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第1章 勘当旅編

20話 思いもよらない人物との出会い

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 「こ、こんにちはー」

 「いらっしゃい。あなた1人?珍しいわね」

 肩まである茶色い色の髪を1つ結びにした女の人が出迎えてくれる。
 小屋の中は簡素な造りで、女の人が使用する台所と生活スペース、そしてベッドがあった。
ベッドは壁側に3つ並べられていて、間に衝立はあったものの個室ではないことにビックリする。寝相が悪い人と一緒になってしまったら大変そうだ。

 「宿屋さんの看板があったので来たんですけど……」

 「その通りよ。ここは宿屋。といっても見ての通り狭いから大人数は泊まれないけれど」

 『ごく普通の人だな』

 『ですねー。もし悪いことしてたら軽くシバいちゃいましょー』

 リル村でのことがあってからラディウスもテネルも初対面の人に警戒しているみたいだ。
私はそういうことは全くわからないが、2人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。

 「でもどうしてこんな場所で?」

 「この先にホワイトドラゴンが住んでいた山があるのは知ってる?」

 「はい。そこを目指してて」

 「やっぱりね。あなたみたいな人たちの為に宿屋をしてるってのもあるわ。
 途中で疲れちゃう人が多いみたいでね。
 でも1番の理由は王都での生活が嫌になっちゃったの」

 「王都?」

 馴染みのないワードだ。
 貴族の間でも王様や王子様やお城のワードが出てくることはあるが、それらと関係があるのだろうか。

 『北の方にキラキラしたものばかりつけてる人がたくさんいるって他の子から聞いたことがありますー。おそらくそこでしょうねー』

 「ええ。ルオーロっていうんだけど聞いたことない?」

 「初めて聞きました。私、ヴァイスア大陸に来たのが初めてで」

 「そうだったの。なら白夜が大変なんじゃない?」

 「はい。時間がわからなくて苦労してます」

 女の人が口を開こうとしたとき、ドアが開いて濃い緑髪の男の人が顔を覗かせる。
髪色が違うので兄妹ではなさそうだ。

 「あ、お客さん?いらっしゃい」

 「こ、こんにちは」 

 「夫のジェイドよ。私はリンダ。2人で経営してるの」

 「夫婦なんですね!」

 飛び上がって言うと2人はお互いを見て少し顔を赤くした。

 「そ、そうなの。
 とりあえずベッドに案内するわね。
 あ、先に銅貨3枚頂ける?」

 「はい」

 リンダさんに宿泊費を渡すとジェイドさんが案内してくれた。
端っこのベッドだったが、1つ飛ばしてカウンターに近いベッドにはすでに荷物が置いてあった。

 「他にもお客さんがいるんですか?」

 「ああ、男の人が1人。君より少し年上かな。少し外に出てくるって行っちゃったけどね。
 あ、帰ってきた!」

 ジェイドさんにつられて入り口見た私は開いた口が塞がらない。
 私と同じ青がかった紫色の髪と青緑の目。間違いない、兄のレオだ。

 「お兄ちゃん⁉」

 「シーラ⁉こんなところまで来てたのか⁉」

 「お兄ちゃんこそ何しに来たの⁉」
 
 「あら、お2人はご兄妹だったのね」

 兄――お兄ちゃんはリンダさんとジェイドさんにチラリと目を向けてから私に戻す。

 「外で話そうか。少し込み入った内容だからな」

 「うん……」

 やっぱり勘当についてだろうか。
不安になりながら外に出ると、お兄ちゃんは一呼吸おいてから私の目をまっすぐ見てきた。

 「俺はな、シーラを連れ戻しに来たんだ」

 「へ?」

 お兄ちゃんの言ったことが理解できずにフリーズする。
連れ戻す、確かにそう言った。
するとラディウスとテネルもボソボソと喋り始める。

 『おかしいだろ。お前、勘当されたんだよな?』

 『そのはずですが、お兄さんの話し方だとすれ違いが起きているみたいですねー』

 「だ、だって私は勘当されて――」 

 「父さんはそんなつもりなかったんだよ」

 遮られたが、お兄ちゃんの言うことだから本当なのだろう。
しかしそうだとしても、あのときのお父さんの表情や声からして本気で言っているようにしか見えなかった。
 言葉を失って俯いていると、お兄ちゃんは少し声を緩くして話を続ける。

 「なんであんなことを言われたかは、わかるな?」

 「ぬいぐるみしか作らないから……」

 「そうだ。
  父さんはシーラが少しでも家事をやったりマナーを勉強してくれたりしたら、と思って実行したみたいなんだ。
まさか本気で出ていかれるとは思ってなかったから父さんも落ち込んでたけど。ははは!」

 そう言ってお兄ちゃんは笑ったが、笑う気にはなれない。今さら本気じゃなかったと言われてもどう対処していいのかわからないからだ。
 するとお兄ちゃんが手を差し出してきた。意図が読めずに固まっていると予想外の言葉を口にする。

 「というわけだ。帰るぞ、シーラ」

 「…………ごめん、お兄ちゃん。まだ帰れない」

 「は?」

 今度はお兄ちゃんが言葉を失い、私の言ったことが信じられないのか瞬きを繰り返している。
 帰れないと言ったのはラディウスを故郷に送り届けるという使命を果たすまで帰るつもりはないからだ。
 お兄ちゃんはすぐに我に返ると興奮した様子で距離を詰めてきた。

 「もしかしてこっちの方が居心地がいいのか⁉」

 「ううん、どうしてもやらなきゃいけないことがあるから」 

 「…………そうか」

 そう言ってゆっくり頷いた。しかも焦っているわけではなく、どこか嬉しそうで首を傾げる。
無理矢理にでも連れて帰られそうになるのかと思っていたが違うようだ。

 「私を連れて帰るんじゃないの?」

 「そのつもりだったけどな。どうしてもやらなきゃいけないことがあるんなら、それを終わらせてから帰ろう」

 「いいの?それにお父さんやお母さんには何て言うの?」 

 「シーラが言ったことをそのまま伝えるさ。
 本当は終わるまで待っていきたいんだが、3日後に狩猟大会があるからな。
俺は1回帰る。それで、終わったらコルタルで合流しよう」

 「わかった。私の用事も3日あれば終わると思うから先に待ってるね」

 「ああ。
 そうだ!せっかくだから食料置いてくよ。お腹空かせてたらいけないと思って多めに持ってきたんだ」

 「わーい!ありがとう!お兄ちゃん!」

 『食料問題一気に解決ですねー。よかったです』

 ようやくテネルが口を開いた。私たちの会話の速度が早すぎて入るタイミングを伺っていたのだろう。
 お兄ちゃんから食料――パンを5個もらった。
 そしてすぐに出ていくと言うのでお見送りをしに行く。

 「じゃあまたな、シーラ」

 「うん。気をつけてね。あと、ワガママ言ってごめんなさい」

 「はははっ!ワガママじゃないさ。用事なんだろ?しっかり終わらせて来いよ」

 「うん!」
 
 お兄ちゃんは満足そうに頷いて歩き始めた。家に居たときもしょっちゅう歩き回っているせいか私と歩き方が全く違う。
真似したら少しは疲れにくくなるだろうか。
 すると突然お兄ちゃんが振り向く。

 「あ、そうだ、1つ言い忘れてたよ。
 その2つのぬいぐるみ、いいな!」

 「ありがとう!自信作だからね!」

 お兄ちゃんは親指を立てるとまた歩き始めて、姿が見えなくなるまで振り返ることはなかった。
 私の趣味に対しては寛容でよく褒めてくれていたのを思い出す。

 『シーラちゃん、とってもいいお兄さんですね!ワタシまで嬉しいですよ』

 『……悪くはない』

 「うん。
  でも用事の内容聞かれなくてよかった。ぬいぐるみが喋りだしたなんて言っても信じてくれそうにないし」

 『信じろっていう方がムリだな』

 『でもお兄さんなら信じてくれそうですねー』

 2人の会話に微笑みながら宿屋に戻る。
 明日はいよいよ山に行くけど、ラディウスの住処がありますように。
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