14 / 54
本編
(15)エレナと騎士たち
しおりを挟む「なんだ、相変わらず硬いな。距離が離れすぎじゃないか?」
ハーシェル様はそんなことをつぶやきましたが、すぐに笑顔で私の前にお皿を置きました。
お皿は銀製。
丸くて平たい焼き菓子が載っています。薄く焼いたものの間に、何かを挟んでいるようです。
思わず見入っていると、従者が美しい手つきでお茶をいれてくれました。
「まあまあの物が手に入った。フリードが言うには、王宮のご婦人方に人気の菓子だそうだ。オズウェル、君も食べるかな?」
「俺は遠慮する」
「では、彼の分も奥方が召し上がれ」
お菓子の皿が増えました。
お茶も良い香りです。
菓子は簡単に二つに割れ、口に含むと挟んでいるジャムの甘さが広がりました。
「お口に合いますか?」
「はい、美味しいです! 似たものを一度だけ食べたことがありましたが、もう一度食べたいと思っていました! 確か、ロエルが持って来てくれ…て……」
浮かれて、思わず余計なことを言ってしまいました。
慌てて口を閉じますが、遅かったようです。ハーシェル様に笑顔で尋ねられてしまいました。
「どこかで聞いた名前ですね。ロエル殿とはどなたです?」
「こ、婚約者です……姉のっ!」
「……ああ、リュステック伯爵家の次男か」
ハーシェル様は笑顔です。
でも、先ほどまでとは違う、どこかヒヤリとする笑顔でした。グロイン侯爵様とは違う、でも同じくらい無機質な目にゾッとして言葉が出てきません。
その張り詰めた空気を、カタンと茶器を置く音が壊しました。
侯爵様がお茶を飲み終わったようです。ハーシェル様の従者に、軽く頷きました。
「美味い茶だ」
「もったいないお言葉です」
「ハーシェルにも感謝している。だから、終わったことに目くじらを立てるな」
「……お前は、時々ひどくお人好しになるね」
ハーシェル様は呆れたように首を振りました。
でも、あの怖い笑顔は消えています。
ほっとしていると、控えめなノックが響きました。
「あのぉ……お時間です」
「少し待て」
恐る恐る顔を出してきた若い騎士に、侯爵様は短く返しました。
若い騎士はすぐに顔を引っ込めましたが、遠ざかる足音は聞こえません。まだ扉の前にいるようです。
「エレナ殿のご用件は、もう終わりだろうか」
「は、はい」
「申し訳ないが、もう行かねばならない。エレナ殿はもう少しゆっくりしていい。帰りは屋敷まで誰かをつけよう。……ハーシェル、エレナ殿を頼めるか?」
「閣下のご命令とあれば」
高位貴族出身の騎士様は、ふざけた口調で恭しい礼をしています。
侯爵様は薄く苦笑いを浮かべましたが、何も言わずに部屋を出て行ってしまいました。
……やっぱり、とてもお忙しい方なんですね。
そんな方のお時間をいただいてしまったなんて、罪悪感で潰れそうです。
「奥方殿」
「……は、はい!」
突然声をかけられました。
まだ慣れない私は、反応が遅れてしまいます。ついでに姿勢を正してしまいました。
「奥方に、少々頼み事があるのですが。ああ、大丈夫ですよ。大したことではありません。実は、奴らがあなたとお茶を飲みたいとうるさくてね。廊下の連中を中に入れてもいいだろうか」
「どなたでしょうか?」
「緊張することはないですよ。最初にここにいた連中です。でも、気が進まないならそう言ってください。奴らは騒いでも、私が黙らせますから」
ハーシェル様は笑顔ですが、なんだか凄みがあります。
でもうっかりロエルの名前を出した時ほど、冷たくはありません。
……一応、私はグロイン侯爵様の妻です。
こういう交流も、少しはしておくべき、ですよね?
「ぜひ、ご一緒させてください」
「……うーん、断ってくれてもよかったんだけどな。ま、このくらいはオズウェルも許してくれるか」
なんだか微妙な顔をして首を傾げていたハーシェル様は、ため息をついてから扉を開けました。
「おい、お許しが出たぞ。精一杯上品に入ってこい」
「よっしゃ!」
「おい、てめぇ、奥方の前で酒は禁止だ!」
「茶は苦手なんだよな。水をくれ」
急に賑やかになって、部屋の中の密度が増しました。
見通しも悪くなりましたが、ドヤドヤと入ってきた騎士様たちはなんだか楽しそうに笑っています。
戸惑いましたが……もう一杯お茶を飲むだけの奇妙なお茶会は、思ったより心地良い時間でした。
107
お気に入りに追加
1,680
あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?
Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。
最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。
とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。
クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。
しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。
次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ──
「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
そう問うたキャナリィは
「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」
逆にジェードに問い返されたのだった。
★★★★★★
覗いて下さりありがとうございます。
女性向けHOTランキングで最高20位までいくことができました。(本編)
沢山の方に読んでいただけて嬉しかったので、続き?を書きました(*^^*)
★花言葉は「恋の勝利」
本編より過去→未来
ジェードとクラレットのお話
★ジェード様の憂鬱【読み切り】
ジェードの暗躍?(エボニーのお相手)のお話

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。
ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
始まりはよくある婚約破棄のように
喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」
学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。
ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。
第一章「婚約者編」
第二章「お見合い編(過去)」
第三章「結婚編」
第四章「出産・育児編」
第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。
完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる