61年後の香調

儚方ノ堂

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二章 栞恩視点

(6)苦手な人

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「こんにちは」
 しかし彼はまた訪ねてきた。正直うんざりした。

「本日はどのようなご要件で」
 散歩の誘いから始まり、美味しい団子屋を見つけたから一緒に行かないか、綺麗な花が咲いてるから見に行こう。そんな何かしらの理由をつけて、彼は懲りず何度も誘いにきた。もちろん私は家にあげる事もせずに、玄関先でそっけなく断り続けた。
 それでも彼は全く気にしてない様子だった。
 どれだけ冷たく出迎えても、終始感じ悪い態度で接しても、初めて会った時と同じ笑顔で話しかけてくる。

 ……理解が出来なかった。なんでこんな我慢比べを我々はしているのか。

「いい加減にして、燐灯りんどう
 先に堪忍袋の緒が切れたのは私だった。もう要件なんて聞かない。
 会って開口一番に、今まで蓄積された鬱憤をぶつけてやった。

「ねえ、なんでここに来るの? 私は誰とも出かけるつもりはこの先もないし、居鶴に参りたいなら墓の方へ行けばいい。お願いだから、……もうここには来ないで。私は一人がいいの。こんな所に通い続けるなんてどうかしてるわ。燐灯は暇人なの?」
 流石にここまで言えば、引くだろうと思った。しかし……。

「やっと、名前で呼んでくれたね」
 返ってきたのは予想外な台詞で、呆れて次の言葉がすぐに見つからなかった。
 初めて彼の顔を真正面から見た。淀みのない瞳に、心底嬉しそうな明るい笑顔。

 ――あぁ、やっぱり。

「私、あなたみたいな人、苦手」
 気づけば口から勝手に本音がこぼれ落ちており、何故か言われた本人は腹を抱えて笑っていた。

「はははっ、実はそうかなって最初から思ってたよ。でも嫌いではないんだね?」
「たった今、嫌いになりそう」
「それは寂しいな。僕は栞恩ちゃんのこと気に入ってるのに」
「……流石、役者さんは口がお上手なことで」
「それは一応、褒め言葉として受け取っておくよ」
「そうですか。もう好きにしてください」
「うん、また来るよ」
「は……? さっきまでのやりとり、忘れたの?」
「いいや、覚えてるとも。でも好きにしていいんでしょ?」
「だからそれは」
「見せたいものがあるんだ。次はそれを持ってくるよ」
 じゃあね、と手をひらひらさせて帰って行った。


 私はただ茫然と玄関に立ち尽くした。
 本日交わした会話を思い起こす。何度回想しても結論は一つだった。
 あの男……実は話が通じない人だったのか、と。

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