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幕間 友人一家の騒動に巻き込まれた男
(25)実はね
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濡れた顔のまま周囲を見回す。顔から服に水が落ちていったが、気にしていない。
何かを探すように周囲を見ていたが、目的のものを見つけられずにヘインに目を戻した。
「ヘイン。シヴィルはどうしたんだ? いつもなら俺の帰宅をすぐにかぎつけて走ってくるのに、来る気配がないぞ」
「うん……」
言葉を濁したヘインは、近くに干していた布をとってきてナイローグに渡す。そしてまたため息をついた。
もちろん、ナイローグはその表情を見逃さない。顔を拭き、ついでに濡れてしまった髪を拭いて腕組みした。
「まさかと思うが……シヴィルに縁談が来たのか?」
へインが二十三歳になったように、へインの妹も十三歳になっているはずだ。普通の村娘にしては早いが、それほど珍しいことではない。何よりこの兄妹なら、決して早すぎる年齢ではない。
それに何と言っても、あの容姿だ。
性格や身のこなしは、年頃になりつつある娘としてはどうかと思うが、黙って立っていればどこにいても目を引く姿になっている。へインも並外れた容姿をしているが、シヴィルはこれから成人して行く少女なのだ。どこまで美しくなるかわからない。
早々と縁談が舞い込んでもおかしくはない。
かなりあり得る話だと思ったのに、ヘインは心底驚いた顔をした。
「いやいや、さすがにあの子に縁談なんか来たら、父さんはちょっと変どころではなくなるぞ。私はもちろん、お前も即刻呼び戻されて、暗殺しろとか言われているさ」
物騒なことを、金髪の美青年はただの父親に対する愚痴として言う。
トゥアムをよく知るナイローグとしても、冗談とは思えない。情に厚い大男が娘を溺愛していることは周知の事実で、そんな娘をかっさらっていこうとする男が現れれば、本気で憎むことだってあり得ないことではない。
あと何年もすれば適齢期になるのに、その時にはどうなってしまうのだろう。
恐ろしい未来を想像してしまい、ナイローグは思わずため息をついていた。
とんでもない親子だ。しかしナイローグはこの親子を嫌えず、惹かれるばかり。何かと巻き込まれる身としては非常に複雑な心境だ。
「で、シヴィルはどうしたんだ?」
「うん……縁談とか、そういう物騒な話ではないから安心して欲しい。ただ、うん……」
さらさらと輝く金髪をかき乱し、ヘインは深く長いため息をついた。
「実はね……シヴィルは……家出したんだよ」
「………………は?」
聞きなれない言葉が聞こえた。
耳がどうかしてしまったのかと本気で思ってしまう。
「家出……家出と言ったか……?」
ナイローグとしては、大概のことでは驚かないという自信があった。
しかし、思わず腕組みを解いてしまうほど驚いた。へインに借りた布まで落としそうになったが、それは我に返ってなんとか土まみれにせずにすんだ。
手拭いを肩にかけ、落ち着くために何度も深呼吸をする。これまで鍛えてきた精神力のおかげで、ほどなく冷静な思考が戻ってきた。
まず納得する。
トゥアムから意図不明な手紙が届くはずだ。娘の自立を喜ぶ気持ちもあり、見栄もあるからただの手紙という形をとったのだろう。特急便にしてしまったのは困惑と娘への愛情の深さを示している。
理解はできる。しかし、ため息を吐くのは止められなかった。
「……親父さんから手紙が来たのは二週間前だぞ。シヴィルが家出したのはいつなんだ? 探すなら手伝うが」
「それが、二ヶ月前なんだよ」
「……二ヶ月前……」
今度はそれほど動揺しなかった。ただ驚いただけだ。頭が麻痺しているようだ。その代わりのように、平然としている目の前の友人へは苛立ちがつのった。
「……そんなに前に家出していたとなると、どこまで行ったか、まるでわからないじゃないか」
「うん、そうなんだけどね」
「どうしてもっと早く知らせないんだ。確かに俺はすぐには動けないかもしれないが、捜索の手配くらいはできたぞ。……あいつはまだ十三歳のガキなんだ。心配じゃないのか?」
「心配といえば心配だよ。でもね、妹は見かけより強いし、もしかしたら腹が減ったら帰ってくるんじゃないかとも思っていたんだよ」
たった一人の年の離れた妹のことなのに、こんなことでいいのか。
へインとはオムツ時代からの付き合いなのだが、時々理解し難いところがある。
ナイローグは額に手を当てた。
「ヘイン、おまえって奴は……。しかし、どうしていきなり家出なんだ?」
「魔法を習いたいらしい」
にっこりと笑い、ヘインは口を閉じて目を逸らす。ナイローグは訝しげな目を向けたが、問いただすことはなかった。
友情にひびを入れる勢いで尋問しなくても、落ち着いて考えてみればだいたいの見当はつく。ナイローグだってシヴィルのことはよく知っている。
魔法を習えるところといえば、基本的に非常に限られている。
そしてシヴィルが求める水準の魔法となると、さらに限定的になる。ナイローグには魔法の資質は全くないが、専門家なら職場にいる。彼らとの会話から考えれば、シヴィルが求める魔法を修得できる場所は一つだけだ。
今すぐに見つけられなくても、いずれ都の魔道学院に現れるだろう。
何かを探すように周囲を見ていたが、目的のものを見つけられずにヘインに目を戻した。
「ヘイン。シヴィルはどうしたんだ? いつもなら俺の帰宅をすぐにかぎつけて走ってくるのに、来る気配がないぞ」
「うん……」
言葉を濁したヘインは、近くに干していた布をとってきてナイローグに渡す。そしてまたため息をついた。
もちろん、ナイローグはその表情を見逃さない。顔を拭き、ついでに濡れてしまった髪を拭いて腕組みした。
「まさかと思うが……シヴィルに縁談が来たのか?」
へインが二十三歳になったように、へインの妹も十三歳になっているはずだ。普通の村娘にしては早いが、それほど珍しいことではない。何よりこの兄妹なら、決して早すぎる年齢ではない。
それに何と言っても、あの容姿だ。
性格や身のこなしは、年頃になりつつある娘としてはどうかと思うが、黙って立っていればどこにいても目を引く姿になっている。へインも並外れた容姿をしているが、シヴィルはこれから成人して行く少女なのだ。どこまで美しくなるかわからない。
早々と縁談が舞い込んでもおかしくはない。
かなりあり得る話だと思ったのに、ヘインは心底驚いた顔をした。
「いやいや、さすがにあの子に縁談なんか来たら、父さんはちょっと変どころではなくなるぞ。私はもちろん、お前も即刻呼び戻されて、暗殺しろとか言われているさ」
物騒なことを、金髪の美青年はただの父親に対する愚痴として言う。
トゥアムをよく知るナイローグとしても、冗談とは思えない。情に厚い大男が娘を溺愛していることは周知の事実で、そんな娘をかっさらっていこうとする男が現れれば、本気で憎むことだってあり得ないことではない。
あと何年もすれば適齢期になるのに、その時にはどうなってしまうのだろう。
恐ろしい未来を想像してしまい、ナイローグは思わずため息をついていた。
とんでもない親子だ。しかしナイローグはこの親子を嫌えず、惹かれるばかり。何かと巻き込まれる身としては非常に複雑な心境だ。
「で、シヴィルはどうしたんだ?」
「うん……縁談とか、そういう物騒な話ではないから安心して欲しい。ただ、うん……」
さらさらと輝く金髪をかき乱し、ヘインは深く長いため息をついた。
「実はね……シヴィルは……家出したんだよ」
「………………は?」
聞きなれない言葉が聞こえた。
耳がどうかしてしまったのかと本気で思ってしまう。
「家出……家出と言ったか……?」
ナイローグとしては、大概のことでは驚かないという自信があった。
しかし、思わず腕組みを解いてしまうほど驚いた。へインに借りた布まで落としそうになったが、それは我に返ってなんとか土まみれにせずにすんだ。
手拭いを肩にかけ、落ち着くために何度も深呼吸をする。これまで鍛えてきた精神力のおかげで、ほどなく冷静な思考が戻ってきた。
まず納得する。
トゥアムから意図不明な手紙が届くはずだ。娘の自立を喜ぶ気持ちもあり、見栄もあるからただの手紙という形をとったのだろう。特急便にしてしまったのは困惑と娘への愛情の深さを示している。
理解はできる。しかし、ため息を吐くのは止められなかった。
「……親父さんから手紙が来たのは二週間前だぞ。シヴィルが家出したのはいつなんだ? 探すなら手伝うが」
「それが、二ヶ月前なんだよ」
「……二ヶ月前……」
今度はそれほど動揺しなかった。ただ驚いただけだ。頭が麻痺しているようだ。その代わりのように、平然としている目の前の友人へは苛立ちがつのった。
「……そんなに前に家出していたとなると、どこまで行ったか、まるでわからないじゃないか」
「うん、そうなんだけどね」
「どうしてもっと早く知らせないんだ。確かに俺はすぐには動けないかもしれないが、捜索の手配くらいはできたぞ。……あいつはまだ十三歳のガキなんだ。心配じゃないのか?」
「心配といえば心配だよ。でもね、妹は見かけより強いし、もしかしたら腹が減ったら帰ってくるんじゃないかとも思っていたんだよ」
たった一人の年の離れた妹のことなのに、こんなことでいいのか。
へインとはオムツ時代からの付き合いなのだが、時々理解し難いところがある。
ナイローグは額に手を当てた。
「ヘイン、おまえって奴は……。しかし、どうしていきなり家出なんだ?」
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にっこりと笑い、ヘインは口を閉じて目を逸らす。ナイローグは訝しげな目を向けたが、問いただすことはなかった。
友情にひびを入れる勢いで尋問しなくても、落ち着いて考えてみればだいたいの見当はつく。ナイローグだってシヴィルのことはよく知っている。
魔法を習えるところといえば、基本的に非常に限られている。
そしてシヴィルが求める水準の魔法となると、さらに限定的になる。ナイローグには魔法の資質は全くないが、専門家なら職場にいる。彼らとの会話から考えれば、シヴィルが求める魔法を修得できる場所は一つだけだ。
今すぐに見つけられなくても、いずれ都の魔道学院に現れるだろう。
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