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2話 意志を持ったぬいぐるみ

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 カロン家は中流貴族ではあるのだが、辺境に追いやられていた。そのため、家の周りは1本の街道があるだけで他は豊かな自然が広がっている。
隣人なんているはずもない。
 
 「家を出たはいいけど、休む場所を見つけなきゃ。
途中に休憩できる場所とかあったっけ?」

 家、とも思ったがここから最も近い町アンゼータへ行くには徒歩だと時間がかかるからだ。
さらに今まで馬車移動だったため、家を出てからそんなに時間は経っていないのにすでに足が痛みだしている。 

 「歩く機会なんて減ってたし」

 おぼつかない足取りで進んでいると寄りかかれそうな大きな樹を見つけた。足の痛みもピークだったので迷うことなく座って背中を預ける。
見上げると雲一つない青空が広がっていた。

 「はぁ、疲れた。ちょっとしか歩いてないのに。
 そうだっ!ぬいぐるみ作ろう!」

 休めるしぬいぐるみは作れるしで一石二鳥だ。さっそく革袋を開けて編み針と作りかけのぬいぐるみを取り出した。もうすぐ胴体が完成する。
 時間が過ぎるのも忘れて没頭し、胴体が出来上がったと同時にふと顔を上げると、辺りは薄暗くなっていた。

 「これはもう移動しない方がいいか」

 そもそも暗くなってから外に出た回数が少なく、強制的に連れて行かれた
舞踏会で帰りが遅くなった時ぐらいだ。
 両親や使用人達から辺境には魔物がうろついているので外には出るなと、口酸っぱく言われていたのを思い出した。
しかし、もう外だ。今いる場所は家からそんなに離れていないとは思うし、
魔物の鳴き声も聞いていないため今日はもう会わないだろう。
 
 「外で過ごすの初めてだ。しかも1人で。
  そうだ!明かりをつけなきゃ」 
 
 明かりがないとぬいぐるみが作れないし、魔物避けにもなる。
 その辺の草や小枝を集めて小さな山を作ってから火打ち石を取り出した。

 「確か石どうしを叩いて……えいっ!」

 しかしカツンと小さな音がしただけで草の山に変化はない。
何回か繰り返しても同じ結果だった。

 「点かない……。お兄ちゃんはどうしてたっけ?」

 やって見せてくれた記憶をたぐり寄せる。まさか必要になるときがくるとは思わなかったので、渋々でしか見ていなかったことを後悔した。

 「何回もリズムよく打ってたような」
 
 苦戦しながら一定のリズムで石を打っていると一瞬火花が散るが、草の側ではなかったので火は点かなかった。
 
 「も、もう1回」

 腕が疲れてきたが、慣れてきたのか火花が散るようになる。
諦めずに続けているとようやく火花が草にうまく移って、小さな火が点いた。

 「点いたっ!」

 小さな火を消してしまわないように気をつけながら、草や小枝を燃やしていく。

 「……もう大丈夫そう」

 火の消える心配がなくなったのでパンを革袋から出して食べた。
あと4個残っているが、これからどうなるかわからないので食べたいのをグッと我慢して袋の口を縛る。
 なんとなく空を見上げると黒い空に白い星が1つだけ輝いていた。

 「周りが暗くても輝き続けるなんてすごいなあ」

 小さく息をつくと頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。
ネガティブ思考は私には合わない。
  
 「よしっ、ぬいぐるみを完成させよう」

 何度も目を擦りながら、どうにかぬいぐるみを完成させた。モチーフはお話に出てくる白いドラゴンだ。尻尾はつけたが、翼はつけていない。
お話の中で主人公に斬り落とされてしまうからだ。

 「自分で作っといて言うのもなんだけど、カワイイ……」

 完成させた達成感に浸っていると今まで感じなかった睡魔が襲ってくる。
火を消してから草の上に寝転んだ。




 『……い、おい、起きろ‼』

 聞き慣れない低い声が耳元で響く。
うっすらと目を開けると、なんと完成させたドラゴンのぬいぐるみが喋って
いる。私は何度か瞬きをした後、再び草の上に横になった。
 
 「なーんだ、夢か。それか疲れてるのね。
ぬいぐるみが喋るなんてあり得ないもん」

 『そのあり得ないことが起きてんだよ‼いい加減目を覚ませ‼』

 「へ?」

 慌てて体を起こしてドラゴンをマジマジと見つめる。
 二度と着たくないシルクのドレスを素材にしたので表面はツヤツヤしており、目は黒いボタン。
間違いなく私が完成させたぬいぐるみた。

 「な、なんで?」

 『そんなモンこっちが知りてぇわ!』

 声の感じからして怒っているのだろうが、ぬいぐるみなのでカワイイ以外の感情が出てこない。
ドラゴンは咳払いをすると私から少し距離をとった。
理屈はわからないが自分で動けるらしい。

 『で、お前は何者なんだ?見たところ貴族らしいがこんなところで何してる?
 迷ったのか?』
 
 「家を追い出されたの。ぬいぐるみしか作らないからって」

 『冗談も大概にしろよ。そんなしょうもない理由で追い出すヤツがあるか』
 
 「そんなしょうもない理由だよ」
 
 ドラゴンから目を離さずに言うと少しの間固まって、大きなため息をついた。

 『信じたくねぇけど、お前が嘘を言っているようには見えん』
 
 「信じてくれるの⁉ありがとうっ‼」

 嬉しくて思わずドラゴンの腕をとって大きく上下に振る。
ぬいぐるみは両手より少し大きいサイズなので、上下に激しく揺れた。

 「わ、かった、から……やめろ!」

 「え、なんで?」

 手を止めて地面に下ろすとドラゴンは安心したように息をつく。

 『あのなぁ、見た目はぬいぐるみだが五感はあるんだよ。どういうわけか知らねぇがな。
だから、今みたいにやられると気分悪ぃ』

 「そ、そうなんだ。ごめんなさい」

 『わかりゃいいんだよ。
 で、俺についてだが――』

 「男の子だったの?」

 言葉を遮って言うとドラゴンが迫ってきた。たぶん怒っているのだと思う。

 『今までの話し方から察しろよ⁉男じゃなかったら何なんだ⁉』

 「性別不詳?」
 
 『可能性はゼロではないが、俺は誰が何と言おうと男だからな!
 ……とまぁ話はそれたが、この状態は俺にもわからん。
気づいたらこうなってた。お前、何か特殊な能力でもあるのか?』
 
 「ううん。今までたくさんぬいぐるみを作ったけど、
喋ったのはあなたが初めて」
 
 これには私も驚いているが単なる偶然だと思う。何か霊的なモノがぬいぐるみに入り込んだのだろう。

 『で、これからどうすんだよ?家には帰れねぇんだよな?』

 「どこかに落ち着こうとは思うんだ。歩くの疲れるし。
あなたは?」

 そう尋ねるとドラゴンは鼻を鳴らした。ぬいぐるみなのに。
しかも表情は変わらないのに、なんとなく感情が読めるのはなぜだろうか。

 『どうするも何も、お前が俺の面倒見てくれるんだろ?』

 「え?」

 目を丸くした私を見て言いくるめるチャンスと思ったらしく、ドラゴンは
膝の上に乗ってきた。

 『俺を作ったのはお前だ。なら、保護者みたいなモンだよな』

 「保護者⁉……はいいけど」

 『いいのかよ⁉』

 「だって弟が増えたみたいで嬉しいから」

 なぜかドラゴンは怒ったように何度も飛びはねる。
顎にぶつかりそうになったので慌てて顔をそらした。

 『少なくともお前よりは年上だからな⁉弟じゃなくて兄だ!』

 「え~、お兄ちゃんならすでにいるから弟がいい」

 『捉えるなら兄にしろ!絶対に弟じゃねぇからな!』

 「は~い」 

 弟ができると思ったので内心残念に思いながら、これからの話に切り替えることにする。
なぜなら、私は世間には疎いからだ。

 「あなたの面倒を見るのはいいけど、私、ほとんど家から出たことないから、わからないことが多いの。
それでもいい?」

 『こんの箱入り娘がぁ!
 わかったよ!面倒見てもらう代わりに俺がいろいろ教えてやる!』

 「わーい!ありがとう!」

 『チッ、とんでもないことになりやがった……』

 最後のドラゴンの呟きは風が吹いて私には聞こえなかった。
小さい声だったし大したことではないのだろう。
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