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九章 十八歳の激動

(53)なんでこんなことに

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 ……さて、私はいったい何をしているのだろう。
 素朴な疑問を抱え、私は何度目かわからないため息をついた。
 私もびっくりした大転移魔法だったけれど、さすがに帰り分の魔法は不足しているらしい。グライトン騎士団の面々は馬を待たせている場所までの小転移をして、あとは地道に馬での行軍になっている。
 もちろん、私も同行中だ。でも……。

「……なんでこんな事になったのかなぁ……」
「どうした、シヴィル。もう腹が減ったのか?」

 私の深いため息に気づいたのか、ナイローグが声をかけてきた。子供じゃないんだから、そういう言い方はやめて欲しい。
 本当は少しお腹が減ってきているけれど、まだ倒れるほどではないから見栄を張って首を振った。

「まだ空腹ではないよ」
「そうか? しかし少し休むか。ちょうどいい木陰がある」

 彼はそう言って背後を振り返り、片手をあげる。
 それだけで彼の意図が伝わったようで、ずらりと続いていた騎士たちは一斉に行進を止め、思い思いの木陰に馬を止めて休憩に入った。
 日はまだ高く、夕刻にはまだ時間がある。
 騎士たちは馬をねぎらい、自分たちも水を飲んだりしているようだ。
 その中でナイローグは一騎だけすぐには馬を止めず、一行と少し離れた木の下まで進んで、ようやく手綱を引いた。
 馬が止まると、彼は身軽に馬を下りる。そして当然のように私を抱き下ろした。

 ……そう、私は騎乗する彼の前で横座りしていた。
 物語のお姫様ってこういう感じだろう。
 でも、私が夢見てきたのはお姫様ではない。魔王だ。世の乙女たちがどれほど憧れてきた状況であろうと、こんなお姫さま扱いは不本意なのだ。
 だいたい、私はヘイン兄さんのところの裸馬を平気で乗り回していたのだ。お姫様的横座りなんて、仕事用のドレス姿でなければ絶対にしないのに。いや、ナイローグが一緒でなかったら、ドレスであろうとも普通に跨がることだって厭わない。
 護送されている身だからと我慢していたけれど、冷静になって考えると魔王城で捕まえた魔王の腹心に対する態度ではないと思う。

「シヴィル。変な顔になっているぞ。お前らしくて悪くないが、笑顔の方がいい」

 ふわりと地面におろしてくれた彼は、私の頭のはるか上から笑いかけ、そしてこれも当たり前のように手を差し出す。

「お手をどうぞ。麗しき姫」
「……私に、姫なんておかしいよ」
「ああ、魔王の侍女、だったか? しかし残念ながら、うちの連中には救出した姫と認識するように伝えてある。だから少しくらいは幻想をもたせてやれ」

 ナイローグの顔には穏やかそうな笑みしかない。その懐かしい笑顔に負けて、私は大きな手に自分の手を重ねた。
 満足そうな彼は、機嫌の悪い私を木の根元に案内する。心地いい木陰に、ご丁寧にも草の上に彼のマントまで敷いてくれた。
 騎士として完璧なる対応だ。
 でも、高貴な姫君でも救い出された姫君でもない私は、少しも嬉しくない。

「……ありがとう」

 マントの上にどさりと座り、私は憮然とつぶやく。
 身のこなしはともかく、何かしてもらったらお礼ははずせない。これだけは母さんの厳しい躾の賜物だと思う。相手がナイローグならなおさらだ。
 ナイローグはそんな心の内を見抜いたように小さく笑い、ふてくされている私を見下ろしていた。

「どういたしまして。幼馴染の姫」
「あのさぁ、私は姫ではなくて、魔王の部下なんだけど」
「ああ、そうだったな」
「それで、今は討伐隊に捕まって護送されているんだよね?」
「魔王に捕まっていたお前を助け出したんだ。……まあそれはともかく。あれがいったいどういう状況だったか、そろそろ聞いてもいいか?」
 
 あれ、というのはあれだろうな……。
 いつかは聞かれるとは思っていたけれど、私は顔を強張らせた。そんな私に水の入った木杯を差し出し、ナイローグは静かな声で続けた。

「宮廷魔術師の攻撃を退けてきたのはお前の魔法だな? そんな凄腕の『魔王の侍女』が、まさか魔王の膝の上に座っているなど予想していなかった。あの魔王はお前の恋人……いや、そういう感じではなかったから、愛人関係だったのか?」
「まさか! 清廉潔白な雇用関係だよ!」

 私は間髪を入れずに否定する。
 でも、ナイローグの顔は少しも和んでくれなかった。
 一度馬のところに戻って、鞍に取り付けていた革袋を持ってくる。その口を縛る紐を外しながら、座っている私にちらりと視線を落とした。
 
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