「第2章開始」エレ レジストル〜生き残り少女の冒険録〜

望月かれん

文字の大きさ
上 下
31 / 41
第2章

第31録 アレキサンドルの後ろ盾

しおりを挟む
 翌朝、エリスは朝食を済ませるとさっそく出かける準備に取り掛かった。
とはいえ、いつも持ち歩いている顔ほどの大きさの革袋を腰に結びつけるだけなので5分もかからずに終わる。
タイミングを見計らってロイトが超声をかけた。

 「そういえば封印魔法はかけなくて大丈夫?帰ってきたら解くよ?」

 「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 封印魔法はその名の通りかけられた対象者の魔力を一定まで封じる。
エリスがかけてもらえば平均より少し高いぐらいまで抑えることができるのだが、威力も抑えられたままになってしまう。
その状態でジョルジュたちと遭遇してしまうことを恐れて、エリスは断ったのだった。
 ロイトは少しだけ眉を下げると話を続ける。

 「そう……。じゃあ、よろしくね。
 もし身の危険を感じたら、薬を届けていなくても戻ってきていいから!」

 「わかりました」 

 エリスが外に出たのを見届けるとロイトはカウンターで肩をすくめた。

 

 マーレ港を出たエリスは教えてもらったとおり街道沿いを歩いていた。雲1つない青空が広がっていて徒歩で移動するにはちょうど良い天候だ。
アンスタン大陸と比べても特段変わっているところはない。
 エリスは何度か地面とベルゼブブを交互に見て遠慮がちに口を開く。

 「ねえ、どう思う?」

 「何がだよ?薬屋のことか?」

 「今の生活全般」

 「まだ2日目だろうが⁉それにオレ様に聞くことじゃねぇだろ」

 ベルゼブブは横目でチラリとエリスを見てから大きなため息をついた。

 「強いて言うなら、かなり恵まれてるな。
そんなに心配なら薬屋に断って自分でどうにかしろ」

 「心配とかじゃなくて……」

 「じゃあ何だよ?」

 「………………」

 「言い返せないならそれは心配だ!
  まぁ、どうするか考えて――」

 そこまで言ってベルゼブブは言葉を区切ると歩幅を大きくしてエリスの前に出た。
直後、2人の前にアザゼルが降り立ち、眉をつり上げているベルゼブブを見ると少し口を曲げる。

 「そんな警戒しなくてもよくないスか?タイチョー?」

 「部下1号、そんなにコイツが欲しいか?」

 「欲しいか欲しくないかで言われたら欲しいが、横取りなんてしないッスよ。
それにオレがそういうの嫌いなことはタイチョーがよく知ってるでしょ?」

 「……不必要に近づくんじゃねぇぞ。これ言うの2回目だからな」

 睨んでいるベルゼブブにに対して、アザゼルは薄ら笑いを浮かべるとゆっくり頷いた。

 「リョーカイッス。
  ところで、どうやってここまで来たんスか?船?」

 「オレ様を運び屋にしやがった」

 先程よりもさらに眉をつり上げて低い声でベルゼブブが答える。
アザゼルは少しの間固まった後、盛大に笑い出した。

 「ハハハハハッ!!タイチョーを運び屋にしたんスか⁉
スゲー度胸あるッスね」
 
 「笑いすぎだろ。それにもう2度としねぇ」

 「いや参った。やっぱアンタ只者じゃない。クククッ」

 まだ笑いの余韻が残っているアザゼルをエリスは少し警戒しながら見つめている。
ベルゼブブは腕を組むとアザゼルを睨んだ。

 「笑うな。それと話すことあるなら、とっとと話せ」

    「ああ……。なら、本題に入ろうか。ここに来る前にアレキサンドルに立ち寄ったんスけど、町の様子がピリピリしててな。
噂じゃ近々戦争が始まるじゃないかって言われてるらしい」

  「エベロスとの戦争?」

  「それ以外にねぇだろうよ。
  ますますお前を血眼になって探すだろうな」

  「……………………。
  でも、私を戦力に加えたところでどうするの?
ジワジワ攻めるのが好きだって彼は言ってた」

     彼とはジョルジュのことで以前、捜索抜きで会って話をしておりその時にラング王の戦い方について聞いていたのだった。
 エリスの言葉を聞くとベルゼブブは呆れたように息をつく。

 「そりゃお前がいない場合だ。お前が加わったら容赦なくエベロスを蹴散らすぜ。
エベロスを恨んでんだろ?」

 「そう聞いてるけど……」

 「なら、一気に攻め込む可能性は高いぜ。アレキサンドルとエベロスの戦いなんざオレ様にとっちゃどうでもいいがな。
  で、まだ話あるのか?」

 「ああ。前に1つ言わなかったことが。今なら言ってもダイジョーブッスよね?」

 「アレキサンドルの後ろ盾か」

 ベルゼブブの言葉にアザゼルは頷いた。話についていけていないエリスは2人を交互に見る。

 「言わなかったときなんてあった?」

 「あった。明らかにヘンな間だったが、気づいていないのならそれはそれでよかったッス」
 
 「アレに気づいてなかったのかよ、お前。鈍すぎんだろ。
  まぁ、それは置いといてだ。アレキサンドルの後ろ盾は――」

 少しの間の後、2人は同時に口を開いた。

 「ベリアル」

 「ベリアル⁉」

 ベリアルといえば、下劣・嘘つきで有名で人間からの印象は良いとはいえない。
しかし位が高く、持っている魔力もそうとうなモノなため、欲望が強かったり絶えなかったりする人間からは密かに人気があった。
 ベルゼブブとアザゼルはそれぞれジョルジュとグラドの魔力を感じ取っており、そこに若干ではあるがベリアルのを感じ取ったのだった。
 驚いて声を裏返らせたエリスを横目で見てから、ベルゼブブはため息をついた。

 「チッ、やっぱりか。だからクソガキはオレ様の鎖を解くことができたんだな」

 「それに船上で感じ取ったのは微量。契約者じゃない。
契約者はラング・アレキサンドルでしょーよ。子は力を分けてもらってるだけッスね」

 「元々の魔力にベリアルのが追加されてんのか。
  爽やかヤロウとクソガキの様子見る限りじゃ、ベリアルのことは知らされてねぇな」

 「フーン、そうなんスか。面白いッスねぇ。血を分けた子にすら言ってないなんて、
よほど話せない事情があるんでしょーね」

 「身内にすら『契約』結んでいることを言わないヤツは多いぞ。以前オレ様が『契約』結んだヤツもそうだったからな」

 エリスは意外そうに目を開いてベルゼブブを眺めた。父親よりも前にベルゼブブを召喚し「契約」を結んだ人間がいることに驚いたからだ。
しかし今はそんなことを聞いている場合ではないので、真面目な顔つきになると口を開く。

 「ベリアルって手強い……よね?」

 「どうだろうな」

 「なんとも言えないッスね」

 「え?」

 予想外の回答にエリスは目を丸くした。
2人がどう思っているかわからないとはいえ、ベリアルが手強くないはずがない。

 「強いのは確かなんだが、あまり戦おうとしないからな」 

 「そうッスね。……ああ、カオ思い出しただけで腹立ってきた」

 「仲悪いの?」

 「悪いッス。姿思い浮かべただけで捻り潰したくなるぐらいにな」

 眉間にシワを寄せて言うアザゼルを少し怯えた目で見ながら、エリスは思い出したように声をかける。

 「そういえば1つ気になってることがあるんだけど……」

 「ん?」

 「私を名前で呼ばなくなったのはどうして?」

 アザゼルは小さなため息をつくと軽く頬を掻く。
自分の名前を教えた辺りからアザゼルはエリスを名前で呼ぶのを避けていたのだ。

 「あー、気づくよなフツー。はぁ……いや、こっちの事情ッス。
  オレを名で呼ばせていないのに、こっちは名で呼ぶのはおかしいと思ったんでね」

 「私は気にしないから」

 「そうスか。じゃ、名前で呼ばせてもらうッス。
  最後に1つ。エリス、薬飲んでから異変はないスか?人間に薬を渡したのは初めてなんでねぇ」

 「な、ない」

 さっそく名前で呼ばれたことに戸惑いながらもエリスは回答する。
アザゼルはそんな彼女をどこか面白そうに眺めながら話を続けた。

 「そうスか。もし異変が起こったら言いな。処置しないといけないんでね」

 「助かるけど、どうやって言うの?町に滞在してるわけじゃないんでしょ?」

 するとアザゼルは石のような物を放り投げる。ところがエリスがキャッチする寸前でベルゼブブが割って入り、彼の手に収まった。
ニヤリと勝ち誇ったように笑うとエリスを見下ろしながら懐にしまう。

 「あっ!」

 「お前だと落としそうだからオレ様が持っといてやる」

 「まぁ、持っとくのはタイチョーでもエリスでもどっちでもいいんスけどね。オレを呼ぶときはそれを思い切り握りしめな。
忙しくない限りすぐに来るッスよ」

 「ああ、わかった。もしそうなったら頼むぜ、部下1号」

 ベルゼブブの返事を聞くとアザゼルはいつも通り宙を蹴って去って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林
ファンタジー
 現代日本で草臥れたサラリーマンをやっていた俺は、過労死した後に何の脈絡もなく異世界転生を果たした。  第二の人生で新たに得た俺の身分は、とある王国の第三王子だ。  この世界では神様が人々に天職を授けると言われており、俺の父親である国王は【軍神】で、長男の第一王子が【剣聖】、それから次男の第二王子が【賢者】という天職を授かっている。  そんなエリートな王族の末席に加わった俺は、当然のように周囲から期待されていたが……しかし、俺が授かった天職は、なんと【牧場主】だった。  畜産業は人類の食文化を支える素晴らしいものだが、王族が従事する仕事としては相応しくない。  斯くして、父親に失望された俺は王城から追放され、辺境の片隅でひっそりとスローライフを始めることになる。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

初めて入ったダンジョンに閉じ込められました。死にたくないので死ぬ気で修行したら常識外れの縮地とすべてを砕く正拳突きを覚えました

陽好
ファンタジー
 ダンジョンの発生から50年、今ではダンジョンの難易度は9段階に設定されていて、最も難易度の低いダンジョンは「ノーマーク」と呼ばれ、簡単な試験に合格すれば誰でも入ることが出来るようになっていた。  東京に住む19才の男子学生『熾 火天(おき あぐに)』は大学の授業はそれほどなく、友人もほとんどおらず、趣味と呼べるような物もなく、自分の意思さえほとんどなかった。そんな青年は高校時代の友人からダンジョン探索に誘われ、遺跡探索許可を取得して探索に出ることになった。  青年の探索しに行ったダンジョンは「ノーマーク」の簡単なダンジョンだったが、それでもそこで採取できる鉱物や発掘物は仲介業者にそこそこの値段で買い取ってもらえた。  彼らが順調に探索を進めていると、ほとんどの生物が駆逐されたはずのその遺跡の奥から青年の2倍はあろうかという大きさの真っ白な動物が現れた。  彼を誘った高校時代の友人達は火天をおいて一目散に逃げてしまったが、彼は一足遅れてしまった。火天が扉にたどり着くと、ちょうど火天をおいていった奴らが扉を閉めるところだった。  無情にも扉は火天の目の前で閉じられてしまった。しかしこの時初めて、常に周りに流され、何も持っていなかった男が「生きたい!死にたくない!」と強く自身の意思を持ち、必死に生き延びようと戦いはじめる。白いバケモノから必死に逃げ、隠れては見つかり隠れては見つかるということをひたすら繰り返した。  火天は粘り強く隠れ続けることでなんとか白いバケモノを蒔くことに成功した。  そして火天はダンジョンの中で生き残るため、暇を潰すため、体を鍛え、精神を鍛えた。  瞬発力を鍛え、膂力を鍛え、何事にも動じないような精神力を鍛えた。気づくと火天は一歩で何メートルも進めるようになり、拳で岩を砕けるようになっていた。  力を手にした火天はそのまま外の世界へと飛び出し、いろいろと巻き込まれながら遺跡の謎を解明していく。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

処理中です...