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四章 十三歳の旅立ち
(20)怖い顔立ちの大男
しおりを挟む都の外壁から離れたその場所は、周囲に羊の放牧に良さそうな草地と林が広がっていた。遠くまで見渡せそうな平地なのに、人の姿は見えないとても静かな場所だ。
でも目の前にそびえる建物は、それほど大きくないのにとんでもない威圧感を放っていた。
当然だ。
その建物は、堅固な魔力に取り囲まれている。一番外側は空に届きそうなほど高い魔法の壁があり、その内側に何重も魔力の網が張り巡らされている。
すべてが魔力でできている。でもその見事な壁は普通の人の目には見えないだろう。
普通の人は夜目が効かないから闇夜の中では苦労するけれど、フクロウは遠くまで見通せる。たぶんそんな感じだと思う。
魔力を生まれ持った私の目には、空高くまでそびえる魔力の結晶は細やかなレース編みのように見える。物々しさより、びっくりするほど華やかで繊細な造りに見惚れてしまう。その一方で、魔法は細やかなだけでなく、しなやかで強靭でこじ開ける隙がどこにもない。
建物から少し離れたところで足を止めて、私は感嘆のため息をついてしまった。
「すごい……こんな結界があるんだ……全然入れる気がしない……」
思わずつぶやいた時、背後から太い声が降ってきた。
「ボウズ、結界が見えるのか?」
振り返ると、思ったよりすぐそばに壁のようなものがあった。
いや、壁ではなかった。男がいた。とにかく大きな男だ。背が高いだけでなく、首も腕も肩も足も全てが太い。その太さの全てが筋肉でできていそうで、とんでもない迫力だ。
その上、顔が怖い。元々の作りが怖い上に、頬に大きな傷跡がある。
大人でも足がすくみそうな顔だ。
でも幸か不幸か、私は怖い顔立ちだと思っただけだった。
顔立ちだけならうちの父さんも負けていない。体格だって似たようなものだ。だから私は怯える代わりに親しみを感じてしまった。
それによくよく見ると、高いところから見下ろしてくる目は怖くなかった。怒っている様子もない。
だから私は、まず不穏な事は考えていないことをアピールすることにした。
「えっと、さっき、すごい声が聞こえてここまで来てしまったんですけど……もしかして、ここは立ち入り禁止区域だったんですか?」
「いや、別に禁止されてはいないな。ここまで来るような物好きがめったにいないだけだ」
大男はそう言って、大きな手をトスンと私の頭に乗せた。
痛くはないけれど、ちょっと……いやかなり重い。
「あ、あの……?」
「結界を見抜いた上に、俺を怖がらない度胸か。かわいい顔をしているくせに、しっかりしているじゃないか」
大男は大きな声で笑った。
耳にびりびり来るほどの笑い方で、大きく開けた口から見える歯もなんだかおどろおどろしい。でもこういう豪快な大男は、父さんとか、父さんの友人とかでけっこう慣れている。それに私を子供と思っているようで、疑われたりもしていないようだ。
だから私は、思い切って聞いてみた。
「あのー、こんなこと聞いてもいいのかわからないんですけど……」
「ん? 何だ、ボウズ?」
「そのですね、この結界の中って……魔獣がいる、んですよね?」
そう言った途端、穏やかだった大男の目が急激に鋭くなった。
息苦しいほどの殺意が周囲に満ちて、頭に載っていた手にわずかに力がこもった。締めつける寸前に加減された力ではあったけど、本気で力を入れられれば私の頭は無事ではないだろうと確信してしまう。
命の危機まで覚えたけれど、私はここが勝負とばかりに恐ろしげな大男の顔をぐっと見上げた。
「お願いです! ここで働かせてください!」
「……ボウズ。自分で何を言っているか、わかっているか?」
「もちろんわかってます! わた……じゃなくて僕は動物には好かれやすい性質らしいんですよ。だから魔獣にも触らせてもらったことがあります! 実は都に出てきたばかりで、早く仕事を探さなければって考えていたところでした! だから僕、すぐにでも働きたいんです!」
「確かにうちは人手はいつも不足しているが……いや、待て。魔獣に触ったことがある、だと?」
眉をひそめ、目を細めた大男の顔は息をのむほど怖い。
でも私はひるまなかった。彼の反応は全くの脈なしではないと思う。もう一押し二押しすれば情勢は変わりそうだ。
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