54 / 63
九章 十八歳の激動
(53)なんでこんなことに
しおりを挟む……さて、私はいったい何をしているのだろう。
素朴な疑問を抱え、私は何度目かわからないため息をついた。
私もびっくりした大転移魔法だったけれど、さすがに帰り分の魔法は不足しているらしい。グライトン騎士団の面々は馬を待たせている場所までの小転移をして、あとは地道に馬での行軍になっている。
もちろん、私も同行中だ。でも……。
「……なんでこんな事になったのかなぁ……」
「どうした、シヴィル。もう腹が減ったのか?」
私の深いため息に気づいたのか、ナイローグが声をかけてきた。子供じゃないんだから、そういう言い方はやめて欲しい。
本当は少しお腹が減ってきているけれど、まだ倒れるほどではないから見栄を張って首を振った。
「まだ空腹ではないよ」
「そうか? しかし少し休むか。ちょうどいい木陰がある」
彼はそう言って背後を振り返り、片手をあげる。
それだけで彼の意図が伝わったようで、ずらりと続いていた騎士たちは一斉に行進を止め、思い思いの木陰に馬を止めて休憩に入った。
日はまだ高く、夕刻にはまだ時間がある。
騎士たちは馬をねぎらい、自分たちも水を飲んだりしているようだ。
その中でナイローグは一騎だけすぐには馬を止めず、一行と少し離れた木の下まで進んで、ようやく手綱を引いた。
馬が止まると、彼は身軽に馬を下りる。そして当然のように私を抱き下ろした。
……そう、私は騎乗する彼の前で横座りしていた。
物語のお姫様ってこういう感じだろう。
でも、私が夢見てきたのはお姫様ではない。魔王だ。世の乙女たちがどれほど憧れてきた状況であろうと、こんなお姫さま扱いは不本意なのだ。
だいたい、私はヘイン兄さんのところの裸馬を平気で乗り回していたのだ。お姫様的横座りなんて、仕事用のドレス姿でなければ絶対にしないのに。いや、ナイローグが一緒でなかったら、ドレスであろうとも普通に跨がることだって厭わない。
護送されている身だからと我慢していたけれど、冷静になって考えると魔王城で捕まえた魔王の腹心に対する態度ではないと思う。
「シヴィル。変な顔になっているぞ。お前らしくて悪くないが、笑顔の方がいい」
ふわりと地面におろしてくれた彼は、私の頭のはるか上から笑いかけ、そしてこれも当たり前のように手を差し出す。
「お手をどうぞ。麗しき姫」
「……私に、姫なんておかしいよ」
「ああ、魔王の侍女、だったか? しかし残念ながら、うちの連中には救出した姫と認識するように伝えてある。だから少しくらいは幻想をもたせてやれ」
ナイローグの顔には穏やかそうな笑みしかない。その懐かしい笑顔に負けて、私は大きな手に自分の手を重ねた。
満足そうな彼は、機嫌の悪い私を木の根元に案内する。心地いい木陰に、ご丁寧にも草の上に彼のマントまで敷いてくれた。
騎士として完璧なる対応だ。
でも、高貴な姫君でも救い出された姫君でもない私は、少しも嬉しくない。
「……ありがとう」
マントの上にどさりと座り、私は憮然とつぶやく。
身のこなしはともかく、何かしてもらったらお礼ははずせない。これだけは母さんの厳しい躾の賜物だと思う。相手がナイローグならなおさらだ。
ナイローグはそんな心の内を見抜いたように小さく笑い、ふてくされている私を見下ろしていた。
「どういたしまして。幼馴染の姫」
「あのさぁ、私は姫ではなくて、魔王の部下なんだけど」
「ああ、そうだったな」
「それで、今は討伐隊に捕まって護送されているんだよね?」
「魔王に捕まっていたお前を助け出したんだ。……まあそれはともかく。あれがいったいどういう状況だったか、そろそろ聞いてもいいか?」
あれ、というのはあれだろうな……。
いつかは聞かれるとは思っていたけれど、私は顔を強張らせた。そんな私に水の入った木杯を差し出し、ナイローグは静かな声で続けた。
「宮廷魔術師の攻撃を退けてきたのはお前の魔法だな? そんな凄腕の『魔王の侍女』が、まさか魔王の膝の上に座っているなど予想していなかった。あの魔王はお前の恋人……いや、そういう感じではなかったから、愛人関係だったのか?」
「まさか! 清廉潔白な雇用関係だよ!」
私は間髪を入れずに否定する。
でも、ナイローグの顔は少しも和んでくれなかった。
一度馬のところに戻って、鞍に取り付けていた革袋を持ってくる。その口を縛る紐を外しながら、座っている私にちらりと視線を落とした。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました
夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、
そなたとサミュエルは離縁をし
サミュエルは新しい妃を迎えて
世継ぎを作ることとする。」
陛下が夫に出すという条件を
事前に聞かされた事により
わたくしの心は粉々に砕けました。
わたくしを愛していないあなたに対して
わたくしが出来ることは〇〇だけです…
婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました
樹里
ファンタジー
王太子殿下との婚約破棄を切っ掛けに、何度も人生を戻され、その度に絶望に落とされる公爵家の娘、ヴィヴィアンナ・ローレンス。
嘆いても、泣いても、この呪われた運命から逃れられないのであれば、せめて自分の意志で、自分の手で人生を華麗に散らしてみせましょう。
私は――立派な悪役令嬢になります!
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる