婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ

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本編

(15)エレナと騎士たち

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「なんだ、相変わらず硬いな。距離が離れすぎじゃないか?」

 ハーシェル様はそんなことをつぶやきましたが、すぐに笑顔で私の前にお皿を置きました。
 お皿は銀製。
 丸くて平たい焼き菓子が載っています。薄く焼いたものの間に、何かを挟んでいるようです。
 思わず見入っていると、従者が美しい手つきでお茶をいれてくれました。

「まあまあの物が手に入った。フリードが言うには、王宮のご婦人方に人気の菓子だそうだ。オズウェル、君も食べるかな?」
「俺は遠慮する」
「では、彼の分も奥方が召し上がれ」

 お菓子の皿が増えました。
 お茶も良い香りです。
 菓子は簡単に二つに割れ、口に含むと挟んでいるジャムの甘さが広がりました。

「お口に合いますか?」
「はい、美味しいです! 似たものを一度だけ食べたことがありましたが、もう一度食べたいと思っていました! 確か、ロエルが持って来てくれ…て……」


 浮かれて、思わず余計なことを言ってしまいました。
 慌てて口を閉じますが、遅かったようです。ハーシェル様に笑顔で尋ねられてしまいました。

「どこかで聞いた名前ですね。ロエル殿とはどなたです?」
「こ、婚約者です……姉のっ!」
「……ああ、リュステック伯爵家の次男か」

 ハーシェル様は笑顔です。
 でも、先ほどまでとは違う、どこかヒヤリとする笑顔でした。グロイン侯爵様とは違う、でも同じくらい無機質な目にゾッとして言葉が出てきません。


 その張り詰めた空気を、カタンと茶器を置く音が壊しました。
 侯爵様がお茶を飲み終わったようです。ハーシェル様の従者に、軽く頷きました。

「美味い茶だ」
「もったいないお言葉です」
「ハーシェルにも感謝している。だから、終わったことに目くじらを立てるな」
「……お前は、時々ひどくお人好しになるね」

 ハーシェル様は呆れたように首を振りました。
 でも、あの怖い笑顔は消えています。
 ほっとしていると、控えめなノックが響きました。

「あのぉ……お時間です」
「少し待て」

 恐る恐る顔を出してきた若い騎士に、侯爵様は短く返しました。
 若い騎士はすぐに顔を引っ込めましたが、遠ざかる足音は聞こえません。まだ扉の前にいるようです。


「エレナ殿のご用件は、もう終わりだろうか」
「は、はい」
「申し訳ないが、もう行かねばならない。エレナ殿はもう少しゆっくりしていい。帰りは屋敷まで誰かをつけよう。……ハーシェル、エレナ殿を頼めるか?」
「閣下のご命令とあれば」

 高位貴族出身の騎士様は、ふざけた口調で恭しい礼をしています。
 侯爵様は薄く苦笑いを浮かべましたが、何も言わずに部屋を出て行ってしまいました。
 ……やっぱり、とてもお忙しい方なんですね。
 そんな方のお時間をいただいてしまったなんて、罪悪感で潰れそうです。


「奥方殿」
「……は、はい!」

 突然声をかけられました。
 まだ慣れない私は、反応が遅れてしまいます。ついでに姿勢を正してしまいました。

「奥方に、少々頼み事があるのですが。ああ、大丈夫ですよ。大したことではありません。実は、奴らがあなたとお茶を飲みたいとうるさくてね。廊下の連中を中に入れてもいいだろうか」
「どなたでしょうか?」
「緊張することはないですよ。最初にここにいた連中です。でも、気が進まないならそう言ってください。奴らは騒いでも、私が黙らせますから」

 ハーシェル様は笑顔ですが、なんだか凄みがあります。
 でもうっかりロエルの名前を出した時ほど、冷たくはありません。

 ……一応、私はグロイン侯爵様の妻です。
 こういう交流も、少しはしておくべき、ですよね?

「ぜひ、ご一緒させてください」
「……うーん、断ってくれてもよかったんだけどな。ま、このくらいはオズウェルも許してくれるか」

 なんだか微妙な顔をして首を傾げていたハーシェル様は、ため息をついてから扉を開けました。


「おい、お許しが出たぞ。精一杯上品に入ってこい」
「よっしゃ!」
「おい、てめぇ、奥方の前で酒は禁止だ!」
「茶は苦手なんだよな。水をくれ」

 急に賑やかになって、部屋の中の密度が増しました。
 見通しも悪くなりましたが、ドヤドヤと入ってきた騎士様たちはなんだか楽しそうに笑っています。 

 戸惑いましたが……もう一杯お茶を飲むだけの奇妙なお茶会は、思ったより心地良い時間でした。
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