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第2章

魔族の恐ろしさを知る

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 言葉を失っている俺を気に留めていないのか、
へネラルさんは歩くのををやめない。

 (鎧に付いてるのって血だよな?
魔王から討伐を命じられたのか?)

 城内にモンスターが入ってこられるのは困るようで、魔王たちはときどき討伐をしている。
俺も1回言われたことがあったが、できればもうやりたくない。

 (でも、町を襲撃することもあるってデュークさん言ってたし。
モンスターの方だったらいいんだけど)

 魔王の配下になったとはいえ、完全に寝返ったつもりはないのでザルドたち仲間や
町の人たちのことは心配している。
「教会送り」で生き返るのはわかっていても苦痛は伴うし、死ぬのは嫌だろう。

 「ダン……」
 
 「チョウ……」

 疲れ果てていてもどうにか起き上がろうとする暗黒ナイト
たちをへネラルさんは手で制した。

 「……休め」

 「へネラル団長、お疲れさまなのです
!大活躍だったんですね!」

 俺の肩に乗ったままのエフォールが声をかけるとへネラルさんは
俺たちに目を向けてから手招きした。

 (ん、なんだ?)

 「あ、話があるんですね!行くですよ!モトユウ2等兵!」

 「俺も?」
 
 「もちろんなのです!さあ、ゴーゴー!」

 (たまには自分で歩いてくれ……)
 
 訓練の時から俺はエフォールの足にされている。小さいため地面に下りたら踏み潰されるだからだろうが、
当の本人に下りる気が全くない。嫌ではないのだが複雑な気分だ。
 連れてこられたのは、以前武器磨きをした倉庫だった。
話というのは建前で砥石の個別指導なのかもしれないと少し
身構えていると、へネラルさんがおもむろに鉄仮面を脱ぐ。
変わらない整った顔立ちに一瞬気を奪われた。
 
 「ありがとうございますっ!!」

 (お礼⁉鉄仮面脱いだだけなのに⁉)

 いきなり直角に体を曲げてお礼を口にしたエフォールに開いた口が塞がらない。
確かにカッコいいが、そういうルールでもあるのだろうか。
 エフォールは興奮しているようで、俺の肩を小さな手でパシパシと叩いてくる。

 「ほら、モトユウ2等兵も頭下げるですよ!
へネラル団長のお顔を拝めるなんてめったにないんですから!」

 「は、はあ……」

 「……強制させるな、エフォール。それに2回目だ」

 「2回目⁉早い!早すぎですよ!自分でも2回目は
1月もかかったのに!」

 「ついでに自身の好みも知っている」

 立て続けに聞いたエフォールはかなりショックを受けたようで、
信じられないという顔で俺を見てきた。

 「何者なんですか、あなたは」

 「ただの人間です……」

 「どう見ても「ただの」じゃないですよ!こんな短期間で
団長の素顔を2回も見て、しかも好みまで知ってるなんて!」

 「偶然知っただけで――」

 「ず~る~い~で~す~‼」

 嫉妬しているのかエフォールは肩を足で踏んできた。
しかし俺にとっては他人から軽い挨拶で叩かれているようなものなので痛くも痒くもない。

 (それにしてもエフォールといいマルールといい、
団長に対して心酔し過ぎじゃないか?)

 何かあったのだろうなとは思うが、そこまでにしておく。
へネラルさんが呆れたように俺たちを見ていたからだ。

 「……大きく話がそれたな。今日、自身が何をしていたのか
教えてやる」

 「そのためにわざわざ移動を?さっきの場所――」

 「デュークと共に町を1つ壊滅させた」

 「……え」 

 言葉を遮られたが、それどころではない。
頭の中が真っ白になり、視界から色が消えかける。

 (町を壊滅⁉)

 「おお!さすがなのです!人間たちは為す術もなかったでしょう?
近くで見たかったのです」

 さっきまでの嫉妬からうってかわって再び興奮するエフォールの声が耳を流れていく。
全身から血の気が引いていくのがわかった。

 (まさかドリアスじゃないよな?)

 予想が外れていてほしいが、ここから最も近い町はそこだ。
今まで町の話題は出ていないので可能性は高い。

 「そ、その町、ドリアスとかいう名前じゃなかった
ですか……?」

 「さてな。町の名前までいちいち確かめていない。
だが、位置なら覚えている。南西だ」

 (間違いねぇ……)

 へネラルさんたちが壊滅させた町はドリアスで確定してしまった。
移動していなければザルドたちが滞在しているはずだ。
他の冒険者たちと一緒に「教会送り」になってしまったのだろうか。

 「強い冒険者とかいませんでした?」

 「少なくとも自身は遭遇していない。
冒険者はほとんどデュークが相手をしていたからな。
自身は逃げ惑う者やデュークが斬りもらした者の始末にあたっていた」

 「…………………」

 ようやく視界に色が戻ってきたが、言葉が出てこない。
それに、デュークさんたちに怯え逃げ惑う人々や交戦にあたった冒険者たちに
容赦なく武器を突き立てるシーンを思い浮かべて、俯くことしかできなかった。

 (徹底的にやったみたいだし生存者はいなさそうだな……)

 しっかりとシステムを理解しているわけではないが、
死亡した場所から最も近い町に「教会送り」になる。
ドリアスが壊滅してしまったのなら次に近いナキレに
「教会送り」になっているだろう。

 (ザルドたちが一丸になってもデュークさんたちには
勝てなかったってことだよな?やっぱり強ぇ……)

 「あれ?モトユウ2等兵、顔色悪いですよ?
疲れが一気に出ました?」 

 「やはり完全には切り替えられていないか」

 へネラルさんが腕を組んで俺を眺める。しかし怒っているわけではなさそうだ。
 エフォールは俺たちを交互に見て不思議そうに首を傾げていた。
こういうときは鈍感みたいだ。

 「へネラル団長、何のことなのですか?」

 「このニンゲンはいきなりこちら側についた。だが、そう
簡単に気持ちは切り替えられないだろう」

 「あ、裏切るチャンスを伺ってるのです?」

 「そんなことする勇気なんてないですよ……」

 顔を上げて弱々しく答えるとエフォールは考え込んでしまった。

 「むー、全部は信じられませんが、今まで聞いたモトユウ
2等兵の評価と今日の様子から可能性は低いのです」

 「自身も同意見だ。裏切るならすでにやっているだろうからな」

 「へネラル団長がそう仰るなら大丈夫ですね!」

 へネラルさんの言葉を聞くとエフォールはあっさり納得する。

 (リスペクト精神⁉そう考えていてくれているのなら
ありがたいけど)
 
 裏切る気はゼロだ。「教会送り」になりたくないという理由
だけでここまで来ているのだから。

 「エフォール、先に戻れ。自身はもう少し話すことがある」

 「了解なのです!では失礼します!」

 エフォールはビシッと敬礼すると俺の肩から手首までスルスルと下りていってそこから足に飛び移り、
またスルスルと足首まで下りて、床に着地した。そしてあっという間に走り去っていく。
 へネラルさんはエフォールを見送ったあと俺に向き直った。
まだ話があるとはいえ、見つめられるとどこを見たらいいのかわからなくなる。

 「……なんとも思わないのか?」
 
 「えっと、さっきの町のことについてですよね?」

 「それ以外に何がある……。罪もないニンゲンを何人も殺した。
憎しみすらわかないのか?」

 「どうなんでしょう……」

 (なんでだ?その場にいなかったから?
それともザルドたちじゃないから?)

 そう答えておきながら頭の中は疑問符でいっぱいだ。
 似たようなことなら前に1回あった。自主的に廊下を掃除していたとき魔王に会い、
話の途中でいきなり魔王は魔法弾で城に向かってきていた冒険者パーティを「教会送り」にしてしまったのだ。
そのときも魔王に同じことを聞かれたが、抗議するような答えではなかったと思う。
 
 (俺の捉え方が変わってきているのか?)

 「……自己保身にはしるあまり、
他人などどうでもよくなったか?」

 「………………」

 「悪いことではない。自身ら魔族はそのような者が多いからな。だから卑怯などとは思わん。
 もっとも、ニンゲンとは価値観が違うがな」

 何も言えなかった。俺が今ここにいるのも「教会送り」に
なりたくないというワガママだ。

 (言ってることは間違ってないと思うけど、他の人がどうでもよくなったわけじゃない。
心配はしているし……)

  だが、へネラルさんたち対して憎悪や怒りの感情はわかない。
魔族と一緒にいるため考えが似てきてしまったのだろうか。
 黙り込んでいる俺を見てへネラルさんは静かに息を吐きだしてから話を続ける。

 「……今までどのようにしてモンスターや魔族を倒してきた?
こうも簡単に情がうつるのならトドメを刺せなかったのではないか?」

 「それは大丈夫でした。仲間がいたのと敵の悪い面しか見えて
なかったからだとは思いますけど」

 「そうか」

 へネラルさんは短く答えると目を閉じた。
話は終わりという意味だろうか。

 (帰ってもいいのか?)

 少し調子は戻ったが、ドリアスが壊滅させられたショックがまだ残っている。
訓練の疲れもあるし休みたい。

 「俺も失礼しますね」

 考え事でもしているのかへネラルさんはノーリアクションだった。
待っていても夜になりそうなので、お辞儀してから倉庫をあとにする。

 (それにしても、なんで壊滅させたことをわざわざ言ったんだ?
黙ってても問題ないだろ)

 俺の反応を見たかったのだろうか。
だが、理由を聞きに戻る元気はなかった。
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