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第2章

エフォールにシゴかれる

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 コンコンとドアがノックされる音で目が覚めた。
慌てて体を起こして返事をする。

 「は、はい!」

 部屋に入ってきたのはへネラルさんだった。ドアを片手で
押さえたまま俺を見る。

 「……裏に来い……」

 「わかりました。こ、これからよろしくお願いします!」

 すぐに部屋を出ていこうとするへネラルさんに声をかけると右手を上げて応えてくれた。
しかしそれだけで会話を続ける間もなく出ていってしまう。

 「相変わらずクールだ……」

 一息ついてから頭の中を整理することにした。

 (えっと昨日は……そうだ!アパリシアさんが
フロに乱入してきたんだった!)

 アパリシアさんは「立て札効かない勢」で俺たちが先にいてもが平気で入ってきた。
どうにか裸体を見ずにすんだが、情けないことにアパリシアさんにくっつかれて気絶したのだ。

 (デュークさんがここに運んでくれたんだろうな。
今度会ったらお礼言っとこう)

 散々だったものの、キングベア戦のときの頭突きでできた
タンコブはなくなっていた。フロの治癒効果にはなぜか痛みが伴うのだが、気を失った俺は全くわからなかった。
この点においては気を失っておいてよかったと思う。
 
 「あ、そうだ。食事しておこう。昨日獲った肉が――」

 室内を見回すとベッドのすぐ横にモリミツの入った革袋と
肉が置いてあった。しかし量が半分くらい減っている。

 「アパリシアさんが持っていったのか?
好物だって聞いてたし」

 持っていき過ぎだとは思うが悪い気はしていない。
最初に、子どものように喜んで肉を食べていた姿が印象に残っているからだ。
 しかしそれよりも、俺は重大な問題にぶつかっている。
肉を加工する手段がないのだ。裏に調理場があるとは
デュークさんから聞いていたが、結局教えてもらっていない。
 
 「自分で探すしかないか」

 準備をしようとベッドからおりて、あることに気づいた。

 「焼いてある……」

 すっかり冷めてしまっているが2塊ほど火が通してあった。
お礼のつもりで焼いてくれたのだろう。

 「なんだかんだ言って、アパリシアさんも世話好きなのか」

 「サンドバッグ」で無茶ぶりを要求されるしよく振り回されているが、
このような優しさになんともいえない気持ちになる。 

 (俺からの印象が悪くなると「サンドバッグ」に応じてくれくなくなるのを嫌がってるとか?
でも首根っこ掴んで強引に連れてくよな……。
 まあ、考えても埒があかないし。いただきます!)

 肉にかじりつくと甘みが口内に広がった。焼き加減も
ちょうどいいし、歯ごたえもある。

 (確かに甘い)

 エインシェントオークや突撃バッファローの肉とは比べ物にならないぐらい甘い。
主食が違うだけで、こうも味が変わるものだろうか。
 
 (でもこれ、焼きたてだったらもっと甘かったかも)

 そのまま1塊をペロリと平らげた。相変わらず空腹感はないものの、まだお腹に余裕はある。
せっかくなので、もう1塊はモリミツをかけて食べてみることにした。

 (甘っ⁉肉じゃなくて果実みたいだ。
でもこの甘さならオークやバッファローの肉にかけたら
問題なくいけるな。今度試そう)

 どちらの肉も焼いても固く、臭みが抜けきれていなかった。
相殺とまではいかないだろうが、ある程度は緩和されると思う。

 「よし、いくか」

 満腹感はないが満足感は得られた。
これで今日はテナシテさんからサンプルを採られることもないだろう。
 剣を携えて裏に行くと暗黒ナイトの集団がいて、
その最後列にいるナイトの肩にエフォールが乗っていた。
俺が来ることは把握しているようだ。

 「お邪魔しまーす……」 

 「あっ、来たですね!モトユウ2等兵!」

 「2等兵⁉」

 「そうなのです!へネラル団長から聞きましたよ!
なので2等兵です!」

 「な、なるほど……。そういえばへネラルさんは?」

 さっき呼びに来てくれたのに姿が見えなかった。用を足しにでも行っているのだろうか。
するとエフォールが少し眉を下げて口を開く。

 「団長なら別の用事で今日はいないのです。なので、自分が取り仕切るですよ。
 訓練の前にモトユウ2等兵を紹介しておくのです。
と言っても今日は暗黒ナイトしかいないのですけど。
 全員、ちゅう~も~く‼」

 エフォールの号令で暗黒ナイトたちが一斉に俺を見る。
号令が掛かる前から何体もの視線を感じてはいたが、
全員の視線は圧がすごい。思わず目線を下に向ける。

 「へネラル団長から話はありましたし、知っている者もいるでしょうけど、
自分の隣にいるのがモトユウ2等兵なのです!
今は2等兵ですが、もしかしたらガンガン昇級していくかも
しれないので、ナメてかからないように!」
 
 「ウイ~~‼」

 「ガーー‼」

 腕を挙げている暗黒ナイトもいるし、嫌悪感はなさそうだ。ひとまずホッとする。
他の魔族やモンスターもメンバーにいるが、この場で歪んで戦闘にならないように
何体か面識のある暗黒ナイトだけにしたのだろう。

 「あ、肩に乗せてください!」

 「俺の?」

 「はい!」

 手のひらを差し出すとエフォールが飛び乗ってきたので、
そのまま右肩にもっていくと真ん中に座った。

 「さあ、最初は基礎訓練からです!
まずは団長式スクワット100回ですよ!
 せーのっ‼‼」

 「ウィ~~‼」

 エフォールの掛け声とともに暗黒ナイトたちが訓練を始める。

 (なんだこのジミな訓練は⁉)

 「ほら、モトユウ2等兵もやるですよ!」 

 「は、はい!」

 てっきり防具を使った受け流しや模擬戦をやると思っていたので期待を裏切られた気分だ。
俺が勝手にそう思っていただけだが。

 「これって、意味あるんだよね?」

 「何言ってるですか!タンクは足腰が要なのです!
相手の攻撃に耐えられないようじゃ失格ですよ!」

 (正論返された。それに俺がタンクやるわけじゃないんだけど。
 でも、言われてみればザルドもへネラルさんも体つきガッシリしてるし、
やっぱり人間も魔族も役割は共通か。訓練内容も対して変わらなそうだ)
 
 いろいろ考察しながらスクワットを続ける。
そう苦労もせずに終わると思っていたが
20を超えたあたりで太ももが痛くなってきた。

 (マジか……。ここに来てからも走り回ることが多いから
自信はあったんだけどな)

 ちょっとショックを受ける。
暗黒ナイトたちの様子を見てみると一定の感覚で片足立ちをしていた。
普通に足を上げているだけの個体もいれば、両腕を横に伸ばして何かのポーズをとっている個体もいる。
 
 (なんだありゃ⁉)

 「20回に1回、10秒間片足立ちするのですよ!
こんな感じで!」

 動きを止めた俺を見て疑問を察したのか、肩の上でバランスを取りにくいはずなのに、
エフォールはブレもせずに片足立ちをやって見せてくれた。
案外、鎧の下は筋肉ムキムキなのかもしれない。

 (じゃあ1回やらないと。20超えたし)

 それにしても思っていた以上にキツい。
何度も休憩を入れながらどうにか100回し終える。
 どうやら俺が最後だったようで、周りを見ると暗黒ナイト
たちが軽くストレッチをしていた。終わったからといって棒立ちにはならないみたいだ。 

 「スクワット、お疲れさまなのです!息が整ったら次は
団長式ランニングですよ!」

 (まだあるのか⁉)




 空の色が変わり始めた頃、ようやく訓練も終わりを迎えた。
暗黒ナイトたちもさすがに疲れたのか、ほとんどが地面に寝っ転がっている。
 俺はというと、ランニング100周の50を過ぎたところでギブアップした。
てっきり問答無用で走らされるのかと思っていたが、
他のメンバーより体力もないし最初ということで受け入れてもらえた。
倒れるよりはマシだが、ついていけなくて少し申し訳なく思う。
 ちなみにへネラルさん式とは10周毎に1周、逆立ちで周ることだった。
走る場所は裏の建物3棟の間を行ったり来たりするだけなのでそう距離はなかったがキツイものはキツい。
 すると、エフォールが声を張り上げた。

 「今日はここまでですよ!お疲れさまなのです!」

 「ツカ……」

 「レタ……」
 
 (モンスターがヘバるって、そうとうだよな。
お疲れさまです)

 突っ伏している彼らを見て心の中で労う。毎回訓練していてもこれは疲れるだろう。
 エフォールはなぜか終始俺の肩にいて、今も変わっていない。
居心地がいいらしい。

 「モトユウ2等兵もお疲れさまなのてす。
よく倒れませんでしたね」

 「ギブアップを受け入れてもらえたからですよ。
そうじゃなかったら倒れてました」

 「部下の意見を聞くのも大事なのです。今日はいませんでしたが、
時々耐えきれる自信がないからと相談にくる兵もいます。
なので、ついていけなくてごめんなさいとか思わなくていいですよ」

 「え?」

 (バレてる⁉)

 ビックリしてエフォールを見ると勝ち誇った表情をしている。

 「やっぱり図星なのです」 

 「顔に出てました?」

 「出てなかったですよ。
 実は昨日、団長と見回りをしているときにデュークさんに会ったんです。
それで「ネガティブ傾向だから注意しといて」って言ってたので」

 「そ、そうなんだ……」

 (俺を部屋に届けた後だよな?行動力スゴイ。
それにしても一緒にいる時間が長いだけある。さすが教育係)

 少しソワソワしながら周りを見ていたエフォールは小さく声を上げると目を輝かせる。
振り返るとへネラルさんがこちらに向かって歩いてきていた。
 
 「へネラル団長ー!おかえりなさいです!」

 (あ、ソワソワしてたのはへネラルさんが帰ってきそう
だったからか。もしかして門限がある?) 

 「お、おかえ――」

 エフォールに続いて声をかけようとして、そのまま固まる。
距離が縮まってきてわかったことだが、
へネラルさんの鎧にはところどころ赤黒いモノがついていた。
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