悪役令嬢は処刑を回避するために領地改革に奔走する

4.おそらく彼はマイペース

私は目を剥いて驚愕の表情を浮かべているだろう。
一方彼は何でもないことのように平然としている。
今度は普通の声量で声を出してしまった。

あまり動揺を悟られないよう、会話を最小限に留めていたというのに彼の言葉が冗談なのではと少し期待したが彼の瞳を見る限りおそらく本気だ。

盛大に動揺しているところを彼に見せつけることになってしまった。
冷静につとめた私の努力は無駄に終わった。

唐突で意味がわからなくて混乱した私は、少し冷静になるため彼から顔を逸らし器の中の少し冷めた残ったスープに再び口をつけた。

あまりにも唐突で頭の処理が追いつかない。
器が空になった後、チラリと下から彼を伺い見た。
目が合った。

今度はあからさまな視線は感じなかったが、また見られていたようだ。
詳しく内容を聞かなくては。いや、聞いてもいいのか？

私が侯爵領に戻れない理由があるのか。
それだとしても何故北なのか。
それにマーフィー男爵とは？
私は腹を決めた。

飲み終わったスープの器を彼に渡した。彼は私からスープの入っていた器とスプーンを銀盆に載せる。

「サンドウィッチは如何ですか？」

私は聞き間違えかと思った。
話の流れが思いっきり切れている。
話が変わりすぎでしょう。

さっきの話は詳しい説明が必要だろう。
急すぎる。
内容が突飛過ぎて付いて行けない。
なぜ私が侯爵家の屋敷に戻らず、北に行かなければならないのか。
しかも彼も付いてくるという。

「え、」
「フルーツの方がよろしいですか？皮を向く必要のあるフルーツばかり持ってきてしまったので少しお待ちください。すぐに、用意致します。」
「え、いや、違っ」

もう冷静など、いつ脱ぎ捨てただろう。
すでに目が覚めたその時か。

「それなら、お疲れでしょうし、お休みください」

そのまま彼に促されるままベッドに横になった。
不満げにベッドの横に立って私に薄い布団をかけている彼を見上げる。
彼に聞きたいことはまだまだたくさんあるのだ。

それに気づいているのかいないのかは私にはさっぱり分からないが。

「安心して寝てください。」

またあの柔らかい笑みだ。
そう言って彼はろうそくの火を消した。
ふっと視界が闇に包まれた。
仕方が無いと諦めてどこにいるかわからない彼に向かって少し語尾を強めて言った。

「オヤスミナサイ！良い夢を！」

さんざん彼のペースに振り回され聞きたいことを聞けなかった八つ当たりを込めて。
実際もうだいぶ遅い時間だろうけれど！
まだ聞きたいことはあるのに。

それに対する反応はなく室内は闇と静寂に包まれている。
彼はもう静かに出ていったのか？

扉から背を向けるように寝返りを打ってそのまま目を閉じた。
しばらくそのままでいると眠気が襲ってきた。
2日も寝たのにまだまだ寝れそうなことにかすかな驚きをぼんやりと感じる。

そのままうとうとと半分意識を手放したくらいのときにさらりと頭を撫でられた。
そのまま肩を布団越しに二回撫でられた。
とても優しくゆっくりと。
静かにひそやかにした彼の吐息が室内の空気を震わせる。

「どうか良い夢を」

恋人に囁く愛の言葉のように甘い呟きを零した彼の低い声は、どこか懇願するような響きを孕んでいた。
今胸に溢れる感情は私が今まで経験したことがないものだ。

名前の分からないそれは私の心を満たし、時が止まったような静寂と暗闇に溶けていった。暫くして、彼が出ていったことを告げる微かな扉の音を耳で拾い私は意識を手放した。