婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ

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本編

(16)アルチーナとロエル

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 夫であるグロイン侯爵様が、王都から北東方向にあるロイバス砦へと旅立ちました。

 ……多分、旅立ちました。
 王宮の東棟でお会いしたっきりですので、いつ出発したのかは正確には知りません。
 でも、王国軍の制服を着た一団がどこかへ向かったと言う話はありますし、メリオス伯爵邸にも姿を見せないので、きっと予定通りに出発したのでしょう。


 妻ですが、私は何も知りません。
 これでいいのでしょうか。
 それを言うなら、私は本当に「妻」なのでしょうか?

 結婚申請書は私の名前で出していますが、その前の婚約届はアルチーナ姉様の名前でした。
 その辺の修正とかは大丈夫なのでしょうか。
 一応、婚礼の儀を終えて、同じ寝所で一夜を共にすれば成立、だそうですが。
 同じ部屋で朝を迎えましたが、寝台を共有していないし、もちろん「初夜」も本当の意味ではこなしていないし……。


「ねえ、エレナ、聞いている? このネックレス、もらっていいの?」

 あ、しまった。
 アルチーナ姉様が来ていたのでした。

「はい。どうぞお使いください」
「ありがとう! 絶対に婚約披露パーティー用のドレスに映えるわ!」

 お姉様は嬉しそうに言うと、さっそく鏡の前で首に当てています。
 今日も、アルチーナ姉様はきれいです。
 堂々と婚約披露パーティーを開いてしまうところも、お姉様らしいです。
 ただ……ロエルの顔色はよくないです。表情も硬くて暗くて、なんだか気の毒ですね。

「アルチーナ。ネックレスなら、僕が新しいものを用意するよ」
「この中央の青い宝石、私に似合うでしょう? それに左右のこの緑色の宝石はロエルの目の色と一緒。だから、これがいいのよ!」
「でも……それはグロイン侯爵が……」

 ロエルは、自分以外の男性から贈られたものと言う事実に引っ掛かりがあるようです。それがアルチーナ姉様と結婚するはずの相手だったのも、不快なのでしょう。
 大丈夫。それが普通の感覚です。
 でも、アルチーナ姉様には通じない理論でしょう。

「せっかくここにあるんだから、有効に活用すべきよ」
「でも」
「ただの、妹夫婦からの贈り物でしょう? それ以上でも、それ以下でもないわ」

 きっぱりと言い切ってしまいました。
 本当にお姉様は図太いです。


「それより、エレナ。もう一つ、お願いがあるんだけど」

 うん、この貪欲さもお姉様のすごいところです。
 次はイヤリングですか? 燭台ですか? それとも冬用の深い青色のドレスですか?

「この部屋、譲ってくれないかしら?」
「…………は?」

 予想の斜め上でした。
 さすが、アルチーナ姉様です。



「驚かせてごめん! 別に今すぐという話ではないんだよ。ただ、その……」
「成り上がりの野犬はここには来ないし、エレナはまだ若すぎるから、しばらく子供を産む可能性は低いでしょう? でも私はいつ身籠るかわからないわ。そうなったら私の部屋では手狭になると思うのよ」

 まあ、そうですね。
 私は子供ができるような行為とは無縁ですし、お姉様とロエルは仲がよろしいようですし。
 よりによって、結婚式前日に全てを覆したのは……つまりそう言うことなのだろうと思います。
 
 ……でも、ですよ?
 結婚相手が逆になっただけで、元々私たち姉妹はメリオス伯爵邸に居続ける予定だったのでは……?

 そんな、とても口には出せないことを考えていたら、アルチーナ姉様はフンと鼻を鳴らしました。

「言いたいことがあるなら、聞くわよ」
「……では伺います。当初の予定ではどうなっていたのでしょうか」

 思い切って言いましたよ!
 自分を褒めていたら、アルチーナ姉様はつまらなそうに手をひらひらと振りました。

「成り上がりの子なんて産むつもりはなかったから、何年かここにいた後に、一人で小綺麗な家に移るつもりだったのよ。その頃には完全別居でも目立たないでしょう?」

 実家に居座るだけじゃなくて、そこまで計画していたのですか。
 お姉様と結婚しても侯爵様は不幸になっていたなんて、本当にお気の毒です。

「でも、実際には私がメリオス家を継ぐことになったわ。ロエルの子ならすぐに産みたいし、だから今からこうして言ってあげているのよ」

 相変わらずお姉様は悪びれる様子はありません。
 本当に、その図太さは見習いたいです。


「と言うことで、早めに次の住み場所を探しておくのよ」
「次と言われても」
「成り上がりが賜ったという屋敷でもいいし、気に入らないなら、別の便利なところに家を買ってもらいなさいよ。若い妻に可愛らしくねだられたら、成り上がりはきっと断れないわよ」

 ……私に、ねだれと? あの侯爵様に?
 そんな高等技術が私にできるとお思いですか? 絶対に無理でしょう!

「エレナ、本当に急がなくていいからね。僕はこのまま君がいてくれていいと思っているし、子供が生まれたら……アルチーナも、エレナがいてくれた方が精神的にも助かるんじゃないかな」
「……お姉様なら、そうかもしれないですね」
「こんな言い方でごめんね。でも、本当にエレナが一番いいようにしていいからね」

 ちらちらとアルチーナを気にしながら、ロエルが早口に囁きます。
 この人、本当にお姉様の性格をよく把握しています。そして将来起こるであろう光景を、だいたい正確に予測しているのです。
 同時に、私のことも心から気遣ってくれて。
 本当に優しくてよくできた人です。


 ……なんでこの人、アルチーナ姉様に夢中になっちゃったんでしょうね。運命にしては不幸じゃないですか?
 妹としては、厄介な姉のお世話をしてくれる人は大歓迎なのですが。

 まあ、私の婚約者だったんですけどね。
 ……あれ? もしかしてロエルは、少し悪い人ですか?
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