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第二章 傘ザクラ
遠い1日の終わりに(2)
しおりを挟む真っ先に体が動いたのは、アリマだった。
少女の首を苗床とし、急激に成長を遂げる忌まわしき、寄生妖植物。
ソレを、チナリは視ることが出来ない。故に自分がいかに危険な状態にあるか、知りようもない。
その蔦は寄生主を守るため、外敵を排除しようと躍起になっている。
……いや、敵のはずがないだろ!
「……離れろチナリ! その子は……くっ!」
「…………え、アリ、マ?」
チナリの白い頬に、長い髪に、小さな赤い雫が飛ぶ。
それは彼女を咄嗟に引き寄せ、容赦ない蔦の攻撃から庇った男の勲章だった。
左頬から、一筋の血が滴り落ちている。
「な、なんで切られてるのよ……! あと重いわよ!!」
「あのな! 彼女、華災獣になりかけてるの! お前、危なかったの!」
「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないでしょ! 戻ってこれそう?」
「……あーいや、無理そうトキちゃん! 隙がないっっって、怖いわ! ペチペチするなっ!」
そう叫びながらチナリを庇うアリマの周囲には、シャボン玉みたいな膜が覆い、蔦を弾いていた。
両手で掲げられた麺つゆボトルを中心とし、結界が張られているのだ。
「絵面はアレだけど、アリマの集中力が続く限り、私達は大丈夫」
「よし、もう少し耐えて! あとは……任せて」
トキノコが初めて聞く冷めた声で、呟く。
その手にはいつの間にか、剥き出しの脇差が握られていた。
刃物を構えるその殺気混じりの気迫を前に、ようやくユメビシは我に返った。
「……待ってくれ! トキノコ、なにを」
「ユメビシ、残念だけど。彼女とはこれでお別れだよ」
「頼む、その物騒な物を納めてくれ」
「彼女に憑いてるのは、普通の寄生華じゃないんだ! 今この瞬間にも、地獄の様な痛みと苦痛に犯されている……だからせめて」
「でも、まだ華は咲いてない。なら引き抜けばいいだけの話、違うか?」
「簡単に言うけどね、そんなこと出来るわけ……!?」
「これ、預かってほしい」
そう取り外しながら渡されたのは、シュンセイにより修復された手袋だった。
……第一茶室で起きた一連の騒動を忘れたはずがない。
あれほど見せたがらなかった素手を自ら晒し、あまつさえ穏やかな笑みを浮かべている。
「すぐ終わらせる。これが無駄な行為だと判断したら、トキノコの好きにしてくれ。その時はもう口出ししないから」
「……さっき言ったこと、忘れてないよね?」
「無茶じゃないよ、きっと」
「ユメビシ! 何する気か分かんないけど、その蔦、切れ味抜群だから気を付けろよ!」
アリマの忠告は無論、耳に届いていた。
蔦は荊の様に、硬く鋭く、寄生主を守る牙となり襲いかかる。
最初は子猫の威嚇程度だったが、本体へ近づくにつれて身体に刻まれる傷は増える。
しかしユメビシは瞬きひとつせず、決して歩みを止めなかった。
ただ一点にのみ、意識を集中させていたからだ。
……首後ろに根付き成長した、あと一歩で開花しそうな、歪な蕾を。
***
首の周りで、なにかが這いずり回る感覚。
内からも、外からも。私の抵抗など全くの無意味で、好き勝手に身体中を弄ばれる。
根は着実に神経を蝕んでいた。
蕾は吸い上げた養分を糧に、体内でがん細胞の様に育って。
羽化するように項を食い破り、外に出た。
……全て妄想、錯覚の類かもしれない。
自身の首の後ろがどうなっているかなんて、鏡が無ければ確認出来るはずもないでしょ?
今存在するのは妙にリアルな感触と、それに説得力を持たせる激痛。
首が焼き切れるような熱。
常時塞ぎたくなる様な異音。
苦痛から逃れようと意識を手放そうとすれば、ここぞとばかりに視界の上から闇が押し寄せる。
それがあまりにも不愉快で、なけなしの気力で反発すれば、闇を押し除け現実の風景が再び映し出される。
――誰かが、こちらに手を伸ばしていた。
その顔を、知っている……そんな気がした。
その人はボロボロの姿をしており、シワシワの手で私に触れた。
どうしてか、泣きたくなるほど安心する、優しい冷んやりとした手のひら。
不快な熱と刺激を、宥める様にゆっくりさすられる。
一時の安らぎを感じ始めた間際。
心地の良い声が、子守唄のように言葉を紡ぐ。
その結びは 偽り
その綻びは 泡沫
その遊戯は 終演
道は私が照らそう。無の末路に還り、安らかに眠れ……
――どこで聞いた声だったか。
『……っ、とにかく! 一気に引っ張り上げるぞ』
――もしも、また会えたら、会えたら……
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