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第2章

「教会送り」にされかける

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 翌朝、起床した俺はため息をついた。やっぱり床に寝るのは体が痛い。

 「ベッドないと辛いな。すぐにでも欲しいけど、時間かかるのわかってて頼んだんだからおとなしく待っとこう」

 ゆっくりと立ち上がって軽く体を伸ばすと腕も足もパキパキとなった。固まっていたみたいだ。
 それを終わらせると今日の予定について考える。

 「あ、そうか。肉もないから調達に行かなきゃな。でも今日は訓練と夕方から魔族との修行が――来た!」

 俺の声をかき消すようにドタドタと大きな足音が聞こえてきて、笑顔のデュークさんが盛大にドアを開けた。

 「ヤッホー、モトユウちゃ~ん‼」

 「あ、おはようございまーす」

 「………………チッ」

 (舌打ち⁉)

 今まで機嫌が悪くなることは多々あったが舌打ちは初めてだ。
どうリアクションすればいいのかわからずに瞬きを繰り返していると、デュークさんはすぐにいつも通りの無邪気な表情に戻った。

 「最近モトユウちゃん起きてること多くなーい?」

 「そういえばそうですね」

 (もしかして俺を起こしたかったのか?)

 自己解決する。そもそも今まで起こされたことは1度もない。
起こしてもらうのも悪くはないのかもしれないが、おそらく至近距離になりそうなので俺の心臓に負担がかかってしまう。  

 「俺を起こしたかったんですか?」

 「それもあるけど、寝顔見てるの楽しいからさ~」

 「寝顔⁉俺、そんなに変な顔してるんですか⁉」

 「いや?かわいかったな~って。食ってしまいたいぐらい」

 「そ、そうなん、ですね……」

 満面の笑みで言うデュークさんに苦笑いしかできなかった。最近の俺へのスキンシップからして、本気でやりそうで怖い。
 寝顔を見たというのは、俺が丸1日寝てしまったときにだろう。

 「じゃ、またあとでな~。モトユウちゃん」

 「わっ⁉」

 髪をグシャグシャに掻き乱された。もうこれも日常茶飯事になってきている。
 ボサボサになってしまった髪を整えているとあることを思い出した。
 
 「ヤベ、暴食族グーラのことと聞くの忘れてた!」

 慌てて部屋の外に出たが、もうデュークさんの姿はなくてため息をつく。

 「相変わらず速ぇ。どうやったらそんなに動けるんだろ」

 トボトボと部屋に戻って準備をすると、そのままエフォールたちの訓練場所に向かった。
メンバーも修行内容も変わらなかったものの、やっぱり最後の走り込みでギブアップした。
たが、前回より半周進んだのでエフォールから少し褒めてもらえた。


 エフォールたちと別れて今度は1階の闘技場へ向かう。まだ少年は来ていないらしく、中はガランとしていた。

 「俺が1番だったのか……」

 訓練用の剣を出さなければならない。キョロキョロ見回していると4隅の内の1つに鉄のドアを見つけた。
開けると修行用と思しき木の人形や的が無造作に置いてある。
奥の方には木製の剣や槍、弓等の武器が置いてあったので剣を2本取ってドアを閉めた。

 「魔族を指導か……。個別は初めてだけどうまくいくかな」
 
 しばらくすると少年魔族がやってきて俺に気づくと走り寄ってくる。

 「あっ、モトユウさん!待たせちゃってごめんなさい!」

 「俺はそういうの気にしないから大丈夫だよ」 

 (本当に今日始末しちゃうんだよな。こんなにも純粋なのに)

 しかしデュークさんは上辺だけと言っていた。
今話している少年の言動が全て演じているのだとしたらすごいと思う。

 (肝心のデュークさんが来てない。忘れるなんてことはないから、何か用事が入ったか?)

 「ボク以外にも誰か来るんですか?」

 入口の方ばかりを見てしまったので不思議がられてしまった。慌てて言い訳を考える。

 「いいや。ここって広いよなぁって思って」

 「そうですね。とても広いです。
 それより早く始めましょう!ボク、楽しみなんです!」

 「そ、そう?」

 ここまで目をキラキラさせて言われたら始めるしかない。
 デュークさんを頭の片隅で心配しながら指導を始めた。



 2時間ぐらい経っただろうか。少年はメキメキと上達していた。 

 「だいぶ型にはまってきたね」

 「ホントですか⁉うれしいなぁ~」

 少年は屈託のない笑顔を見せる。
最初は剣の持ち方すら知らなかったのが、今はキレイな姿勢で素振りを繰り返しているのだからスゴイ成長だと思う。

 (魔族も教えたらちゃんとできるんだな……)

 ますます修行のとき闇雲に飛びかかっていくのがもったいないと思った。
きちんと作戦を立てていけば人間にとって脅威になることは間違いない。
 そんなことを考えていると、少年が遠慮がちに口を開く。

 「あ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、
あんまり大声じゃ言えないんで近くに来てください」

 「え、うん……」

 (何だろう)

 そもそも2人しかいないのに近づく必要があるとは思えないが、特別な話のようだ。
全く警戒心を持たずに近づいた俺の右肩に少年は鋭い歯を立てた。 

 「いッ⁉何す――⁉」

 反射的に両手で少年を突き飛ばした俺は息をのむ。身長は変わっていないが、今までのかわいらしい姿はどこにもなく、
盛り上がった筋肉質な体つきはモンスターそのもの。血走った目で俺を睨んでいる。

 (これが暴食族グーラの本性⁉全部上辺だった……)
 
 「何をするだと⁉喰うに決まってんだろうがぁ‼
少し下手に出ればホイホイ調子に乗りやがって‼」

 「は……?」

 (調子には乗ってないんだけど)

 思ってもないことを言われて瞬きを繰り返す。
それはともかく、油断して少しでも心を許した自分を責めたい。
 暴食族は姿勢を低くして戦闘態勢に入る。

 「ニンゲンなんてここには来ねぇからな!レア物なんだよ!黙って俺に食われろ!」

 言い終わらないうちに大口を開けて飛びかかってきた。
スピードは早かったがどうにか避けると背後でガチンと歯が合わさる音がする。今度こそ噛みつかれたらひとたまりもないだろう。

 「黙っては食われない!」

 「ハッ!武器もないテメェに何ができる⁉」
 
 言われて素早く周囲を見たが、近くに武器になりそうなものはない。訓練用の剣は突き飛ばしたときに落としたのだが、さっきの攻撃で遠くに飛ばされていた。

 (クソッ!やられた!だけど素手で行ったらやられる)

 「何もできねぇだろ⁉助けも来ねぇし諦めろ!」

 「攻撃はできないけど逃げることはできる!」 

 「は?」

 全力で走り出す。目指すは出入り口だ。せめてここから出てしまえば誰かに会えるかもしれない。全く面識のない魔族に会う可能性もあるが、俺を追いかけてきているのが暴食族だとわかれば、協力してくれるのではないだろうか。
 しかし暴食族が黙って見ているはずもなく、すぐに追いかけてくる。
 
 「逃がすわけねぇだろ!バーカ!」

 (そう来るよな――ってヤベェ⁉)

 暴食族の走っているときの振動が大きく、床が揺れて走りづらくなってしまったのだ。そのせいでスピードが落ちて地響きがだんだん大きくなってくる。
 出入り口まであと少しというところで右腕を掴まれた。暴食族が肩で息をしながら睨んでくる。

 「ハッ……弱いくせに手こずらせやがって!」

 「ッ⁉」

  (もがいてもビクともしねぇ。あ、俺死ぬな……)
 
 「教会送り」になるというのに自分でもビックリするぐらい冷静だった。
これが嫌だから魔王に命乞いまでしたのに。
 
 「頭から食ってやる!俺の養分になれ!」 

 右腕を強く引っ張られ風を全身に受ける。暴食族の大口が迫ってくるのに声すら出なかった。
むしろ、この後のことが頭に思い浮かんでくる。
 
 (これから、どうなるんだろうな)

 しかし、突然風が止まったかと思うと床に叩きつけられた。 

 (なんだ?)

 ワケがわからず自由になった右手を動かすと、なんと暴食族の手がぶら下がっている。
慌てて大きく振って床に落とした。 

 「俺のモトユウちゃんに何してくれてんの?」
 
 待ち侘びた声に顔を上げるとデュークさんが俺を庇うように立っていた。
大剣からは血が滴り落ちていて、後ろに見える暴食族の片腕が斬り落とされている。 
 
 「デュークさんッ⁉」

 「悪いなモトユウちゃん。遅くなった」

 「テメェなんでここにいるんだ⁉まさか暴食族30人全員倒したっていうのか⁉」

 「やっぱアンタの指図だったか。おかげで大変だったぜ?」

 それでもデュークさんは無傷だった。
さすがと言いたいが、どのような立ち回りで戦ったら無傷で済むのだろうか。
 暴食族は悔しそうにギリギリと歯ぎしりをしている。

 「邪魔すんじゃねぇ‼テメェもこのニンゲンにまんまと騙されやがって‼」

 「騙されてねぇよ。俺は好きで面倒見てんの。
 お前が暴食族なのはわかってたし、やけに従順だと思ってたが、やっぱ演技だったか」

 「そうでもしねぇと気を許さねぇからな‼
 そこを退かねぇならテメェから喰ってやる‼テメェ幹部だろ?
だったら俺は確実に強く――」

 次の瞬間、残っていた腕がボトリと地面に落ち切断面から大量の血が吹き出す。
床をさらに赤く染めながら暴食族が叫んだ。

 「ガアァァ‼何しやがるテメェ‼」

 「俺を喰うならブッタ斬る」

 「クソッ!せめて腕だけでもよこせ!」

 怒りからか暴食族がデュークさんに飛びかかる。
デュークさんはため息をつくと体を右にずらして大剣を突き出し、止まることのできない暴食族の体を貫いた。

 「ガッ⁉」

 「闇雲に飛びかかるとこうなるぜ?」

 デュークさんはニヤリと笑って剣を引き抜き、すぐに真っ二つにする。
聞いていたとおり、力尽きた暴食族は霧になって跡形もなく消えた。

 「大丈夫か?モトユウちゃん」

 「は、はい……」

 全身に返り血を浴び近づいてくるデュークさんから目を離さないまま、俺は少しずつ距離を取る。
助けに来てくれた時からあることが気になっていた。

 (語尾が伸びてねぇ)
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