上 下
2 / 63
一章 八歳で抱いた夢

(1)悪ガキ

しおりを挟む
 
 将来のことを真剣に考える始める少し前。
 八歳の私は、牧場や森を楽しく元気に走り回る、ただの悪ガキだった。


   ◇


 一般的には、八歳と言うと、それなりに男とか女とかを意識する年頃。でも、村の悪ガキ仲間は私のことを「女の子」とは思っていないと思う。
 髪は肩上で切りそろえていたし、服は全てヘイン兄さんのお下がり。つまり完全な男装な上に、言動は年の離れた兄さんの影響で男の子そのものだから。

 そんな姿で毎日山を走り回っていれば、誰も女の子とは思わない。物心ついた時にはすでにそんな子供で、八歳になった頃には立派な悪ガキができあがっている。

 でも、エイヴィー母さんは躾には厳しい人なんだよね。
 人様に迷惑をかけるなと口うるさく言われ続けた結果、悪ガキと言っても大したことはしない理性が育まれた。

 せいぜい、兄さんの牧場に行って放牧されている馬たちに飛び乗ったり振り落とされたり。トゥアム父さんの農具を振り回したり、振り回されたり。森でウサギを捕ったり、狼を手懐けたり。
 そういう程度だ。ささやかだよね。

 でも残念ながら、こういう楽しい遊びに付き合ってくれる年上の悪ガキは、うちの村ではすぐに働き始めてしまう。
 だから大人たちが青ざめるようなスリルのある遊びはできなくなった。

 そう言う事情のせいで、ヘイン兄さんが子供の頃にやっていたという伝説的な遊びは試したこともない。
 野生の大山羊の背に飛び乗って岩壁で走り回る、という考えるだけでワクワクする遊びなのに、さすがに立会人なしで試すのは無謀だと思うのだ。

 そう考えると、一緒に暴走してくれる相手がいない分、兄さんたちに比べればかわいい遊びばかりだと思う。
 少なくとも、父さんはそう言って笑っていた。


 ただ母さんは、そういう私の行動は気に入らないらしい。
 特に板につきすぎた男装が気に障るようで、せっかく女の子として生んであげたのに……という説教が年々増えてきた。
 あまりにも説教というか愚痴が続くから、私も最近は根負けしてスカートを穿くことが増えている。もちろん家の中でだけだ。


 私は、スカートそのものは嫌いじゃないよ?
 むしろ、足の周りにふわっと広がる感じは好きだ。でも、外でスカート姿になるのは嫌いだったりする。

 それには理由がある。
 外でスカートを穿いていると、会う人会う人全てが振り返って、目を大きく見開いてしまうんだ。小憎たらしい年上の悪ガキどもが、顎が外れるんじゃないかと心配するほど、口を開けたままにする姿は滑稽だった。

 最初は、それがおもしろかったよ?
 新しいスカートを作ってもらった時には、わざわざみんなに見せびらかしにいったりもした。
 ……でも、すぐに何かが違うと思い始めた。

 大人は大袈裟に褒めてくれる。それと同時に、なぜか十年ほど前の秋祭りで見たヘイン兄さんの女装を思い出すと言ってしみじみとする。
 年寄りは過去の中で生きていると言うけど、本当だったんだね。

 一方で、年嵩の悪ガキ仲間は「女装なんかしてどうしたんだ!」と錯乱する。
 その上、馬鹿面をさらした翌日から急に大人びるんだ。一緒に遊んでくれなくなる悪ガキも増えてしまい…その結果、私は絶対に外ではスカートを穿かないと心に決めた。


 そんな毎日を過ごしていたある日、村を出て仕事をしているナイローグが、三ヶ月ぶりに帰省すると聞いた。
 私はその日を指折りして楽しみにした。

 ……実は母さんは、今までどうやって生きてきたのだろうと不思議になるほど家事が出来ない。
 そう言う人が子供を一人で育てられるはずがない。
 ヘイン兄さんは近所のナイローグのお母さんが育ててくれたようなものらしい。そして私については、十歳年上の兄さんとナイローグが世話をしてくれた。

 だからごく幼い頃の記憶は、ナイローグに背負われたものがほとんどだ。
 果樹園で花蜂を見上げたのもナイローグの背中からだった。山にキノコ狩りについて行った帰り、歩き疲れて泣き出した時も背負ってくれた。

 自分で羊と一緒に走り回れるようになるまでの記憶から考えると、たぶんだけど、ヘイン兄さんよりナイローグの方が私の世話をしてくれていたと思う。

 そういう近所のお兄ちゃんが、久しぶりに出稼ぎ先から戻ってくると聞いて、嬉しくないはずがない。
 十歳くらい年上のナイローグは、私が六歳の頃から村の外に働きに出ていた。でも私は、二年たってもまだ彼の不在に慣れきれないのもしれないな。
 こんなことを言うと兄さんは傷ついて隅っこに座り込んでしまうかもしれないけど、私はヘイン兄さんだけでは何か物足りなかったんだよね……。

 だから彼の帰省は、本当に楽しみだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

陛下から一年以内に世継ぎが生まれなければ王子と離縁するように言い渡されました

夢見 歩
恋愛
「そなたが1年以内に懐妊しない場合、 そなたとサミュエルは離縁をし サミュエルは新しい妃を迎えて 世継ぎを作ることとする。」 陛下が夫に出すという条件を 事前に聞かされた事により わたくしの心は粉々に砕けました。 わたくしを愛していないあなたに対して わたくしが出来ることは〇〇だけです…

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

異世界行ったら人外と友達になった

小梅カリカリ
ファンタジー
気が付いたら異世界に来ていた瑠璃 優しい骸骨夫婦や頼りになるエルフ 彼女の人柄に惹かれ集まる素敵な仲間達 竜に頭丸呑みされても、誘拐されそうになっても、異世界から帰れなくても 立ち直り前に進む瑠璃 そしてこの世界で暮らしていく事を決意する

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...