見ました。
 まだ落ち着かない心臓を必死でなだめ、断片的でしかない自分の気持ちを集めて丁寧に言葉にしていきました。

「ハーシェル様のおっしゃる通り、アルチーナ姉様には、その、いろいろ振り回されてきました。正直に言えば、恨んだことだってあります。でも……お姉様は、私に悪意で嘘をついたことがありません」


 わがままで、気まぐれで。
 私のものであろうと、欲しいと思ったら必ず手に入れてしまう人で。
 アルチーナ姉様のせいで風邪をひいたこともあるし、本当は私は関係ないのに徹夜もしました。

 でも、お姉様は私に本当のことを言ってくれます。
 似合わないドレスを「似合うわよ」と言って着せておいて、みっともないと嘲笑う人々と平然と同席したり、一緒に微笑んだりするようなことはしません。
 始めから「似合わない」と言ってくれます。


「アルチーナ姉様は本当にわがままです。侯爵様との結婚を、ロエルが好きだからと言うだけで壊してしまいました。だから、侯爵様にお姉様を助けてくださいなんて言ってはいけないことはわかっています。
 ……でも、お姉様は私を頼ってくれました。たまたま気が弱くなった時に近くにいたのが私だった、と言うだけかもしれませんが、お姉様は私だけに本当の事を言ってくれました。
 だから私は、お姉様のために最低な人間になります」

 私は震える足のまま進み出て、侯爵様の前に両膝をつきました。

「お願いします。アルチーナ姉様を助けてください。お姉様とお腹の子供を助けてくださいっ!」


 私は目をつぶって待ちました。
 でも、長く待つ必要はありませんでした。
 私のすぐ前に、誰かが膝をついた気配がありました。

 そっと目を開けると、侯爵様が膝をついて同じ目の高さで私を見ていました。
 硬く握りしめたままの私の手に大きな手が触れ、金色の目に柔らかな光が浮かんでいました。

「立ちなさい」

 短い言葉は、丁寧ではありますが命令でした。
 でも、怖くはありません。
 言われるままに立ち上がり、それからまだ手が大きな手に包まれていることに気付きました。
 不快ではありませんが、これは……どうすればいいのでしょう。


 戸惑っていると、ハーシェル様が大袈裟にため息をついたようでした。

「甘いなぁ。君、奥方にも少しくらい厳しく接するべきだね」
「俺のことはどうでもいい。ハーシェル・レイマン。お前の協力が欲しい。お前が俺の立場なら、どう言う手を取る?」

「私の話を聞こうよ。……でも、アルチーナ嬢を助けるのは我々ならそう難しくはない。あのタヌキ伯爵に囁くだけだ。『上のご令嬢が妊娠されたそうですね。おめでとうございます』とね」
「それは確かに簡単だな。俺がメリオス伯爵と立ち話をする機会があれば、だが」

「ついでに、そう言うことなら婚礼を急ぐべきだ、なんて提案するのもいいかもしれないな。我らより権威のある人を巻き込めばもっと話が早くなる」
「なるほど。では、陛下を巻き込むか」
「ははっ! やっぱりお前は容赦しないな! 私は誰を巻き込めとは言っていないぞ?」
「わかっている。これはただの俺の思いつきだ」


 お二人は和やかに、でもどこか剣呑なことを、とても楽しそうに話しています。
 私は呆然と見ていました。

しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?

神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。  カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。   (※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m 

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...