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第1章

フロに入るハメになる①

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 「あーー、疲れたー!!」

 俺は自室に戻るとベッドに倒れ込んだ。
ベッドといってもかなり古い物で寝転ぶ度にミシミシと軋む。
いつ壊れてもおかしくない状態だ。

 (でも、ベッドがあるだけマシか)

 床に寝たり、ワラとか毛皮とか纏って寝たりするよりはいい。
 仰向けになって天井を眺めた。石造りでところどころヒビが入っている。
そのうちパラパラと破片が落ちてきそうで怖い。

 「ちぃ~~っす、モトユウちゃん!」

 「デュ、デュークさん⁉な、何で⁉」

 入り口から顔を覗かせた彼に驚いて体を起こす。

 「マーさんから場所聞いた。
 思ったより早く掃除終わったみたいだな~。
お疲れさ~ん~」

 「ど、どうも……。それで、何か用事ですか?」

 「そうそう、用事。……フロ入ろうぜ~!」

 「ヘ……?」

 (フロ⁉聞き間違えか⁉)

 思わずデューク……さんの顔を見つめるが、
人懐っこい笑顔を見ると聞き間違えではないようだ。

 「え、魔族がフロ入るの意外って?
最低でも3日に1回は入るぜ~。……マーさんの命令で」

 「ああ……」

 (なら納得だ。っていうか魔王、潔癖症か⁉)

 昨日の掃除の事といい、その可能性が高い。

 「じゃあ、行こうぜ~」

 「今からですか⁉」

 「おう。疲れただろ~?モトユウちゃん。
 それにニンゲンはフロで疲れ取れるんだろ?」

 「まぁ……」

 フロは好きか嫌いかでいえば好きだが、欲を言えば1人で入りたい。

 (でも、せっかく誘ってくれてるしな。
教育係だからかもしれないけど)

 魔族とはいえ厚意をムダにするのは申し訳ないと思った。
 俺が頷いたのを見るとデューク……さんが歩き出す。

 「フロってどこにあるんですか?」

 乗り込んだ時は迷路のような城内に手間取った。
同じ道を何度も通ったが、フロなんて無かった気がする。

 「あ~、知らないんだっけ。裏にある」

 「裏?」

 「そ。表は対冒険者用に複雑な造り。
 裏には魔族用の建物があるのさ。もちろん迷路なんて無いぜ。ちなみに調理場もそこにある」
  
 「へえ……」
 
 (宿舎みたいなものか)
 
 「痛ッ⁉」

 デューク……さんの背中にぶつかった。いきなり立ち止まったようだ。
 声をかけようとして固まる。目の前には壁があったからだ。

 「……行き止まり?」

 「そう思うだろ~。実はこうなってんのよ!」

 デューク……さんが壁に体当たりするとその部分が回転して姿が消える。

 (これ、トウホウの大陸にあるヤツじゃ?
カラクリとかいう名前だったような……)

 幼い頃に本で見たことがあるだけだったので
定かではない。

 「い、行けるのか?」

 手本を見せてくれたのだろうがそれでも不安だ。
 意を決して壁に体当たりするとグルリと視界と体が回り、眼前に違う景色が広がった。
吹き抜けのような形で中庭と。左右と中央の3箇所に
礼拝堂を模したような建物がある。

 「こっちだぜ~」

 呼ばれて目を向けるとデューク……さんが1番左の建物に入っっていった。慌てて俺も向かう。
 中は何もないただの部屋だった。奥にもう1つドアがある事から、そこがフロ場なのだろう。

 「脱衣場……?」

 「おう。魔族の姿はニンゲンに近いヤツが多いからな。
俺もだしマーさんもだし。
 俺は最初意味がわからなくてそのままフロ入ったけどな!
そしてマーさんにボコられた!ヒハハハッ!」

 (マジかよ……)

 呆れる俺を通り過ぎてデューク……さんは入り口に向かうと
何かを立て掛けてドアを閉めた。

 「今何かしましたよね?」

 「ああ。男用の使用中の立て札をな。フロ1箇所しかないからさ~。
 特に女共が間違って入って来ちゃマズいだろ?」

 「それはマズいですね……」

 (やっぱ女性も居るよな。まだ会った事ないけど。
 モンスターにも性別あるから当然か……)

 「ヒハハ!まぁ看板立てとけばそういうの気にしないヤツしか入って来ねぇからな~。
 じゃ先に行っとくぜ~」

 あっという間に一糸まとわぬ姿になると奥のドアを開けて居なくなる。

 (早ぇ。つーか本当にフレンドリーだな、この人……)

 前に全部本心とか言ってたと思うが、イマイチ信用できていない。

 「まぁ侮っちゃいけないのは明らかだな……」

 フロ場に向かうと大きめのバスタブが目に映った。
 
 (石?大理石か?)

 ガン見しているとデューク……さんが隣に立つ。

 「来たか、モトユウちゃん。
見てわかると思うけど、ここがフロ場な!
いつでも入れるように常に湯が張ってあるんだぜ。
ヒャッホーイ‼」

 そう言うとバスタブに飛び込んだ。
水しぶきが上がり、俺に降りかかる。

 (無邪気だな⁉子どもかよ⁉)

 当の本人は気にも止めずバスタブの淵に手をかけて俺を呼んだ。

 「モトユウちゃんも来いよ~」

 「……入る前にかけ湯しないんですか?」

 「ナニソレ?」

 真顔で首を傾げられた。魔族には馴染みがないらしい。
 俺達は当たり前のようにしているが、元は遠い地方の風習だと聞いたことがある。

 (そういえばバスタブしかない。洗面器も椅子もないな。
湯に浸かるだけみたいだ)

 「俺達人間はバスタブに入る前に全身に湯をかけるんです。体の汚れを落とすために」

 「へ~ぇ~。な~るほど~。俺達はしないねぇ~。
 モトユウちゃんがしたいんならすれば~?」

 俺は湯を両手ですくって全身にかけた。1度にすくえる量が少ないので何回か
繰り返さないといけなかったがどうにかかけ終える。
 湯加減はちょうどよかった。

 ようやくバスタブに入った。


 「深ッ⁉」

 (足がつかねぇ⁉)

 危うく頭まで浸かりそうになるところを、どうにか浮き上がって淵に掴まる。

 「あ、危ねー……溺れるとこだった」

 「ヒハハハッ!だから俺は淵に摑まってんじゃ~ん」

 思わず下を見ると足から数十メートル以上離れた場所に床が見えた。
 バスタブの横幅は俺を3人並べたらキツそうだが縦に同じ数を並べても、もう少し余裕がありそうだ。

 (深すぎんだろッ⁉)

 「な、何か理由でもあるんですか?」

 「さぁ?大量に来ても大丈夫なようにじゃない~?
魔族も下級から上級までわんさか居るからさ~」

 「え、でも……」

 (コレ、下に詰めるんだよな?つまり水中……大丈夫なのか⁉)

 「俺は違うけど、水中でも呼吸できるヤツらも居るからな~。
ソイツ等が下に行けばヨユーだろ」

 「マジですか⁉」

 「マジですよ~。ヒハハハ!」

 (魔族強ぇ⁉ちょっとナメてた)

 ふと湯に波紋が広がる。見るとデューク……さんが少し距離を詰めてきていた。

 「な、何でしょう……?」

 「いや~?俺もよくわかんないけど、ニンゲンには裸の付き合いとか言うのがあるんだろ~?ソレ」

 「はぁ……」

 (一緒にフロ入る事なんだけどな。何か認識が違ってる気がする……)

 かといって修正する勇気はない。
 戸惑いながらもデューク……さんに目を向ける。湯から出ている肌色より少し濃い上半身にはキズ跡1つない。

 (キズだらけかと思ったけど綺麗だな。それに――)

 「ン?なぁに、モトユウちゃん。俺のカラダ変?」

 「い、いや。確か俺、真っ二つに斬っちゃったと思うんですけど……」

 「うん、斬られちゃったな~。ヒハハッ!
 ……魔族もニンゲンの教会送りと同じシステムで生き返るんだよ。もちろんキズも全部癒える。
 「教会送り」ならぬ「墓地送り」!」

 デューク……さんはそう言ってドヤ顔で俺を指さした。

 (「墓地送り」⁉つーかなんでドヤ顔なんだよ⁉
……ん、って事は魔族も)

 「メンバーに入れ替わりが無いんですか?」

 俺の言葉を聞くとデューク……さんはドヤ顔から急に真顔になった。

 「いや、たまーにある。魔族が完全に消滅する方法が1つだけあるからな。
 マーさんに殺される事だ」

 魔王特有の能力なのかもしれない。流石は頂点と言うべきだろうか。
 俺が固まっているとデューク……さんが再び口を開く。

 「マーさんに殺されたらソイツは2度と復活できない。
だからみんなマーさんの地雷踏まないようにしてるんだぜ。もちろん俺もな。
 まぁ、マーさんが殺すっても自分を狙ってきた
ヤツぐらいだが」

 「てっきりドンドン殺してるのかと……」

 「いや、マーさん意外と平和主義よ?まぁボコる事は多いけど、加減してるみたいだし」

 (平和主義……わからなくはない。今朝メイスで叩かれたけど、その1回きりだったし。
 いや、そもそも人間の俺を配下にした事自体が――)

 「ところでモトユウちゃん、1個聞いてい~い~?」
 
 デューク……さんが俺の反応を伺うように顔を覗き込んできた。
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