婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ

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本編

(12)王宮の東棟

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「お嬢様、じゃなくて奥様! 私が聞いてきますので、ここでお待ちくださいねっ!」

 若いメイドは元気に言うと、よし!と一人で気合を入れて小走りに去っていきました。

 ここは王宮。
 正確に言えば東棟の入り口の前です。

 王都の北部にある王宮は、二重の城壁に囲まれています。
 一般的に「王宮」というと、政治の中心である中央棟のことを指しています。豪華絢爛で、貴族はもちろん官僚たちが多く出入りする場所です。貴族の子女にとっては舞踏会が催される大広間がある場所、という認識が強いかもしれません。

 国王陛下とそのご家族がお住まいなのは、北棟です。
 北側なんて、日当たりが悪くて寒そうですが、以前の私の部屋と違って北棟と中央棟の間にはきれいな庭があるので大丈夫だそうです。
 そのうち、王宮の庭も見てみたいですね。

 そして中央棟とも北棟とも独立しているのが、私が今いる東棟です。
 別名「黒壁の塔」としても知られていて、王都から一番よく見える建物です。遠くまで見通せる高い塔と厚い壁と小さな窓が特徴で、何度かあった王国の危機においても耐え切ったと聞きました。
 内側の城壁と一体化していて、黒い石材が剥き出しの外見は要塞そのもの。
 この辺りを行き交う人もがっしりとした軍人ばかりなので、この一画は独特の圧迫感がありました。


 アルチーナ姉様の「お願い」のせいで、私はここにいます。
 私の「夫」に面会することが目的なのですが、ネイラが忙しかったので別のメイドが付き添いとして来てくれました。
 顔もよく知らない、あまり馴染みのないメイドです。年頃は私とほどんと変わらないはずなのに、堂々と王宮の門を抜け、通りかかった文官に道を聞き、無事に東棟に辿り着きました。
 門番たちも、メリオス伯爵家の紋章の入ったお仕着せ姿を見て、ほぼノーチェックで通してくれました。

 もしかしたら、王宮へのお使いの経験があるので顔馴染みなのかもしれません。
 やけに元気な人なので少し気後れしていましたが、今は紹介してくれたネイラに感謝です。


「お嬢様ぁー! お待たせしましたぁー!」

 元気な声が聞こえました。
 ほとんど走るように、メイドが戻ってきました。

「少し時間がかかってしまいましたが、侯爵様はいらっしゃいましたよっ!」
「よかった。では、いつならお時間をいただけるかを……」
「さあ、参りましょうか、お嬢様! じゃなくて奥様っ!」
「え?」
「こちらですっ!」

 元気なメイドは、私の手をぐいぐい引きながら前を歩きます。
 思わずそのまま歩いてしまいましたが、すぐに我に返りました。

「ねえ、あなた、えっと……」
「ルーナです!」
「そ、そうだったわね。ルーナ、これはいったいどう言う状況なの?」
「はい! グロイン侯爵様に奥様がお会いしたいとお伝えしたら、今なら時間があるから会える、とお返事をいただきました!」
「……侯爵様に、直接お会いしたの?」
「はい!」
「どうやって?!」
「え? 普通に『メリオス伯爵家に仕えている者です。グロイン侯爵夫人の伝言を持ってきました』と軍部の入り口で言っただけですよ?」
「……それで会えたの?」
「はい、もちろんです! 近くにいた騎士様が、全力で走って取り次ぎをしてくれましたよ!」

 ルーナはにこにこと笑っています。
 誇らしげな顔で、でも早足の歩調は変わりませんし、ぐいぐいと私を引っ張り続けています。
 そのおかげで、あっという間に東棟の内部に入ってしまいました。


 東棟近辺は物々しい雰囲気がありますが、軍部のある東棟はその比ではありません。至る所に番兵が立っており、武装した騎士様たちも歩いています。
 そんな中を、ルーナは笑顔で進んでいきました。

 階段を二階分上って廊下に出た途端、華やかなマントを翻す騎士様たちに囲まれてしまいました。

「そ、そちらのご婦人が、オズウェル軍団長の奥方ですかっ!」
「うわっ、マジで若いじゃないかっ!」
「おい、君たち、悪人面を自覚したまえ。奥方が怯えておられるぞ」

 歴戦の風格の騎士様が緊張したように声をかけてきました。
 なぜか悔しそうにしている騎士様は、短い髭が顔中に伸びています。

 他にもいろいろな騎士様がいましたが、貴族風の優美な騎士様が同僚たちを追い払ってくれました。
 武装した騎士というものは友好的であっても圧迫感がありましたので、私はほっとしてしまいます。
 そんな私に、優美な騎士様は興味深そうな目で挨拶をしてくれました。

「第二軍団所属のハーシェルと申します。オズウェル軍団長の部屋までご案内します」
「ありがとうございます」

 礼を言ってから、ハーシェルと名乗った騎士様に見覚えがあることに気付きました。

「あの、婚礼の宴の時に……」
「覚えてもらっていたとは光栄です。さあ、こちらへ」

 ハーシェル様は丁寧に案内をしてくれました。
 でもあの宴席でかなり上席にいたのですから、ご出身は貴族のはず。お父様は笑顔で挨拶していましたから、伯爵家より上の家格ではないでしょうか。
 そんなことを考えていたら、いつの間にかハーシェル様が一際立派な扉の前で足を止めていました。


「オズウェル、奥方がお見えだぞ!」

 ハーシェル様は、ノックなしでいきなり扉を開けました。
 まだ全く心構えができていなかった私は、慌ててしまいました。でもルーナは手早く私から外套を脱がせてくれて、ついでにごくさり気なく私の背を押します。
 躊躇する間もなく、私は部屋の中に足を踏み入れていました。
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